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エルフの森で虹色の靄の輝きに目を奪われたイサムは、急に周りが静かになったと不思議に思いゆっくりと目を開ける。するとその場所には全く同じ風景が目に映るが、周りには誰も居なかった。
《あれ? 誰も居ない?》
「お前は誰だ!」
バッと振り返ると後ろに居たのはロロルーシェ達では無く、短く赤い髪に鋭い目と地面に届きそうな程の太い尻尾を振りながら、竜の鱗で装飾したセパレートタイプの赤を基調とした露出の多い装備を着た女性が立っていた。
《イシュナ! こんな所に居たのか!》
「ん? 私を知ってるのか? だが私はお前を知らないぞ?」
『イシュナ、誰と話している?』
一人しか居ないイシュナの傍から渋めの低い声が聞こえる。イシュナは背と腰に帯刀している剣の腰の部分に話しかける。
「ん? お前には見えないのか? それに声も聞こえないとは妙だな」
《おお! 懐かしい! 竜牙の声ってそんな声なんだな! 渋い!》
「何っ! お前、竜牙を知っているのか!?」
《え? 知ってるも何も俺が名付けたんだし……》
「何だと?」
戸惑うイシュナにもう一振りの背中の大剣が話しかけて来る。
『本当ですね。一体誰と話をしてるんでしょうか?』
《ああ…砕竜も居るんだな……声が可愛いなぁ》
「どうやら私の事やお前らを知っているが、竜牙にも砕竜にも声も姿を見えない存在か……では聞こうか、この場所と何故私は此処に居るのだ? それが全く思い出せない。何処から来たのか……」
イシュナはイサムに尋ねる、自分の名前や帯刀している武器の名前は分かる。だが何故この場所に居るのか、そして今までどこに居たのか全く思い出せないらしい。
だかそこに竜牙が何か大きな力を感じてイシュナに伝える。
『イシュナよ、何やらこちらへ向かって来る存在が居るぞ』
『うん、居るね。少し強いかな?』
「取り敢えずは接触してみよう。現地の住人かもしれない」
イシュナはその存在が来るまで腕を組み待ち続けた。そして、上空に現れた存在を一目見て危険だと感じる。それを見たイサムは、その現れた存在を知っていた、湖であったニンフだ。しかし敵意を露わに今にも襲い掛かって来るような雰囲気だ。
「私に敵意は無い! 話がしたいだけだ!」
《あれはニンフだ、この森の精霊らしい》
「精霊? だがこちらに敵意があるようだぞ?」
『―――――――! ―――――――!』
何やらニンフが叫んでいるが、言葉が全く理解出来ない。それはイサムも同じで、先程まで会話していたのに今は何を喋っているのか全く分からない。
『イシュナ、どうするのだ? 倒すのか倒さないのか?』
『竜牙はそればかりなんだから、取り敢えずは大人しくさせるくらいで良いんじゃない?』
「そうだな、言葉が通じないなら仕方が無い。相手さんもやる気の様だし」
《え! 戦うのか? 大丈夫か? 戦ったらダメな気がするぞ》
腰に帯刀している武器、竜牙を鞘から抜き取る。赤い刀身と金色の縁取りで彩色された綺麗な刀で、一メートル程だろう。鞘から抜き出た瞬間に周囲の大気が少し震えた感じがした。
イサムが六年間やり続けたMMO-RPG【ドラゴン・サーガ・オンライン】で作成したキャラクター【イシュナ・ドラグリア】は、五種族の初期キャラ【紅・蒼・碧・紫・白】の竜人族の中で近接攻撃を得意とする種族【紅竜族】である。
その紅竜族の初期に貰える刀を使い続けるとやがて意思を持ち、特定のイベントをクリアする事でより強い武器へと進化していく。竜牙はその初期刀で、イシュナが持つ愛刀の一振りだ。
「まずは力がどれ程か知らねばな、ここが何処かも分からないのに強い技を使うのは控えた方が良いだろう」
『そうだな、では小手調べ程度に力を解放しよう』
《え! マジで戦うのか?》
刀を抜いたイシュナを見て、ニンフは躊躇なく襲い掛かって来る。イシュナは空高く飛び上がると、周囲を見渡す。広大な森とその中央には、大きな湖が見える。
それを追う様に飛び上がるニンフに竜牙を軽く振り下ろす。
「一の太刀【竜抉】!」
イシュナの技の一つ竜抉は、相手の力を見るときに放つ技で、紅竜族が始めに覚える刀専用の威力の低い攻撃技である。
振り抜いた刀が空間を斬り裂き、まるで相手を抉るように湾曲して斬撃が襲い掛かる。
小手調べに放ったイシュナの斬撃は然程速度が無かった為、ニンフは余裕で躱しその斬撃は後方に抜けて行き、湖の岸辺に当たる。だがその瞬間にまるで巨大なスプーンで掬った様に抉れてしまう。
「何だ…あの威力は……竜牙!」
『そう怒鳴るな! まだ二割程しか開放してないぞ!』
『え! 一の太刀だよ! あんな威力無かったよね!?』
「そうだ、これは少し困った事になったな。攻撃するとこの森が無くなるぞ…」
イシュナはアイテムボックスから逃走用のアイテムを取り出し使用した。自身に似せて敵を遠くに移動させるアイテムで、その効果は敵に対して数時間持続する。
煙と共にイシュナに化けたそのアイテムは空中を走り出し、それを追ってニンフが離れていく。
「飛び上がった時に、遠くに城が見えた。だが此奴があの城の住人の可能性があるな……」
《いや、あそこはエルフの国だ》
「エルフ? 何だそれは? 人か?」
《ああ、だが行かない方が良いだろう……傲慢な種族と呼ばれている。イシュナは余り好きじゃないだろ?》
「傲慢か…私が苦手な人種だ。もし敵対したら困る、行くのは止めておこう」
『さっきから独り言が多いよ? これからどうするの?』
イシュナの性格を決めたのも、勿論イサムだ。人を見下す奴を好まない性格は健在の様だった。遠ざかったニンフが何やら攻撃している音を聞きながら、イシュナは考える。そこへイサムが提案する。
《ちょっと聞いてくれ。イシュナが何故ここに居るのかは俺にも分からない、だが今から二十四時間後に俺の仲間達が合流する可能性がある。あの湖を一の太刀で削ったのを見て、ようやく分かった》
「二十四時間後だと? 何故そう言い切れる?」
《それは俺が二千年後からこの地に来ているからだ。俺が居た場所では、あの湖は始めからもっと大きかった。それをイシュナとニンフの戦闘で大きくなったと聞いた》
「二千年後だと!? バカバカしい、それにお前自身が幻影の可能性もあるだろう!」
イシュナはそう言いながら、イサムへと刀を向ける。それに動じることなく近づくとイサムはそのまま刀をすり抜けてしまう。
「ほら見ろ! やはり幻影だ。どうやら私はこの不思議な現象に、無意識で混乱しているらしいな」
《どう思われようが勝手だが、必ず現れる筈だ。そしてこの世界にイシュナは必要とされている》
それを聞きながらイシュナはイサムの目をじっと見ている。
「嘘は言っていないらしいな。まぁどのみち何も分からないんだ、待とうじゃないか丸一日位問題ない」
『ふむ……良く分からんが、取り敢えずはこの場所で一日過ごすのだな。先程の奴が近づけば、また教えよう』
『まぁ既にもう暇だけどね!』
竜牙と砕竜もイシュナに従うらしい。ため息をつき、イサムはその場所へ座る。彼もまた何故ここに居るのか分からないので、一日後にやって来るロロルーシェに話を聞きたかった。
《メニューも開けないし、武器も無くなっている。意識はハッキリしているのに竜牙には触れる事が出来なかった……一体どうなっているんだ……》
答えが出ないまま只管に一日が過ぎるのを待つイサムとイシュナ達だった。




