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公認偽勇者  作者: 溝野魅苑


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39/39

39.マスリマとゴージュ

「無礼な態度、誠に申し訳ありませんでした。改めてお詫び申し上げます。」

俺達を己の住居に招き入れたマスリマは深々と頭を下げた。

「はぁ…もうやめてくれ。俺はそういう感じは苦手なんだよ。」

いい加減にこの堅苦しくて重くて湿った空気から解放されたい。

「君は俺を連れてこいと信者達に言ったんだろ?だったらなんか用があるんじゃないのか?」

「はい…あの…。」

やけに歯切れが悪い。

「ねえ、もう何言われても怒んないからサクッと話してくれないかい?」

「はっ、はい!すみません!あの!魚、獲れないのどうしたらいいでしょうか?」

「え?あの、俺の魔力の邪気のせいなんじゃないのか?」

もう何が何だかわからない。

「すっ…すみま…。」

「もういい、マスリマ。」

ドアが開き、そこにはゴージュが立っていた。

「ゴージュさん。」

「いいから!マスターは口を出さないでください!」

マスリマは慌ててゴージュの元へ駆け寄った。

「マスター?」

「あっ!わっ!えと…。」

俺が訝しむとマスリマはさらにオロオロと慌て出した。何がどうなっているんだ?

「主人として命ずる。戻れ。」

ゴージュが言うとマスリマは小さなぬいぐるみの姿になった。

「うわっ!何これ?!」

「ああ、やっぱり。」

俺が驚いていると、ロッドが言った。

「気づいてたのか。」

俺がいうとロッドは自分の鼻を指でトントンと叩いて小声で答えた。

「匂いが違ってたからな。ジュードから生き物の匂いを引いたような匂いだった。」

「俺から生き物引いたらただの魔力じゃん。」

「あながち間違ってはいないね。君も魔物も元の精神があって、それが魔力と相互作用してる。依代はそれがないから魔力が純粋な魔力として作用しているんだ。」

腑に落ちない顔をしているジュードにミリアムさんが説明した。依代。あれが依代なのか。ミリアムさんはゴージュに向き直った。

「それは、この町だけに伝わる秘伝の魔法、魔霊受態だろう?」

ゴージュはゆっくり頷いた。

「その子は依代と呼ばれてるやつだね。」

ミリアムさんが、さっきまでマスリマとして動いていた地面に転がっている小さなぬいぐるみを指差した。

「すべては俺が悪い。この子は何も悪くないんだ。」

ゴージュは深々と頭を下げたのち、愛おしげに小さなぬいぐるみを拾い上げて抱きしめた。

「俺の家は代々漁業組合の組合長でな。組合長の家では東和幻想術と呼ばれるこの町独自の魔法が引き継がれていくんだ。魔霊受態もその魔法の一つだ。」

漁業組合というワードと独自の魔法を引き継ぐというのがどうもピンとこない。俺もノーティシアで畜産業組合にも飲食店組合にも入っているが、組合長は年度毎に選挙で決められたり、持ち回りで決められていたりしている。年間僅かな謝礼金程度は出るが、祭りや商売の進行を統括したり、相談事を受けて会合を開いたり程度の仕事で、なんなら俺だって一度はやったことがある。

「漁業組合の組合長って特別な魔法の伝授していくほどの伝統と重みが必要か?」

「この町は、土地も痩せてる、高低差がデカい、雨も少ない。生きていくために使えるのは海しかないんだ。だから漁業組合の力は強いし、組合長ともなれば、この町の全てを管理する義務と権限を持つ。要するに、困ったことがあれば解決し、皆が快適に過ごせる町づくりをする。特別な魔法を引き継ぐのはその役割を全うするためだ。」

ゴージュはマスリマだったぬいぐるみをマスリマの椅子に座らせ、自分もその隣の椅子に座った。

「ああ、すまない。椅子も勧めず…。長くなる話だ、その辺の椅子に適当に座ってくれ。」

俺達が椅子に座るのを確認するとゴージュは話を続けた。

「前回貴方が来た2年前…その頃は今のような不漁じゃなかったからな。貴方が覚えているこの町は、活気があって新鮮な魚がふんだんに食える町だと思う。」

俺は頷いた。ジュードも頷く。

「それが、どうしてこうなってしまったんだ?」

「貴方がリミッターに魔力を充填してから2ヶ月ほどして魚が獲れなくなり始めた。始めは、まあ天候や気候に左右される仕事だ、皆それほど心配していなかった。だが、どんどん漁獲量が減り、半年も経つ頃には、皆不安になり、俺のところに相談が絶えなくなった。」

ゴージュは思い詰めたように黙り込んだ。

「あなたの魔法ではどうにもならなかったのか?」

「俺も俺なりにいろいろやって見たんだ!沖まで1人で調べに行ったり、魔法で海流を起こしたり…。」

「そんなことまでできるのか!」

俺は魔法のことはよくわからないが、海流を操作できるなんてすごいんじゃないのか?

「でもダメだった。理由もわからない。町のみんなは助けてくれと毎日来る。」

「もう誰かに押し付けて何もかもから逃げたくなって…マスリマを作ったんだ。」

その気持ちは少しわかった。俺だって30年間、逃げたいと思わなかっとわけじゃない。でも…俺はジュードを見た。ジュードがいたから実行に移さなかっただけだ。

「最初の病気を治したのは?」

「東和幻想術は、個人の魔力に依存しない。使い手達は、地脈から引き寄せた魔力を如何に構成するかを問われる。依代は魔力を乗せる道具だ。回復魔法だけに絞ればかなりの力を出せる事はわかっている。」

「魔力は関係ないのか。」

「それほどにはな。」

「じゃあ、お…」

「兄ちゃん!」

ジュードが慌てて俺の袖を引っ張った。危なかった。うっかり初見の相手に秘密をバラすところだった。

「森の火災は…?」

「あれは…。」

ゴージュの顔が青ざめた。

「まさか、あなたが?」

ゴージュは力無く首を横に振った。

「マスリマだ…。」

「え…。」

「責めないでやってほしい。あいつはただの魔力の集まりで倫理観や道徳心はないんだ。」

ゴージュの目が潤んでいた。

魔力の集まりと言ってはいるが、1人で重荷を背負っていた時、そばにいてくれた、それだけでゴージュにとってはかけがえのない存在になったんだろう。

「ただ…俺のために…。」

そして、マスリマはゴージュに応えようとしてた。マスリマにとってもまたゴージュはかけがえのない存在だったんだ。

「うーん…。」

この「うーん」は、賛否を決めかねる「うーん」じゃあない。

「俺は魚の取り方を知らないんだよな。」

「そう来ると思ってたよ。」

ミリアムさんがいうとロッドも激しく頷いた。

「兄ちゃん、ワクワクしてない?」

ジュードは俺にそっと近づいて言った。

「してないわけないだろ!魚釣りなんて初めてだ。」

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