10.エウレカ茶房の邂逅
「茶房って…喫茶店だよな?」
木造で古い感じだが、手入れの行き届いた佇まいの店にミリアムさんは躊躇いなく入っていく。ドアについたベルがカランカランと乾いた音を立てた。
「言っただろ?我々は宗旨を隠して社会に溶け込んでいると。」
落ち着いた紳士然とした男が出迎えた。
「いらっしゃいま…あ!ミリアムさん!おかえりなさい。」
後に続いた店に入った俺らを見て紳士然とした男は一瞬困惑した表情を見せた。まあそうだろう。魔法科学推進派から見れば、俺らは反勢力の象徴だ。
「こちらは…あ…こ、これはこれは…勇者様、ようこそおいでくださいました。」
男の様子を気にも止めずにミリアムさんは店の奥へと進んでいく。
「奥の間を使わせてもらうよ。」
「かしこまりました。」
「甘い匂い、すごいね。」
俺の後ろを歩いているジュードが囁きかけてきた。いつも俺の好みで店や宿を選んでしまうからこういう洒落た所にジュードは来たことがない。新鮮な気持ちなんだろう。そういえば昼飯を食っていない。
「おお…なんか、たまにはいいな。こういう感じも。なあ!ミリアムさん、俺ら、なんか食ってもいいのか?」
「ああ。頼んでくれたら後で運ばせるよ。ジョニー、メニューを二人に。」
「かしこまりました。」
ジョニーと呼ばれたさっきの紳士然とした男が恭しくメニューを渡してくれた。飲み物、食事、そして、デザートが絵で描かれていて、どれも美味そうで可愛らしかった。
「わあぁ…。」
体は俺よりでかいほぼ熊だし、劣悪な環境とはいえそれなりに歳を重ねて成長している面もあるけど、外の世界のことは何も知らないジュードはこういう時は七歳の頃のままだ。目をキラキラと輝かせてメニューを選ぶジュードに、ミリアムさんが声をかけた。
「ジュード…幹部に君達から聞いた話を信じてもらうために、君の…胸のそれを見せてもらうかもしれないがいいか?」
ジュードが俺の顔色を伺う。ジュードが嫌じゃなければ俺は構わない、そう思って頷くとジュードは意を決したような顔でミリアムさんに答えた。
「あっだっダイジョブデス。」
「すまないね。ありがとう。」
ミリアムさんはジュードに頭を下げ、それから店の奥へと歩き出した。廊下が行き止まると、木箱が積み上がっている。ミリアムさんが躊躇うことなく木箱の山に突っ込んでいくと、木箱の山は消え廊下が続いた。廊下を行くと、今度は完全な行き止まりになった。ミリアムさんが手をかざすと壁が消えてドアが現れた。
「ここが奥の間だ。」
「用心深いんだな。」
「君も知っているだろう?リミッターは期待外れだと叩かれて、それ以来我々は立場が弱い。それに君達の話を聞く限り、リミッターと我々の存在は国に反することになっていそうだ。」
その上、危ない橋を渡ってもらおうとしている…くそ。気持ちが揺らぐ。
「まあ適当に座って寛いでいてくれ。」
ミリアムさんはドアを開け、部屋に俺らを招き入れるとクローゼットを開けたり、キャビネットの引き出しを開けたりと何やらガタガタやっている。部屋の中は、オレンジ色の柔らかいランプの光に包まれ、中央に重厚な応接セットがある。アンティークというのか?こういうのは。壁には本棚があり、びっしりと魔法に関する本が並んでいる。何となく一冊、手にとってページをパラパラとめくってみたが、魔力に縁のない一介の牧場主の俺にはちんぷんかんぷんだ。
「お待たせいたしました。ご注文のお食事お持ちしました。」
「あ…プリン…クリーム乗ってる。」
ジュードが嬉しそうに囁いた。そうだ。こいつを人として幸せに暮らせるようにしなくては。
「私は幹部達を呼びに行く。君たちは寛いでくれてていいよ。」
そう言い残してミリアムさんは急ぎ、部屋を出ていった。
テーブルの上を見る。こんがり焼かれて斜めに切られたパンの間からトマト、ベーコン、そして溶けたチーズが顔を覗かせているホットサンド。カリカリのベーコンが乗ったほうれん草のサラダ。コーンスープとコーヒー。分厚くてふわふわのパンケーキの上ではバターが溶けて流れている。
「ジュード。ボーッと突っ立っててもしょーがねえ。座って飯食ってようぜ。」
「ん。」
「パンケーキとプリンって、お前、どっちもおやつみたいなもんだけど、そんなんで保つのか?」
「わかんない。でも目が食べたくなっちゃって。」
そういうとジュードはパンケーキを口に入れた。
「すげー!ふわふわ!」
「卵白メレンゲにして作るやつだな。言ったっけ?うちの牧場で最近週末だけカフェもやってるって。」
「聞いてない。兄ちゃんが料理すんの?忙しくない?」
「あーだから週末だけ。近所の人が手伝いに来てくれてる。」
変な間。
「何だよ?」
「それって彼女?」
「違うよ。おばさん。お前、なんかやたらそういうの言うね?」
「んー…いつまでも俺なんかの面倒見てないで自分のこと考えて欲しいからねー。」
こいつ…そんな風に思ってたのか。
「別にお前がいるから独り身なんじゃねえぞ?俺ぁ一人が気楽なんだよ。」
それは本当にそうだった。昔から近所に若者が少なかったからみんなに頼りにされてるし、同時に可愛がられてもいる。もし、彼女とのデートと近所のおじちゃんの畑の手伝いが同じ日だったら俺はおじちゃんの手伝いを選んでしまう。まあそんなやつだからモテない。
「兄ちゃんかっこいいのに勿体無い。」
ジュードがぶつぶつ言っている。
「お前、言ってることが近所のおばちゃんと一緒だぞ?今はこういうのも有りな時代だよ。」
ジュードに言い返した時、ドアが開き、ミリアムさんが入ってきた。
「待たせてすまなかったね。」
そう言うミリアムさんの背後にドヤドヤと人の気配があった。
「ミリアム。急に呼び出すとは一体何があったんだ?」
「全くね。相変わらずマイペースだな。でも午後の魔法学の講義を休講にすることができたからよかったよ。」
「でも、夜には夫が帰ってくるから手短にね。」
皆、きちんとした正装に身を固めた紳士淑女といった趣きの人物達だった。
「紹介するよ。魔法科学推進派の幹部、左からウェティシア政府官僚のグレシア、国立ウェティシア大学教授のジュネス、ウェティシア魔法科学工業社長夫人のハーレーだ。」
なるほど、これは本当の紳士淑女といったわけか。
「初めまして。俺はオリヴァー・ガーランドです。」
「オリヴァー・ガーランドって…勇者様か?」
そう言ったグレシアから、俺は気まずさに目を逸らす。
「こっちは俺の従兄弟で、ジュード・ガーランド…本物の勇者です。」
空気がピリッとひりついた。
「どういうことだ?勇者は君だろう?」
これくらいの緊張感があれば、話は通じやすいだろう。
「俺は国から指名されてる偽物の勇者です。勇者の力はないし、紋様も書いてあるだけのただの牧場主なんだ…。」
俺はミリアムさんに話したことを三人にも打ち明けた。幹部の三人は青ざめた真剣な面持ちで聞いていた。
全てを話し終わった後、重苦しい沈黙が流れた。
「そんな…荒唐無稽な話、証拠もなしに信じられると思うのか?」
沈黙を破ったのはジュネスだった。
「証拠ならある。」
ミリアムさんがジュードを見て頷いた。ジュードは一時身を固くしていた。低い唸りが聞こえる。魔物が反逆しているのだろう。俺はそっとジュードの肩に手を置いた。
「あ…。」
ジュードが俺を見る。俺が頷くと、ジュードはおずおずと服を脱ぎ、胸を曝け出した。魔物の目玉がギョロギョロと幹部達を睨め付ける。
「こんな…酷い…。」
「何のためにこんなことを…。」
「プロパガンダのためだと思う。アリステリア国王は特別な存在だと知らしめるための…もういいよ、ジュード。頑張ったな。」
ジュードは後ろを向き、素早く服を整えた。
「俺達は、ジュードが魔物を埋め込まれてからずっと、リミッターは魔力の高い魔物を抑えられない、だから勇者は魔物討伐がなくとも、二年に一度、国民のために魔力を流し込まなくちゃならないと聞かされてきた。おかげでこいつの人生はめちゃくちゃになった。リミッターをアップデートすれば、その必要がなくなって、ジュードがこの役割から解放されるなら、俺は国に反してでもアップデートを遂行したい。」
「まあ、間違いなく国に反するんだろうな。」
グレシアがため息を吐く。まあそりゃあ官僚としては頭の痛い話だろう。
「責任は全部俺達が…いや、俺が取る。」
「兄ちゃんっ!それは…!」
話を遮ろうとするジュードの声をねじ伏せるために俺はさらに大きな声で話を続ける。
「元々俺はこんなことに俺達を巻き込んだ国に一泡吹かせてやりたいと思ってたんだ!こんなチャンス、滅多にないだろ?やらせろよ。」
ジュードが涙目で俺を見ている。これはお前だけのためじゃない。こんな茶番に三十年も付き合ってやった俺のストレスを発散させるためにやりてえんだよ。
「というわけだ。」
ミリアムさんが三人の幹部をぐるりと見た。
「はあ…じゃああんたの性格に付き合える魔法技師を連れて来ないとダメってことね。」
ハーレーがうんざりした顔で言う。
「棘のある言い方だなあ。ロッドで良いだろう?」
「ロッドを避けたいから言ってんのよ。」
「高いが腕は確かだろ?」
「でも変態じゃない!」
「変態ってわけじゃないだろ?男前でマッチョだが可愛いものが好きなだけだ。」




