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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
後日談

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鳥籠で見た夢

「あのぅ、フィルゼ。お願いを聞いていただけますか……?」


 そんな控えめな問いかけと共に、やんわりと捕らえられた右手。

 上目遣いに差し向けられた淡い双眸は、外の晴天も相俟ってやけに煌めいて見えた。

 この顔で「お願い」をされた人間が即座に断れるはずもないことを、本人は自覚しているのだろうか──していないだろうなと、フィルゼは小さく溜息をついて、アイシェの手を上から握り返してやった。


「内容による」

「わーい! フィルゼ、今日の午後は空いていますねっ? わたくしと一緒に城下に行ってほしいのです……!」

「城下?」

「はい!」


 アイシェは大きく頷き、その場で数回足踏みしてみせた。そのままいそいそとフィルゼの隣にやって来ては、内緒話の姿勢で耳打ちをしてくる。


「セダとティムールの結婚記念日が近いのですっ。なのでわたくし、二人に贈り物をしたくて」

「……結婚記念日…………」


 そう呟いたきり、フィルゼは沈黙した。

 残念ながら彼は昔から、他者へ贈り物をする習慣に馴染みがない。剣を振っていれば事足りる人生、派閥のご機嫌伺いは〈白狼〉の仕事ではないのだからと、ルスランにその辺りを甘やかされて育ったのも原因の一つではあるが、それを抜きにしても気が利かない自覚が彼にはある。

 買い物の相談なら、トク夫妻の息子であり、この半年間で多くの貴族たちと円滑な人間関係を構築しているカドリの方が適任では──と、フィルゼは己の不甲斐なさに暫し眉間を押さえてしまったが。


「……ところで何で城下なんだ? 爺さんはその辺の小石でも喜ぶだろうが、セダ殿への贈り物なら宮廷と縁のある商人から買ったほうが良いんじゃないか」


 どこからかティムールの激しい抗議が聞こえてきそうな失言だったが、フィルゼの疑問は尤もであった。

 生まれも育ちも高貴な女人が、自ら城下に降りることは滅多にない。その家門が贔屓にしている身元のしっかりした商人を呼び寄せ、品質がある程度保証されたものを選ぶのが普通だ。

 もちろん城下に出回っている物が全て低品質と言うわけではないが、安物を掴まされる可能性はゼロではない。間違ってとんでもないガラクタをセダに贈ってしまえば、アイシェだけでなくフィルゼも暫く引き摺る自信があった。

 それでも自らの足で行こうとするのには、何か理由があるのだろうか。フィルゼが首を傾げると、アイシェはもじもじと自分の長い髪を弄りながら言う。


「あのですね、わたくし……小さい頃から夢があるのです」

「夢?」

「はい」


 ちら、と淡い双眸がこちらを窺った。

 促してみれば、すぐさま彼女がふにゃりと微笑んで。


「自分でお買い物をして、セダとティムールに『いつもありがとう』って言うことです」

「……」

「ヨンジャの丘ではずっと貰う側でした。外に出られないわたくしのために、セダとティムールが衣服や髪飾りをたくさん買ってくれたんです……。だからいつか、わたくしが獣神の力を制御できるようになったら、大きな街で贈り物を選んでみたいなって──わあっ」


 ぽそぽそと照れ臭そうに語っていたアイシェは、突然横抱きにされたことで固まってしまった。


「行こう」

「え?」


 疑問符を浮かべて縮こまる彼女を後目に、フィルゼは主人が語った夢を叶えるべく、速やかに城下へ下りることにしたのだった。



 ◇



 コイン飾りをふんだんにあしらった暖色のカフタン。胸元や袖口を鮮やかに彩る唐草模様の刺繍と、三つ編みにした頭髪をすっぽり覆い隠す、ベール付きの帽子。

 衣装に揃いで用意されていた豪奢な装飾は全て外し、出来るだけ城下の女性と似た服装を目指してみたが、果たしてこれで通用するのか。

 両手を広げてうきうきと待機するアイシェを、フィルゼは暫く難しげに観察し、まぁ良いかと後頭部を掻いた。


「いざとなればポケットに入ればいいしな」

「はい! あっ、もしやこの服にも新たな妖精さんの小部屋が……!?」


 アイシェが上着の合わせをぺらりと捲り、裏地に縫い付けられたフェルト生地の内ポケットを見て「きゃあ」と歓声を上げる。

 いつも以上に楽しそうな彼女に苦笑しつつ、フィルゼも自身の顔を隠すためにもう一枚だけ外套を羽織った。


「侍女には話を通したが、ティムールに見つかると厄介だ。宮殿を出るまでは毛玉の姿で頼む」

「わかりました!」


 ぽん、と手のひらサイズになった毛玉を拾い、内ポケットにぎゅっと押し込む。やがて収まりのよい姿勢を見つけた毛玉は、準備万端と言わんばかりに小さな足を持ち上げたのだった。




 青く染め抜かれた石造りの街並み。白き狼と繊月をモチーフにしたタイル仕上げの壁が整然と並ぶ傍ら、バザールには壮麗な手織絨毯と狼月が誇るさまざまな宝石が並び、視界をこれでもかと華やかに飾り付ける。

 相変わらずの賑わいにフィルゼが目を眇めれば、外に充満する活発な空気を感じ取った毛玉がぽすぽすと上着を蹴った。少しだけ合わせを開いてやると、すぐさま隙間からピンク色の花びらがふわふわと散る。


「わぁ~……! フィルゼっ、わ、わたくし、この辺りは初めて来ました!」

「いつもは警備の問題で大通りしか行けないからな。……もう少し奥に行ってみるか?」

「はい!」


 皇帝が城下へ視察に来るとなれば、最低でも四騎士の誰か二人が護衛に就き、更に城下全体に兵士を配備せねばならない。大掛かりな警備を敷く以上、皇帝が向かう場所どころか進行ルートも事前に決める必要があるため、彼女が自由に行動することはまず無かった。

 ……とは言え、それは彼女が「皇帝」として人前に姿を現す場合に限った話だ。

 負傷する可能性が限りなく低く、屋外であれば動物たちの助けも存分に借りることが出来る毛玉の姿を活用すれば、彼女の不自由さは殆ど排されることだろう。

 フィルゼは元気に暴れている毛玉を上着越しに宥めながら、素知らぬ顔で細い路地に体を滑り込ませる。通行人の視線がこちらに向いていないことを確かめつつ、速やかに内ポケットから毛玉を取り出した。


「いいぞ」


 短く告げれば、それが合図であることを悟った毛玉がうごうごと足を振り、ぱっと人間の姿に変貌する。

 フィルゼは彼女が尻餅をついてしまう前に背中を引き寄せ、ずれた帽子を深めに被らせておいた。そのまま前髪を両脇に退け、ついでにアイシェの顔色も確認しておく。目が合うなりニコッと笑った彼女に頷き返し、フィルゼはやわらかな手を引いた。


「取り敢えずバザールを見て回ろう。目星は付いてるのか?」

「はい、いくつか考えてきました!」

「分かった。はぐれないようにな」

「うふふ、はいっ」


 随分とご機嫌なアイシェと共に、混雑したバザールへ足を踏み入れる。途端に無数の声が四方から聴覚を刺激し、日差しとは別の熱気が二人を包み込んだ。

 アイシェは気圧されたように目を瞬かせた後、繋いだ手にもう片方の手も添えてフィルゼに擦り寄ってくる。


「な、何だかすごい人集りが……! 皆さん何をお求めなのでしょうか?」

「……あれじゃないか?」


 フィルゼがつと指差したのは、バザールに並ぶ手織絨毯の中でもいっとう目を惹く紅色の絨毯。それを立て看板の代わりに高々と掲げた店先で、数名の商人が手を叩いて客を呼び込んでいた。

 ちらりと隣を見れば、アイシェが興味津々に飛び跳ねている。ここからでは見えないだろうと、フィルゼは彼女を連れて店の前まで向かうことにした。


「──こちらは我が祖国レオルフの職人が手掛けた逸品! このたび、狼月の素晴らしい織り手たちと夢の共演が叶いました! さぁさぁ皆様、ぜひお手に取ってご覧くださいませ! ご家族との思い出の一品となりますことを保証いたしますわ!」


 利発そうな顔立ちの女商人は、本人が言った通りレオルフ人らしい抑揚をつけた口調で語りかける。

 アイシェの即位以降、レオルフからの商人が盛んに出入りするようになったとは聞いていたが、実際に目にするのは初めてだった。さて何を売りに来たのかとフィルゼが視線を落としてみれば、そこには見覚えのある商品が並んでいた。


「わぁ可愛い……! 狼さんのぬいぐるみです!」


 狼月の壁画や絨毯の柄ではあまり見ないであろう、丸っこく縮められた白い狼。耳も足も尻尾も、どこもかしこも丸い。フィルゼの目には少々間抜けに見えるが、アイシェを含む女性陣からは「可愛い」という声が続々と上がった。


「フィルゼ、レオルフではああいうぬいぐるみが沢山売られているのですかっ?」

「子供が持ち歩いてるのは見たことある。クマとか猫とか……あの丸っこい感じは多分同じ造形師だろうな」

「へえ~っ! 人気の方なのですね」


 レオルフ王国ではさまざまな動物がデザインされていたが、ここで出品されているのは白い狼だけのようだった。その代わり、女商人が「夢の共演」と語ったように、それぞれの個体が明確に差別化されている部分がある。

 それはぬいぐるみの胴体を覆う、色鮮やかな衣服だ。恐らくは手織絨毯と同じ手法で編まれたものが全てのぬいぐるみに付属しており、一つ一つが異なる柄で彩られていた。

 なるほど考えたものだと、フィルゼはつい感心してしまった。レオルフ王国と全く同じものを出品したとして、狼月の民はぬいぐるみにそれほど関心がない。嗜好品にしては手織絨毯より見劣りするし、子供の玩具にしてはやけに高価だしと、なかなか手が伸びないのだ。

 ゆえに彼らは狼月において最も馴染み深い動物と伝統的な手織絨毯を組み合わせることで、ぬいぐるみに対する購買意欲を煽ることにしたのだろう。狼ならば家に置いておくだけで縁起がよいとされ、おまけに絨毯と同等の彩りも楽しめるのだから一石二鳥である。


「そちらの美しいお嬢さんっ、おひとつ如何ですか?」

「え? あ、わ、わたくし……!?」


 そのとき、にこにことぬいぐるみを眺めていたアイシェに女商人が目を付けた。

 周囲の視線が集まる前に慌ててフィルゼの背中に引っ付いた彼女は、ひょこっと目許だけ覗かせて「いえ!」とかぶりを振る。


「ごめんなさい、今日はわたくしが欲しいものじゃなくて、贈り物を探しに来ていまして……」


 などと正直に話してしまったせいで、女商人の笑顔が即座にフィルゼの方へ向けられた。


「あらあら、ではお連れ様への贈り物は如何されます? 麗しいお兄さん」

「……」


 話の流れに疑問を抱いたのか、後ろからアイシェの「あれ?」という不思議そうな声が聞こえてきたが、ここで会話をぶった切って立ち去るほどフィルゼも子供ではなくなった。何より、アイシェがぬいぐるみを欲しがっていることは明白だったので、この女商人が話を振ってくれたことを幸運に思うべきなのかもしれない。

 フィルゼは小さく息をつき、淡い双眸を振り返った。


「どれが良いんだ」

「え! そんな、だ、駄目ですよ、また後日わたくしが自分でですね……!」

「どうせ遠慮して買わないだろ。ほら、もうどんどん並べてるぞ」

「あわわわわ」


 勝利を確信した女商人が笑顔のまま、白い狼のぬいぐるみを二人の前に整列させていく。それでもアイシェがおろおろとしていれば、脇から伸びた手が赤い服の狼を取った。


「ねぇ、これをちょうだい!」

「お買い上げありがとうございます!」

「私はこの黄色の子!」

「ありがとうございます~!」


 最初の一人を皮切りに、次々と客が気に入ったぬいぐるみを手に取る。一つ、また一つと減っていくぬいぐるみを見て、アイシェもいよいよ焦ったようだ。彼女はフィルゼの肩越しに勢いよく手を伸ばし、今にも他の客に攫われそうだったぬいぐるみを「ふん!」と掴み取ったのだった。


「こ、この子が良いですっ!!」



 ◇



 大変ご満悦な女商人に見送られ、フィルゼとアイシェは人混みから抜け出した。

 初めての買い物で揉みくちゃにされ、放心状態でぬいぐるみを抱きしめるアイシェを見て、フィルゼは苦笑混じりに尋ねる。


「そいつで良かったのか?」

「はっ……はい」


 我に返った彼女が少しだけ腕を緩めると、ぬいぐるみの全貌が明らかになる。この狼が纏うのは、青と緑を基調にした狼月らしい配色の服だった。

 ……自分の目の色にも似ているような気がしないでもないが、さすがにそれは自意識過剰だろうとフィルゼは何も言わなかった。


「あの、ごめんなさい、フィルゼ。予定に無いものを買ってもらっちゃいました……」

「気にしないでいい、あんたにはいろいろ貰ってるしな。良い機会だった」


 繊月の耳飾りと、手首に巻き付けた組紐を指して言えば、アイシェの表情がふわりと和らぐ。

 彼女は大事そうにぬいぐるみを抱えると、その頭に優しく頬を寄せて言った。


「えへへ……この子、フィルゼに似てて可愛いなぁと思っていたのです。先を越されなくて良かった、ふふ」

「…………」


 フィルゼは顔を片手で覆い、大きく深呼吸を挟んでから「そうか」とだけ返し。


「……セダ殿の贈り物、探すか」

「はい!」


 ティムールのことを自然と除外していることにも気が付かず、彼はご満悦なアイシェの手を引いてバザールの中を進んだ。




 ああでもないこうでもないと悩みながら、広いバザールを三周ほどした頃。

 アイシェはようやく納得の行く贈り物に出会えたのか、「今からお金を払ってきます」と律儀に報告してから店先へと駆けていった。

 その後ろ姿だけでも緊張していることが丸分かりだったが、特に問題なく支払いは済んだらしい。やがて彼女が踵を返し、嬉しさを隠し切れない表情でスキップをしながら戻ってくる様子に、フィルゼはつい微笑をこぼしてしまった。


「フィルゼっ、わたくし初めてのお買い物を完遂しました……!」

「良かったな。結局何にしたんだ?」

「こちらです!」


 アイシェが木箱から覗かせたのは、緩衝材に包まれた一組のグラスだった。(ラク)を飲むのにちょうど良さそうなシンプルなものだが──その表面にはクローバーとおぼしき優美な模様が刻まれている。

 彼らがヨンジャの丘で過ごした長い日々を振り返ると同時に、これからも共に在ることを告げるような、実にアイシェらしい贈り物だった。


「二人ともラクはよく嗜んでいるので、こちらにしましたが……喜んでくれるでしょうか……?」

「喜びすぎて爺さんは家に飾ろうとするだろうから、無理やり使わせるんだぞ」

「え!? わ、分かりました!」

「他にも何か買うか?」


 ひとまずグラスの入った木箱を預かりつつ尋ねれば、アイシェは「うーん」とぬいぐるみを抱き締めて唸り、はっと思い出したように飛び跳ねた。


「あの、風呂敷(ボフチャ)を選びたいです! セダが読書するときに、本を包んで持ち運ぶのですが……東のお屋敷を襲撃されたとき、いつも使っていたものが燃えてしまったみたいで」


 半年前の凄惨な状況を思い出したのか、アイシェの表情がにわかに曇る。そのままどんどん落ち込んでしまった彼女の華奢な背中を擦り、フィルゼは逡巡の末に口を開いた。


「……そうか。セダ殿は何色が好きなんだ?」

「!」


 それは一見すると淡白な返しであったが、アイシェは瞳を真ん丸に見開いてから、問いかけに滲むフィルゼの不器用な気遣いを察して笑った。


「セダは……セダは、落ち着いたグリーンが好きです。ティムールがヨンジャの丘を彼女に贈ったのは、綺麗な緑がたくさんあったからなんですよ」

「爺さんも気が利くことあるんだな」

「うふふ。若い頃、周りの人たちにセダの好みを聞いて回ったそうです。そのせいで一時期、セダのご両親から接近禁止を言い渡されて大変だったとか」

「それはそうなるだろ」


 思わず心からの呆れ声を出してしまえば、アイシェもおかしげに肩を揺らす。

 どちらともなく繋いだ手を揺らして、彼女は穏やかな笑顔のままフィルゼに寄りかかった。


「じゃあ、やっぱりグリーンの風呂敷(ボフチャ)を探します。ふふ、使ってくれると良いな」

「ああ。……本も一緒に贈るか。レベントなら国外の詩集も知ってそうだ」

「わあ! 素敵です! 帰ったらこっそり聞いてみましょうっ」


 あまりクセの強くない詩集だと良いのだが、果たしてどうなることやら──根っからのロマンチストであるレベントの趣向と、何かにつけて感情的に歌ったり踊ったりするレオルフ文化の異様さを思い浮かべながら、なるようになれとフィルゼは瞑目する。

 やがて彼は隣で楽しげに笑うアイシェを一瞥し、ゆったりとした歩調で前へ進んだ。


「……また」

「はいっ?」

「また来よう。今度は……あんたの誕生日の前にでも」


 口をついて出た提案は、思いのほかアイシェを喜ばせたようだった。

 淡い双眸がきらきらと輝き、顔周りにはいつもの花びらまで──花びら?


「!? これ、毛玉限定じゃ……」

「はい! また! また来ましょうね! フィルゼのお誕生日前にも、あとティムールとカドリとレベントとエスラのお誕生日プレゼントもいろんな街でお買い物して──」

「待て、ちょっと、落ち着け、買い物は行くとして取り敢えずその花びらを収めてくれ」


 ぽわぽわと浮かぶ花びらを取っては消し取っては消し、フィルゼは上機嫌にあれこれ予定を立てるアイシェを連れて、不思議そうに宙を見つめる通行人たちの間を足早に抜けたのだった。




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