59話 舞踏会
朝1番にローザ工房に行くとザトー子爵夫人がお出迎えしてくれた。
「全部まとめて公用金貨20枚です」
早速ハンナに貰ったがま口を使ってると、さすが職人さん。
「まあ、なんて美しいがま口かしら!何処で買ったの?!」
「貰ったんです。あんまり数は作って無いと言ってました」
「公用金貨1枚はするわね。それでも安いわよ」
マジかよ。そんなの露店で売れるかな?
お金を支払うと買った礼服とドレスを持ってハンナの家に行く。
皆がお風呂の順番待ちをしている。
男性陣に礼服を配る。
ハンナが1番に入っているようでお風呂からかわいい歌声が聞こえてくる。
「ハンナ!ドレスここに置いておくからね!」
脱衣所から声をかけるとハンナのご機嫌な返事が聞こえた。
[ありがとう!ケイトス。また、夜に会おうね!]
「楽しみにしてる!」
カーメルさんが私を手招きする。
何だろう?
「まあ、座れ。話はすぐに終わる」
居間のテーブルを囲む椅子の空いてる席に座る。
「何でしょう?」
「ヒュージ流剣術の次期剣聖になるなら、…ハンナをやる。別にリトワージュ流剣術の剣聖をしてても構わない。考えておけ!」
「する!します!」
「そうか。では、ヒュージを持っていけ。教えるのならヒュージの方が上手い」
「でも、私はヘキサゴナルに行きますよ?」
「連れて行け。入門金の代わりに道場を建ててやってくれるか?」
「わかりました!家と道場が確保出来たらヒュージさんを迎えに来ます!ヒュージさん、また、お願いします!」
ヒュージさんは微笑むと私に何気なく言った。
「口づけは成人してからだ」
私は返事をしたが、普通に話せたか自信がない。
屋敷に転移して帰ったら、アスターに捕まえられた。
ダンがハッシュとお風呂で待っていた。
芋でもあらうみたいにゴシゴシ洗われて、風呂から出たらドライで乾燥させられて何時もより複雑に髪を結われてパフュームバタフライの香水を吹きかけられて礼服を着せられた。
時間が無いからと転移でダンスホールに移動させられてアスターに一応文句を言って見た。
「おなか空いた!」
「舞踏会が始まるまでの我慢です!私だって食べてません!あなたは、あの扉の向こう側の控室でグレンシード様をお待ちください。はい!行く!」
アスターの圧に負けて舞台横に隠れてる扉に手を掛けて中に入るとそこにはご馳走の山があった!
サイナムとメリエレさんがガッツリ食べていた。
私も加わり食べていると父上とルティーナ様が正装で現れた。
「ルティーナ様、湖の女神様みたいに綺麗です!」
父上が呆れたように言う。
「顔中に食べカス付けて言われてもな、ホラこれで拭きなさい」
ハンカチを渡されて顔中よく拭くとメリエレさんがハンカチを持って行った。
父上が着ている服はよくある男物の礼服なのに父上が着ると5割増しで格好よかった!
「父上にご報告があります!」
「どういう?」
父上はフライドチキンを食べながら私に話を振る。
「ハンナをお嫁さんに貰いました!」
「カーメルさんには了解済みかい?」
「はい!私がヒュージ流剣術の剣聖になれたらハンナをお嫁さんにくれるそうです!頑張ります!」
「それでは、婚約という形になりそうですね?後でカーメルさんにご挨拶しましょうか。よかったね、アレク」
「はい!父上」
「いろいろ不自由させているお前だけど、結婚くらいは自由にさせてあげたかったんですよ。ありがとうアレク。貴方は私の誇りです」
「父上」
嬉し泣きしているとメリエレさんとサイナムがボソボソ話しているのが聞こえてくる。
「こんなに自由な貴族って居ねぇよ!」
「メリエレさん、それが何度も暗殺されかかったそうです。ヘキサゴナルでは油断しないようにとケイトスの騎士から釘を刺されました!」
「かかってこいやあ!」
好戦的なメリエレさんに思わず笑ったらゲンコツされた。
「何でそんな所にわざわざ行くんだよ!」
「恩返しとクロスディア領の為です!」
父上が私の目を見つめて言う。
「領の事は考えなくてもいい」
「父上、アンデッドの魔石が獲れなくなったら収入源が無くなります!」
「200年戦争で亡くなった人や魔獣は膨大だ。今すぐに無くなるということはない!」
「それがもう4800年も続いているんです。いつ終わっても不思議じゃありません!その時の為の事業です!
」
父上は更に言葉を続ける。
「アレク。200年戦争はありとあらゆる非道が行われた最悪の戦いだったのだ。何億兆、それ以上の人が死んだ。生きている者、皆が投入された最悪の歴史だ!アレクは学ばなければならないクロスディア辺境領の苛烈な歴史を!」
「父上、もちろん学びますけど、私たちには新しい未来が必要です!私はその橋渡し役になります!
父上達が頑張っている分私は私でできる事をします」
ただ、それだけなんです。父上。
私はクロスディア辺境伯家においては異端。
では、私だけに出来ることをしようではないか!
「頑張って事業も盛り立てて行きます!だから、早く私の弟妹をたくさん下さいね!父上、ルティーナ様」
そして何故か私はメリエレさんにゲンコツされた。
何で?
父上とルティーナ様は赤くなってるし、皆黙り込んじゃったよ!
…気まずい。
パウエルさんが、会場から入って来た。
「お出迎えのお時間です」
私は父上とルティーナ様の後ろに続いた。
ホールの入り口で来賓が誰かパウエルさんに耳打ちされて笑顔で知ってるからとばかりに挨拶する父上のスゴさに呆気にとられている私を後ろからメリエレさんが指導する。
「見るのは父上じゃなくて、ゲストだ!頭下げるなよ?子どもがいたら、子どもと握手しろ!」
その時々に従って指示を出すメリエレさん。一家に一台メリエレさん!
後でお小遣いあげよう!
「次の客には頭を下げろ!略式礼しろよ?相手から握手を誘わ無い限り手は出すな」
指示通りにすると、何処かで聞いた親子の声が聞こえる。
「父上、来てみるものですね!シルバーモンキーの親子が頭を下げる芸を見せましたよ!」
また、お前か?!ブラーナ!
ちなみにシルバーモンキーは毛皮だけは高いが、馬鹿だったので乱獲されて絶滅した有名な魔獣で、主に相手を卑下する時に使われる。
ローゲンツ公爵は父上を無視してルティーナ様に近寄り、その髪に触れようとしたのを父上が割り込み全力で手を握りしめて、釘を刺す。
「妻を当主と間違われたのですね?わ、た、し、が、当主の、グレンシード=クロスディアと、申します!よろしくお願いしますね、ローゲンツ公爵閣下」
「クッ、手を離せ!野蛮人が!興が削げた!帰るぞ!ブラーナ!」
「おや?お帰りですか?パウエル、お土産の焼き菓子をブラーナ様に差し上げて」
帝国では、焼き菓子は高くてこんな大規模な舞踏会でお土産にするなど考えられない贅沢品だ。
さすがにローゲンツ公爵親子も待っている。
密閉型の瓶入り焼き菓子にご機嫌なブラーナ。
バランが父上におしぼりを渡して、トドメの一言を告げる。
「ヘキサゴナルの辺境伯様に何という御無礼!クロスディア辺境伯家と言えば、王にしか頭を下げる必要が無いと言うご身分なのに、シルバーモンキーに例えるなどという不敬!これは国際問題ですよ!グレンシード様」
するとローゲンツ公爵親子が反応した。そしてバランを見て青ざめる。
「これは、これは、バラン様。いつ、キスカ帝国に?」
「お気遣いなく!今の私はクロスディア辺境伯の家臣ですから」
「そうですか。家臣如きがそんなおべんちゃらを言っていてはいけませんよ?主がつけ上がるだけです」
「この事はヘキサゴナル国王陛下に奏上させていただきます!キスカ帝国の高位貴族は我が国一の気高き方に対して無礼を行うような者だと!」
「バラン、お祖父様に言うような事じゃないよ。所詮、子供の強がりだし」
お祖父様の用を増やすのはかわいそうだ。
「そなたこそ、不敬ではないか!血の繋がらぬ国王陛下に対して“お祖父様”とは片腹痛いワ!」
「そうだ、そうだ!金遣いの荒いお前の母親と兄は出来損ないのお前を何度も暗殺するくらい厄介者扱いしてるって知ってるんだからな!!」
「へぇ、誰から聞いたのですか?ソレは」
グツグツとお腹の中で煮られていた何かがブラーナに向かって行った。
ブラーナは失禁、脱糞するとローゲンツ公爵の従者に抱き上げられて公爵と共に出て行った。
父上が私を抱き上げて背中をトントンする。
「私もルティーナもアレクを愛してるよ」
お腹の中のグツグツが収まった。
「父上!降ろして下さい」
「断ります」
父上はしばらく私を抱き上げたまま、社交していたがハンナ達を見つけると、ハンナ達に私を押し付けてダンスに行った。
ハンナを誘って私もダンスした。
身長差があるのでちょっと大変だったが、ハンナと踊れて楽しかった。
2人で飲み物を持って話していると誰も近寄ってこない。ありがたい。
「ハンナ、赤いドレス似合う!綺麗だよ」
「アンタ、そんな時だけおしゃべりね!」
「ハンナ、口づけは成人してからだって、ヒュージさんに言われた」
「ちょ、ちょっと!こんな所で何言ってるのよ!」
「大人になるまで、待ってくれる?ハンナ綺麗だから心配なんだ」
カーメルさん譲りの銀髪に大きな水色の瞳。鼻筋はスッと通っていて、高すぎない。
よくしゃべる唇は意外にも小さくかわいいピンク色をしていて、お化粧何かしなくても透き通るような白い肌をしている。
胸はそんなに大きくないけど、あったら心配が増えるだけだから、いい。
咲き始めの薔薇みたいに綺麗だ。
そういうと周りにいたカーメルさん達が笑っていた。
「よかったな!ハンナ。胸がない方がいいって言われて」
ヒュージさんはハンナに冷たい視線でにらみ付けられていた。
私はハンナにせっせとご馳走を食べさせた。
ハンナが怒ったら何か食べさせたらいいのだとサテル兄さんに教わったから次から次へと貢いだ。
カーメルさん達も食べ始めたので、メリエレさんがご馳走を大皿に、山盛りにしてきた。
一緒にご馳走を取りに行ったサテル兄さんは、知り合いがいたみたいで話し込んでいたが、私を見てすぐに帰って来た。
「いいの?友達話したそうだよ?」
「ケイトス。身の回りには充分に気をつけろ?ラムズ公爵家の侍従達がお金で情報を売ってるらしい。私達の事も昨日の話が当たり前に話されてる。もう、今日は帰る!また、遊びに来い」
「わかりました!サテル兄さんご迷惑お掛けして申し訳ございません!父上達とよく話してみます」
「早めに何とかした方がいい。頑張れよ」
カーメルさんは、そういうとハンナ達と帰ろうとしたから、ハンナに一言何か言わなくてはと、気ばかり焦ってる内にハンナ達は人混みに紛れ、わからなくなった。
そして、気が付けば、年上のお姉さん達に囲まれていたので、師匠に教わった「好きな子以外と話す内容」を話したら一人二人と、離脱して行き、女の子は一人も居なくなったが、アンデッドの魔石目当ての貴族達が近寄って来た。
「私は聖魔法が使えないので、討伐もできませんし、跡取りではありませんから魔石をどうこうする事はできません」
そういうとやっと周りから遠ざけられるようになった。父上達の所へ行くとお客様のお見送りの最中だ。
さりげなく加わりお見送りすると皆があからさまに私達家族と目を合わせず帰って行く。
父上…何したの?
そっと父上を見ると目が合った。
お互いが疑り合ってるこの現実。
思わず苦笑交じりに会話を切り出す。
「父上、何かあったのですか?」
「何もない。アレクは何かあったのですか?」
「いつも通りです」
「そうですか。貴方には不自由かけますね」
「いいえ、父上。私は充分自由にさせてもらっています」
「親子が遠慮しあってんじゃねえ!」
気が付けば招待客は皆帰り、残ってるのは家族と使用人だけ。
メリエレさんの言葉に甘えて父上と手をつないで、近くの部屋に入ってお話し。
ルティーナ様ももちろん一緒だ。
「父上、使用人達がお金で情報を売ってるようです。どうしましょう?」
「問題ない。怖い管理人を付けたからな」
あ、ひょっとして…
「お父様が?」
「いや、元公爵家の筆頭家令が、舞踏会に潜り込んで来ていて、情報を漏らした使用人達をクビにするように、お話ししただけだ」