がおー。みくろけいざいだぞー。
自己紹介を終えた俺達は、次の冒険者が来る前に狩りを行うことにした。ギン達はそこら辺の動物や植物を食べているようなので、定期的に狩りに出るらしい。
俺も今日まではギン達の残り物を食べさせてもらっていたので、自分の食べ物くらい自分で捕りたいと思う。
この前騎士から奪った剣を持ち、軽快に移動するギン達を追った。
「肉ぅ、肉ぅ……」
それから三十分ほど経っただろうか。俺と一緒に行動していたギンは、物欲しそうな顔で呻いていた。
他の三人は虫やら草やらが主食なのでそこまで探すのに苦労はしていないようだが、やはりギンお目当ての肉はそうそう見つかるものでもない。
まぁ、他の三人も図体の関係で消費カロリーが高まっているので、食べなきゃいけない虫の量などは多いらしいけど。想像したくないな。
「あっ、大きい虫だ」
歩いている内に、俺とギンは草むらでトノサマバッタを見つけた。
これは多分テラがムシャムシャ食べるんだろうなぁと思わず考え、げんなりしてしまう。ギンがこの虫を捕まえるところも見たくないので、俺は軽く目を逸らした。
しかし予想に反して、ギンはその虫を完全に無視する。
「あれ、テラのために取ってやらないの?」
「……? 私、虫いらない」
「いや、だからテラのために……」
「うん? テラ、自分で虫とれるよ?」
どうにも話がかみ合わない。
自分の獲物は自分でとらなきゃいけない、みたいなルールでもあるのだろうか?
折角だからとってやればいいんじゃないのと勧めると、ギンは困惑したような顔をしながら答えてきた。
「テラの餌とっても、私の餌増えないよ?」
「いや、そうとも限らんだろ。代わりにテラが肉をとってきてくれれば、交換できるじゃん?」
「交……換?」
ポカンとしながら復唱するギンを見て、俺はどうして話が噛み合わないのかようやく分かった。
魔人には食事を貯蓄する習慣がないらしく、それに伴って食事を交換するなどという発想自体なかったのである!
食事はあくまで自分でとるか、子供に施すもの。双方的に利益を与え合うという考え方が、そもそもないのだろう。
「俺にも手伝えること……あったかもしれない」
俺は自分に出来ることを一つ思いつくと、すぐに準備を始めた。
「これ、なに?」
準備を終えた俺は、狩りを続けていたギン達を一か所に集めた。俺が準備していたものを見せつけると、みな一様に首を傾げる。
「ただの葉っぱじゃねぇか、なんか変な模様入ってるけど」
「あぁ、今日からこれを貨幣の代わりにしようと思う。まぁ、成功するかはちと分からんけど……」
「かへい? それ、美味しい?」
俺が堂々と言うと、ギンが涎を垂らしながら尋ねてきた。空腹のギンには、もう全てが食料に見えているのだろう。
俺は貨幣が食料に分類されてしまう前に、てっとり早く説明することにした。
「説明の前に聞きたいんだけど、皆、ギンが食べられるような肉って見つけたか?」
「あー……さっき森の方でリスを見つけたな。あいつが動くせいでバッタに逃げられちまった」
その時のことを思い出しているのか、テラが遠い目をして言った。
「そのリス、捕まえなかったのか?」
「うん? あぁ、そりゃあ私の獲物じゃねぇからな。食べられはするけど、リスより虫の方が好物だ」
「ギンのために捕まえてやればよかったのに」
「いや、私にも自分以外の獲物を捕る余裕なんかねぇよ。てか、前から思ってたけどお前ギンを贔屓してねぇか? いくら最初に会ったからってよぉ……ギンが素直で可愛いのも分かるけどよぉ……」
テラが何か変な拗ね方をしだしたが、別に贔屓してるわけじゃないので俺は首を振った。
「そういうことじゃないよ。お前がリスを捕まえてたなら、このトノサマバッタと交換してやったのになぁ……って話だ」
「あぁ!? なんだその大きいバッタ! めっちゃ美味しそう!!!」
さっきギンが捕まえたトノサマバッタを見せつけると、パフェを前にした女子高生のような笑顔でテラが涎を垂らした。いや、パフェを前にした女子高生は涎垂らさないだろうけどな。
「な? 今ならリスを撮ってくれば良かったって思うだろ?」
「そのバッタ……くれないの……?」
今度は失恋した乙女のような顔で悲しむテラ。いつもの傲慢さが鳴りを潜め、女の子の可愛さを意識させられたが……。こんなにもバッタを食べたがる女の子、見たくなかったなぁ。
まぁ今は理屈を分かってもらうことを優先して、俺はテラを無視した。ちょっと女の子顔を見ていたかったのもある。
「これで分かったか? 他の人が喜ぶことをすれば、自分にも良いことが返ってくるんだ」
「でも、返ってこないこともある……よね?」
俺が小学校の道徳みたいな言葉で締めくくると、ネインが鋭い質問を寄越してきた。やはり魔人は、知識がないだけで脳の回転は人間並みに速いようだ。
「よく気づいたな。そう、もしテラがリスを捕っても、ギンがトノサマバッタを捕ってるとは限らないんだ」
「ならやっぱり、自分で捕った方が速そうでござるな?」
「そう思うだろ? そこで、この貨幣が役に立つ」
俺は手に持っていた何枚かの葉っぱを正面に突き出した。
そこには俺が石で「かへい」と書き込んでいるが、日本語を知らない彼女達には呪いの言葉か何かに見えているかもしれない。
「今日から他の人に良いことをしたら、その分貨幣を貰えるようにする!」
「はぁ? いらねぇよそんな葉っぱ!」
「でもって、他の人に貨幣を払えば、その人に良いことをしてもらえるようにする!」
「…………?」
流石に説明を端折りすぎたので、皆がまた首を傾げる。仕方がないので、俺は実演することにした。
「さっき貨幣を二十枚作ってきたから、まずは五枚ずつ配ろう。んで、テラは一枚をギンにあげな」
「なんでだよ! やっぱり贔屓……」
「そして、ギンは貨幣と交換でバッタをあげて」
「やっほぉぉぉい!」
ギンにバッタを差し出させると、テラは諸手を上げて喜んだ。手に乗せた瞬間むしゃぶりついたので、俺はさっと目を逸らす。
「ギン、これいらない……」
「本当か? もし誰かがリスを捕ってきたら、これ一枚と交換できるんだぞ?」
「…………!」
手持ちの葉っぱが増えて困惑しているギンに、俺が貨幣の価値を教えてやる。するとギンは両目を見開き、他の皆もハッと何かに気づいたような顔をした。
「そう。貨幣さえあれば、他の皆が自分の欲しいものを取ってきた時、いつでも替えられる。その安心があれば皆の分を取ろうと思うし、そっちの方が一人で探すより効率的だろ?」
自分の獲物だけ取るよりも、探す対象が四倍に増えるのだから狩りも楽になるはずだ。
物々交換すら思いつかなかったのは、やはり彼女達が同じ種族の魔獣達と交われないからなのだろう。俺はそんな彼女達の喜ぶ顔を見て、達成感を感じながら話をまとめた。
「つまり、その貨幣は肉そのものだと言っても過言じゃないんだよ」
「やった!」
貨幣の有難みが分かったギンは、六枚に増えた貨幣をキラキラした目で見つめた。喜んでくれて良かったと思いながらその笑顔を眺めていると、彼女は喜び勇んで……貨幣を食べた。
「にがい」
表情で不味さを表現しながら、ギンが呟く。俺はそれを見ながら頭を抱えた。
違う。そういうことじゃない。