勇者達
踏み越えた者全てを滅ぼす、絶対不可侵の境界線。
攻略不可能に思えるが、こちらにも相変わらずの手がある。俺は観念して、それを部下に告げた。
「あいつを倒すには、お前らを犠牲にする他ない。それでも……良いか?」
「良いも悪いもありませんよ、魔王。私達は盾。カミル様に忠誠を誓ったその日から、理想を守るための盾なのです」
「あなたは、カミル様ではなかったかもしれない。でもあなたがこの街に来てからも、私達はあなたを騎士代表と認めていました」
口々に信頼を寄せる部下達を見て、カミルが如何に信頼されていたのかを思い知る。本当に俺は、彼のような頼れる男になれるのであろうか。
だがカミルが歪む前を知っている彼らは、俺の不安を払いのけるように言った。
「誇ってください。あなたは世界を導く騎士代表……虐殺の勇者なのですから!」
その叫びを聞くと同時に、俺は真正面へと走る。
〈絶境〉の効果を把握してから三十秒間、俺は部下に身を守ってもらいながら自分の鎧にも〈必中対象〉をかけていた。これで、鎧に受けたダメージも転与できるようになる。
「うおおおおおお……!」
〈被害集約〉は無機物のダメージは無機物に転与することが出来るが、生物のダメージは生物にしか適応することが出来ない。
〈絶境〉によって生み出された境界線を越えた瞬間、後ろに控えていた部下とその武器が豪炎に包まれる。
もちろん隔絶の勇者も、ここまでは予期していただろう。しかし俺に無茶な特攻を強要することで、俺の盾を……いや、頼れる部下達を全滅させる算段だったのだ。
「所詮は、魔王だな。人を、駒のように扱うことしか、出来ないか」
「っ! ……誰のせいでこうなったと思ってるんだ!」
自分のせいだということを承知しながらも、俺は彼らの犠牲を無駄にしないため全ての怒りを隔絶の勇者にぶつける。
部下は全滅し、鎧は欠け、盾も一つ消えた。この状態のカミルは、恐らくこれまで会った勇者の中で最弱だろう。だが、魔術師相手に懐まで潜り込めばこちらにも勝機はあるはずだ。
「おらあああああっ!」
叫びながら、三枚の盾で隔絶の勇者の頭を殴りつける。
騎士とは思えない、蛮族のような戦い方。しかし……これで!
「これで、終わりか?」
「…………っ!」
隔絶の勇者の声が聞こえてきたことで、俺は驚きに肩を跳ねさせた。生身の人間が、大盾三つに頭を殴られて、無事で済むはずがない。
何が起こっているんだと考えながら盾をどかし……ようやく気付いた。
「そんな……まさか……!」
彼の右目は潰れ、頭頂部には盾が食い込んだ跡があり、頬の骨は潰れている。しかし……それ以外の部分は無傷だった。
何故か。彼の顔に縫い込まれた黒い糸が、盾の侵入を阻んだからだ。最も損傷の激しかった盾は、彼の頭に触れただけで砕けた。
「その黒い線、全部……!」
ずっと謎だった顔の模様は、全て彼の魔法で描かれた〈絶境〉だったのだ。全てを絶つ、不可侵の境界線。彼はただ遠距離特化の魔術師なんかじゃなかった!
もちろん顔に施すにあたってアレンジはしているだろうが、その痛みは糸で顔を縫い込む程度のもので済むはずがない。頭の傷を見るに、頭頂部にもみっしりとその線が描かれているのだろう……そして恐らくは、全身にも。
これが、覚悟か。俺は、初めて彼と会ったときの恐怖を再び思い出す。
……だが。覚悟なら俺だって何遍もしてきた。ここで諦めるくらいなら、もっと簡単な道を選んでいる。
俺は残り二つになってしまった盾の一つで彼の攻撃を受け止めながら、もう一つの盾で再び彼の頭を殴りつけた。
「阻め、〈絶境〉!」
「ぶち壊せ、聖域境!!!」
守る方の盾に、彼の最大火力が押しあたる。部下が全滅した今、この盾が壊れた瞬間にカミルの体は燃え尽きるだろう。だが、それでも俺は一歩も退かない。
人によって理想が違うのは、分かる。どうしても分かり合えない時は、ぶつかり合わねばいけないということも。
そうやって傷つけ合うのが怖くて、俺は人と関わるのを避けてきた。ゲーム内の強さだけが、俺の強さだった。でも、今は。
「ギン達を守る……! それを阻むなら、真正面からぶつかってやる! もう、逃げも隠れもしない!」
分かり合えるかどうかなんて、人と関わらなきゃ分からない。分かり合おうと努力して、分かり合えないならぶつかる。その覚悟がなければ、この〈絶境〉は越えられない。
「おおおおおおおおっ!」
叫びながら、盾越しに伝わる熱気を耐える。そしてとうとう、狙っていた瞬間が訪れた。
「今だっ!」
それは、ほんの一瞬の出来事。守る盾の代わりに隔絶の勇者に接した盾が砕け。ほんの一瞬。剣のように鋭く尖った。
無機物のダメージは、無機物にしか転与できない。
守りの盾に受けたダメージを〈被害集約〉でもう一つの盾に送り、微調整の末にこの形を作り上げたのだ。
その鋭く尖った盾が、顔中を覆う線の間を縫って、隔絶の勇者の頭蓋骨に突き刺さる。そして彼の脳にまで直進すると、やがて、燃え尽きた。
聖域と外界を隔てる盾は、二人の勇者によって、絶境をも超える聖剣となったのだ。
「…………」
脳を破壊された隔絶の勇者は、結局名乗ることすらなく息を引き取った。お互いの理想がぶつかり合い、俺が……勝ったのだ。
ギンを守るためなら勇者を倒そうと、覚悟はしていた。だがやはり、既知の勇者を三人とも説得できなかったのは、心が痛んだ。
外壁を守る勇者を倒したことで、魔獣は街の深部にまで侵入することが出来た。抵抗してくる人以外とは敵対しないよう言ってあるが、勇者をここまで無惨に殺してしまえば説得力はもうないだろう。
周囲の魔獣があからさまに人を食べたそうに涎を垂らしているのを見てげんなりしていると、ようやくギン達がカミルのところまで辿り着いた。
「タケル……」
俺のところまで来たギンは、周囲の惨状を見て全てを悟ったようだ。
二人の勇者が、停戦協定を拒んだこと。その結果、敵も味方も虐殺することになってしまったこと。
カミルがどうしてあそこまで歪んでしまったのか、今なら分かる気がする。彼も自分の理想に圧し潰されて、理想に応えない民衆にも失望して、やがて自他ともに認めるクズになってしまったのだろう。
だが……いや、だからこそ。俺はここで諦めたくなかった。
これで、俺の知っている勇者はイアを除いて全て死んだ。残る勇者は、三人。
魔獣が全て街の中に入った現状、もう流石に抵抗するという選択肢はないはずだ。だとすれば……この悲劇は、ここで終わるだろうか?
「それともこのまま、人間を滅ぼす破目にはってしまうのか……」
呟いて、心が乱れた……その、瞬間だった。
「おい、何してるんだ!」
周囲にいた魔獣が、唐突にギン達を襲い始めた! 信じられない光景を見て、俺は慌ててギン達と彼らを引き離す。
突然の暴走。勇者が減ったから、仲間割れが起こったのか? 最悪の予感に心が冷え込んだが、しかしそれにしては突発的すぎる。
イアの能力にも似ている気はするものの、イアは少し離れたところに留まって魔獣に近づかないようにしているし、そもそも彼女のせいであればイアを襲わなければおかしい。
なら、これに近い症状と言えば……。
「支配、能力……?」
自我がなくなるという意味では、俺の支配能力に似ている。
魔獣にしかかかっていない事と言いどんどん拡散していることと言い、支配能力の条件通りだった。
理由は分からなかったが、ともかく俺がこの場にいては拡散が広がるばかりだ。見ている限り魔獣から魔獣への支配は精度が低いようだったので、俺が近くにいるのが一番危うい。
俺はそこまで判断すると、ギン達に指示しながら走り出した。
「ギン、俺はここを離れる! 他の魔獣には拡散する前に、支配された魔獣を殺せ! 手遅れになるぞ!」
我ながら冷徹すぎる判断に、ため息が出る。これがエイナの言っていた、間違えられないということなのか。
そんな気の重さを感じた俺の耳に、ギンの叫び声が響く。
「タケルについていってあげて、イア!」
「でも、ギン達は……」
「私達は大丈夫! でもタケルが心配、早く!」
「わ、分かったよ」
恐らくギンは、俺が絶望していることを心配してくれているのだろう。
結局、彼女に心配かけてばっかだな。情けなかったが、それでも気分は悪くなかった。
イアと一緒に魔獣のいない南方まで来たところで、俺はようやく一息ついた。そして、改めて状況を確認する。
一体、どうなっているんだ?
不可解すぎる状況に頭を悩ませていると、狂戦士ギルドに隠れていた俺の体が聞き覚えのない声を耳に入れた。
もちろん、今この場を尋ねられる人に心当たりはない。ただでさえ混乱しているのに、新たな火種の予感を感じさせた。
息を飲んでいると、愉快そうな声と共にギルドの扉が蹴り飛ばされた。
「あぁぁぁぁぁりがとぉぉぉ! 街の中で暴れてくれて、ほーんとうにありがとう! ようやく私の出番が来たねぇ!」
とても楽しそうに笑いながら、その男は言った。一方彼の後ろにはズラリと人影が連なっていたが、その人影は一言もしゃべろうとしない。
当然のように警戒はしているものの、俺の周りには俺が操っている神官ギルドの信徒が二人いるだけなので戦闘力はほぼ皆無だ。流れに身を任せるしかなかった。
「新鮮な死体がたーっくさん! うひひひひ、こんなに素晴らしいプレゼント、まるで魔王の再来だぁ!!!」
「魔王……また俺を魔王呼ばわりか……」
「いやいやぁ、むしろ魔王よりよっぽどエクセレーント! 街中でこんなに上物の死体を置いて行ってくれるなんて、魔王にだって期待できなかったさぁ! 闘争は生産!!!」
その言葉を聞いて、俺はようやく扉の外に何が立っているのかを理解した。
隠し通路に並んで微動だにしない彼らは、人の死体だ。そうと理解して目をこらすと、それが誰かまで分かってしまった。
ウィント、カミル、テイン、そして隔絶の勇者。今日の戦いで死んだ四人の勇者が、全て動く死体となって甦ったのだ。
「体まで、完全に治っている……」
「傷は他の死体で埋めれば良いことだからねぇ! 死体は内臓とか血液型とか気にしなくて良いから! まぁ適当過ぎると、脳が長持ちしないから困るんだけどねぇ」
言いながら、彼は車椅子の破片が刺さったウィントの頭をツンツン突いた。どうやってこの場所を突き止めたのかと思ったが、ウィントの脳に残っていた俺の記憶を探ったということなのか。
死体の操作と修復、そして記憶の読み取り。それら全てが出来るなんて、器用が過ぎる。
大方予想はついていたが、俺は震える声で尋ねた。
「お前は……誰なんだ?」
「うーん? 冥土の土産に教えてやりたいところだがぁ……君、どうせ死んでも死なないんでしょぉ? それ白けるなぁ、冥土の土産じゃないよなぁ。……ま! 君には恩があるから良いけどさぁ?」
そう言って、意外と素直に教えてくれた。優しい。
「私は死霊術師代表、安寧の勇者! 僕に出番をくれた君にぃ、僕からも極上のプレゼントだ!」
やはり、勇者だったか。彼は強いが、確かに身近に人の死体がなければ使えない能力となれば、これまで活躍の機会はなかっただろう。
ようやくの出番に喜ぶように叫ぶと、彼は侍らせていたウィントの死骸を俺にけしかけた。やっぱり、優しくない。
「最高の死を味わってくれたまえ、新たな魔王。まだまだおかわりは有るからね」
笑い声を聞きながら、俺の体はあっけなく、轟雷の死骸に食いちぎられた。
……。
まさか、とは思っていたが。
いや、死霊術師の言葉を聞いてからは、殆ど確信していたが。
俺は自分の体が食いちぎられた後も、平然とカミルの体を動かせていた。
「まるで……人じゃないみたいじゃないか……」
自分の体が死んでも生きてるなんて、人とは言えない。支配能力にはさんざん世話になったが、これは思っていた以上に恐ろしい力だ。
一体、この力は何なのだろう。今更ながらにそう思い、カミルの体で呟いた。
もちろん隣にいたイアには何の話か分からないだろうから、特に返事を期待していたわけではない。だが。
――――脳に直接響くような声が、俺の呟きに答えを返してきた。
「その通りです。その力はもう、人が到達できる領域をとっくに超えている」
「誰だ!?」
見知らぬ声に、俺は動揺して叫んだ。
しかし、正直に言えばこの声が誰のものだか、薄々分かってはいた。理性の上でも直感の上でも、こうなる予感はあった。
この支配能力を俺に与えたのが誰なのか……それは、ずっと考えてきたことだから。
「お前は……俺をこの世界に連れてきた女神、なのか?」
「ふふ、覚えていてくれたんですね。まさか女神だと思われているとは思いませんでしたが」
声が頭の中に直接響いているからか、確かに以前聞いた時とは印象が違う。男か女かも分からない、中性的な声で答えた。
そして、俺の推測が合っているなら……。
「お前が……魔王、だったのか?」
「流石、鋭いですね。復活の時を待ち、あなたに寄生し続けていました。長い付き合いなのに今さらですが、そろそろ名乗るとしましょうか」
魔王は、俺の推測を遥かに超えた事を、言った。これまで残された謎の殆どが氷解する、その、答えを。
「私は盗賊代表、支配の勇者。定まった名前は有りませんが……最近は魔王と呼ばれることが多いですね」
なんて呼べばいいのか……確か、最初に会ったときは……イー〇ック。そう、イーーーノッ〇。




