賢者代表
方針を決めた俺は、イアの案内を受けてすぐさま賢者ギルドへと向かった。
そのギルドは他のギルドと違い、ひっそりとした誰もいない場所にあった。魔獣にも向かわせていないような辺鄙な場所で、建物も古びた木造の家屋だ。
お陰でここまで来やすかったが、隠し通路の奥にあった狂戦士ギルドですらもう少しマシだという程、そこは要人の住処とは思えなかった。
「よく来てくれたね。君は……まだ魔王に支配されきっていないようだ」
「お前が……最後の勇者か?」
中に入ると、より信じられない光景が待っていた。
エイナと同じ車椅子に乗った青年が、ギルドに入ってきた俺とイアを歓迎する。しかし彼の両腕は既になく、左半身が隔絶の勇者とは比べ物にならないほど真っ黒に染まっていた。
「ああ。僕は賢者代表、代償の勇者リヒト。よろしくね」
「代償……」
「先に言ってしまうと、僕は君の力になれない。僕の魔法は何かを代償に捧げてそれに応じた能力を得る魔法だけど……見ての通り、魔王の魂だけを狙って滅ぼすには対価が足りないからね」
まるで俺達の目的を知っているかの如く、流れるように聞きたい情報を喋る。イアによると、代償魔法によって彼には短期的な予知能力が備わっているらしい。
「それどころか両腕を捧げてすら、結局こうして魔王は帰ってきてしまったしね。まぁ、君という優秀な依り代さえいなければ……10年以上は封印出来たはずなんだけど」
はぁとため息をついて、リヒトは言った。その落ち着いた様子は、余裕があるというより一種の諦めを感じる。
「そうか……。じゃあ役に立たないなりに、取り敢えず協力だけはしてくれ。俺が死んだ後、ギンをサポートしてくれる人が必要なんだ」
「あー、なるほど。停戦停戦言ってたのは、自分の命が残り少ない予感があったってことなのか」
まるで俺を見知ったかのような口ぶりでリヒトが言う。親しみやすい男だが、いつの間にか彼に警戒心を抱けなくなっているのが逆に不気味ではあった。
「そう……なのかもしれないな。代償魔法で、お前自身が魔獣と言葉を交わすことは出来るか?」
「うん。対価として肺がちょっと悪くなるけどね」
「なんだよそのタバコみたいな症状」
これまでとは一風変わった勇者に思わず苦笑いしたが、彼が次の言葉を発した途端、俺の笑みは引いた。
「でも、断るよ。僕は魔王を倒して魔獣も倒す。支配対象が少ない今の内に、君の体も潰させてもらう」
そう言って、彼は足でトンと床を叩いた。その瞬間彼は金縛りにあったように動かなくなったが、代わりに俺の全身を圧縮機にかけられたような重圧が走る。
「う、うぐああああああああ!」
「お兄さんっ!」
「もうすぐ安寧もここに来る手筈になっているからね。逃げようとしても無駄だ」
言いながら、彼が魔法の締め付けを強める。周りには何もないのに俺の両腕はねじれ始め、鎧の隙間からうっすらと血が流れ始めた。
だが、今だけは攻撃されてはいけない理由があった。必死になって叫び、攻撃を止めるよう懇願する。
「やめろ! 今すぐやめてくれ!!!」
「やめろと言われてやめる馬鹿はいないね」
「違うっ、そうじゃない! もし魔王が魔法まで使えるようになったら、ギンが……! ギン達が……!」
今はまだ、カミルの体は俺の制御下にある。しかしもしこのタイミングで魔王が完全復活したら、イアのために必中対象にしたギン達にまでダメージ転与の被害が及んでしまう。それだけは、避けなければいけなかった。
「そのギンとかいう名前、さっきも言っていたね。君は、どうしてギンとやらに拘るんだい?」
俺に魔法をかけたまま、彼は平然と聞いてくる。
答える義理はない。しかし死を目前にした極限状態の中で、俺は自然と答えていた。それはきっと、俺がこの世界で知ったことを魔王やリヒトに言い聞かせたかったからなのかもしれない。
「最初は……勢いだった。勇者に襲われていたギンを助けて、自分に似た境遇の子を助けただけのつもりだった」
それはすぐに、違うと分かった。俺とギンは、似てなんかいない。彼女はどんな状況でも、折れずに自分を貫いていた。
「でも段々、自分と違う生き方をしてるギン達に憧れて……。俺を叱ってくれた時には、好きになってたんだ」
好き、などという言葉が自然と出たことに自分でも驚く。
どんなに理屈を並べても、結局はここに終始してしまう。人と関わらなかった俺が、この世界で人と関わった、その結果だ。
殺し殺されてようやく得た答えが、ここまで単純だと呆れてしまうが……。でも結局、これ以外に理由なんてないのだ。
「親に叱られたこともなかったのに、ギンだけはまっすぐ、俺のために叱ってくれたんだ。俺を、見てくれていた……」
代償魔法によって、耳からも血が流れ始める。
「ギンに笑って欲しい、ギンに泣かないで欲しい……。誰にも虐げられない世界で、生きて欲しい。ただそれだけ、俺が、出来なかったことを……だから」
視界が朦朧とした目をカッと見開き、リヒトを睨む。まだ元気があることに驚いたのか、リヒトも驚きの表情を浮かべて俺を見た。
「だから、ギンと仲良くしないと殺すぞ! 今すぐ魔王にこの体を譲り渡して、魔王の配下を呼んできても良いんだ。それ、が、嫌なら……!」
喋るのもきつくなってきたところで、唐突にリヒトの魔法が解けた。
解放された途端に鎧中から血が出るが、流石に神経が完全にやられたとかいうわけではないようだ。
今の脅しが通じたのか? だが、少し考えれば俺が魔王に体を譲るメリットなどないことに気づくはずだ。俺は追撃を警戒したが、その前にリヒトが笑った。
「は、ははははは! これまで脅迫されたことはたくさんあったけど、仲良くしろなんて脅されたのは初めてだよ!」
リヒトは俺の体を見て、薄く笑う。
「あの状況下でも、君は〈被害集約〉を使わなかった。君の覚悟は本物……。認めよう、僕の負けだ。何より、君を殺したら後が怖い」
そこまで言うと、彼は清々しく言った。
「このつまらない世界を諦めていたが、君の理想に賭けさせてもらうとするよ。君が魔王に乗っ取られても、魔法で〈被害集約〉だけは使わせないように抑え込もう。僕にはそれが限界……あとは、君達でなんとかしてくれ」
「君……達?」
誰のことを言ってるんだと思った途端、賢者ギルドの扉が開け放たれた。外からやってきたのは、安寧の勇者と彼の操る死体。
厄介な勇者がとうとう来てしまった……が。
「た、助けてくれ! 代……償」
勇者達の死体と一緒にギルドまで走り込んできた安寧の勇者は、それだけ言うと顔面から床に倒れ込んだ。
扉の方を見遣ると、彼を追いかける四人の人影が見える。薄暗い照明がその人影に当たった時、ようやくお互いに認識した。
「ギ、ギン!?」
「もしかして……タケル、なの? 生きて、たんだ……!」
彼女は戦士ギルドまで行って、俺の体が食いちぎられているところを見たのだろう。カミルの中身が俺だと分かった瞬間、緊張の糸が途切れたようにボロボロと涙をこぼした。
さっき好きだと口にしたばかりなので気恥しかったが、彼女が来ただけで心強さが全然違った。彼女さえいればなんとかなると、自然に感じてしまう。
しかしそれが魔王の勘に触ったのか、魔王が脳内でいきなり暴れ出す。
「……! イア、離れろ! もう制御できない……!」
一番近くにいたイアに呼びかけ、皆と距離を離す。
同時にリヒトの魔法が飛んできて、カミルの〈被害集約〉が封じられたのを感じた。
どうやら、魔王の復活は刻一刻と近づいているようだ。
次回、最終話の予定です!
色々とおっしゃりたいことがある方もいるでしょうが、これでも二回徹夜とかして頑張ったのです……。許して……。




