覚悟
イアが手に取ったのは、一本の細剣だった。しかしただの細剣ではなく、いつだったか俺がステータスを見たトリプルテイル・スコーピオンの尾を刃の代わりに伸ばしたイロモノだ。
あの魔獣の特徴は、効果の違う三本の尾が見た目からは区別できないということだ。彼女の持つ剣も、どんな三つの内どの効果なのかは計り知れない。
「くっそウィントの奴、余計なもん作りやがって……!」
職人肌のウィントは、勇者としてはいまいちだったかもしれないが細かいところで何かと俺の邪魔をしてくる。毒づいてから、俺は隣にいるサクに呼びかけた。
「おいサク、まだ意識はあるか!? あの剣だけでも切り落としてくれっ!」
「ござるぅ……?」
「言葉と言っていいのか分からんけど、一応喋れるな」
奇妙すぎる返事に頭が痛くなるが、言葉が喋れる内はまだ大丈夫だろう。俺の頼みに応えて、いつもより少し鈍いくらいの動きでイアに向かっていく。
トリプルテイルスコーピオンの尻尾は、毒か熱かミサイルのように飛ぶの三種類。飛んでくる尾であるミサイルテイルからさえ〈送風〉で守れば、意識が朦朧としていてもサクが遅れを取ることはないだろう。
そう思いながら、俺はサクと一緒にイアへと近づいていく。今はこちらに攻撃が通じないと理解しているからか彼女は一向に攻撃を始めず、俺達は難なくイアのすぐ傍まで寄ることが出来た。
そのため安心して彼女の持っている剣を叩き落とそうとした……が。
「え、どうして邪魔するの?」
イアはそもそも、俺が彼女を止めるつもりだということすら分かっていなかったようだ。至近距離まで迫った俺に、彼女は真正面から疑問をぶつけてきた。
「どうしてって……。サクは仲間なんだ。殺させるわけにはいかない」
「でも、もう喋れないよ?」
「お前から離れれば、少しずつ回復していくんだろ?」
そうでなければ、勇者がこいつと喋るわけがない。そう冷静に考えて答えたが、彼女は平然と首を振った。
「勇者の抵抗力なら元に戻るけど……。このお姉さんだと戻るか微妙だし、少なくとも部屋の中のお姉さんは絶対元には戻らないよ」
「……っ!」
その答えに衝撃を受けて固まっていると、俺を見つめていた彼女の丸い目が、唐突に鋭くなった。
「そっか。お兄さんも、もうおかしくなってるんだね?」
先程もそうだったが、常に殺意を向けられていたイアは人の殺意に敏感らしい。
こいつを殺せばギンは戻るのだろうかと一瞬考えただけで、彼女の敵意を引き出してしまった。
「残念だな……もっとお話ししたかったよ」
言って、イアが平然と細剣の柄を握る。同時にその刀身が赤く熱され、彼女は致死の刃で勢いよく凪ぎ払った。
至近距離まで近づけたのはこちらに隙がないからじゃなく、単に敵意がないからだったのだ! 本気を出した勇者相手に、余裕で対処など出来るはずもない。
俺は彼女の攻撃になんとか対応して後ろに倒れ、ギリギリでその場を凌いだ。
「じゃあね」
だが、俺が倒れている間にもイアは動く。
たった一言別れを告げると、再び彼女が剣の柄を握った。その瞬間、彼女が持っていた剣の刃が、サクに向かって飛んでいく!
あの剣を見た時点で三種類の尾の内どれかだと勝手に思ってしまったが……。ウィントなら、その油断を突いて複数の効果をつけることくらい出来ただろう。
あいつは本当に油断させるのが上手かったと、俺は冷や汗をかきながら苦笑した。
「〈送風〉!」
しかし、イアがこちらの隙を窺ってなかったという事は、〈送風〉を警戒していなかったということでもある。
射角を工夫していなかったその刃は俺の魔法によって軌道を逸らされ、ギリギリでサクから外れた。
正気の相手と戦ったことがないからこその弱点として、イアの戦闘勘は俺以上に不足している。そうして生まれた隙に、俺は起き上がって彼女へと走り寄った。
こっちには、未だ切っていない奥の手があった。しかし確証がない以上、無力化を前提に動くのが良いと考えたのだ。
「……危ないっ!」
だが、その前に。イアに近づいていたサクが、腕の斧を振りかぶった。
同時に羽織っていた布がめくれ上がって彼女の下着姿が露わになるが、失礼ながらそれどころではない。
俺は武器を切り落とせとしか言っていないのに斧を振りかぶっているという事は、彼女がもう正気ではないということだ。
サクを取り押さえるのは、もう間に合わない。だから俺は……イアとサクの間に割って入り、背中でその斧を受けた。
「うぐっ……!」
正気を失っているから普段より数段切れ味は落ちているが、それでも俺の背中にはざっくりと大きな傷が生まれる。
背中全体に染み渡る、血の暖かさを感じた。
「どうして、守ったの……?」
俺を見上げながら、イアが呆然と尋ねてくる。
彼女はまるで、宇宙人と会った子供みたいな顔をしていた。不安と喜びが入り交じったような、複雑な表情。
それも当然だ。彼女にとって人とは自分を襲うものでしかなくて、決して守ってくれるものではなかったのだから。
「だってまだ、答えを聞いてないからな……。魔獣と戦わないで……いてくれるか?」
俺の質問に、イアが目を見開いた。
「やっぱり本気だったんだね、それ」
痛みに掠れた俺の返事に、彼女がおかしそうに笑う。その様子はとても幸せそうで……とても彼女が、狂戦士などという風には見えなかった。
しかし彼女は、すぐ悲しそうに顔を伏せる。
「でも私がいたら、お兄さんのお友達も皆おかしく……」
「それなら大丈夫……だと思いたい。そろそろ、俺の切り札が来るから」
「来る……?」
イアが首を傾げた途端、狂戦士ギルドの扉が開いた。この隠し扉を知ってる人など、勇者と俺を除けばいはしない。
だから、そこに立っていたのは……。
「虐殺の……お兄さん?」
もちろん、俺だった。
俺はイアと話したり戦ったりして時間を稼いでる間に、勇者会議からカミルの体を無理矢理こっちに近づけていたのだ。
俺はカミルの体で自分の体を適当に回復させてから、サクに別の魔法をかける。
「何……してるの?」
カミルの特技を知らないイアは状況が飲み込めていないようだったが、結果だけは明確だった。
「うわぁ、服がめっちゃはだけてるでござる! 拙者とうとうタケル殿に襲われたのでござるか!?」
「とうとうって何だとうとうって」
俺の傷を気にもせず失礼なことを言うサクに、俺は半眼で突っ込む。しかしサクなんかより、イアの方がよっぽど衝撃を受けていた。
そう、サクが正気を取り戻したのだ。
「どうして……お姉ちゃんが元に戻ってるの?」
その秘密は、カミルの能力にあった。
〈被害集約〉と〈必中対象〉。この二つを組み合わせることで、〈必中対象〉を使った相手が受けた影響を全て自分に集中させたのである。
イアは状況を受け入れるまでしばらく動かなかったが……やがて、言った。
「さっき言ったこと、取り消すよ」
これまでになく、静かな声。だがそこには確かに、喜びがあった。
「お兄さんは、魔王みたいなんかじゃない。お兄さんは、お兄さんだね」
〈必中対象〉を相手にかけるためには、かけたい相手に三十秒以上接触する必要がある。【ウィザーズ・デスマッチ】ではコンボ前提の魔法だから習得する人は少なかったが、仲間にかける分にはあまり問題がない。
俺は正気を失ったギン達に三十秒間触れることで、なんとか彼女達の正気を取り戻した。
「というわけで、これからは停戦協定を結ぶために動いていくぞ」
「というわけでって言われてもなぁ……」
復活したギン達に起こったことを話すと、テラが呆れたように呻いた。
彼女の目はイアを捉えており、その困惑ぶりが見て取れる。彼女が魔獣と言葉を交わす魔法を覚えていたお陰で最低限の信用は勝ち取れているが、それでも警戒心を解ききれていなかった。
「勇者となんか手を取り合えるわけないだろ? たとえこっちがその気でも、勇者達は絶対私らを殺そうとしてくるだろ」
「そう言って最初は俺に厳しくしてたけど、俺が仲間に加わってから快進撃だったじゃないか」
「う……」
俺が反論すると、テラは当時の自分を思い出したのか顔を真っ赤にして俯いた。やっぱり、普段強気だから弱ると可愛い。
「お前らに会ってから、色々なことがあったよ。お前らに助けられなければ切り抜けられない事はたくさんあったし……逆に、俺が助けになれた時は嬉しかった」
それは、一人では決して味わえない喜びだった。
ギン達を見回しながら、告げる。
「でも多分、勇者と関わっていなければ、ここまでお前らを導くことも出来なかったと思う。クズなことだけは否定しないけど……あいつらにはあいつらなりの、信念があった。あいつらに出会う度、目的なんて何もなかった俺が変わっていった」
カミルと出会ってから自分に従う大切さを知り、ソーレイの死を見て責任を知り。そして神速の勇者が見据える世界は……理解できない俺とウィントを、突き動かした。
ギン達と俺が与えあった影響と同じくらい、俺は勇者からも影響を受けているのだ。
「ウィントでさえ、自分の信念を曲げなかった。もしあいつらを知らずにただ殺すだけだったら……きっと、俺達はここまでこれてない」
イアだって、一人のままではずっとあの部屋に籠っているしかなかった。勇者だろうが魔獣だろうが、手を取り合わなければ見えないものが必ずあるのだ。
前の世界で、俺はそれに気づけなかった。自分一人が活躍する世界に行きたいと、ただひたすらに祈っていた。でも、求めるべきものは他にあったんだ。
そしてそれは……俺にとって、ギン達の笑顔だっただけの話なのである。
「それが、タケルのやりたいことなんだね?」
「あぁ。勇者を倒した後、絶対お前らのためになるって信じてる。別に怖じ気づいたとかいう訳じゃないから、心配しなくて大丈夫だぞ」
「うん、分かってる」
優し気な微笑みを浮かべながらギンが見つめてくるので、俺は思わず照れてしまう。
やはり、最初に会ったときより表情が豊かになっている気がする。これが俺の影響だというなら、それはとても誇らしかった。
「じゃあ、やろう。私も……タケルの見てる世界が見たい」
ウィントが似たような事を言っていたな、と思い出す。
今や俺は、ギン達が目指すに足る存在にまで変わることが出来たのだ。そんなことを、今更ながらに実感する。
空っぽだったのに。いや、空っぽだったからこそ人との関わりで変われた。
魔獣とも人とも関われるのが魔王だというならば……魔王も悪くないものだ。俺はギンを眺めながら、そんな風に思った。
次回から、ようやく三章です。最終回まで約10話、一気に駆け抜ける予定です!
10話って短くね?と思ったそこのあなた!違いますからね!?二章が!長!す!ぎ!たんですよ!!!
何ですか23話って。敵情視察編とか言って、敵情視察に時間かけすぎでしょう(笑)!
それも全て最初に考えていた話の破綻に後から気づいた私の力不足が原因なのですが(それでもギリギリで立て直した逆転劇とも言えます)、だからこそここまで読んできていただいた読者様方には感謝してもしきれません。その反省と感謝を込めて、三章も全力で書き上げていきたいと思います!(二章の時点で血を吐きそうだったので、命賭けの全力です。今週は二回もインターンシップ有るのですが……読者への感謝優先なんだよなぁ!!!)




