6.大地の神殿
どうしてだろう。
少し寝苦しい夜ではあったけれど、多少の睡眠は確保出来た。朝食だって喉を通ったというのに、今の私の体調は万全とは程遠かった。
食事を終えた後、身体の不調を感じた私はグラースさんに相談した。
何かが身体に纏わり付いているような、ずっしりとした怠さ。意識も少しぼんやりとしていて、まるで熱に浮かされているようなのだ。
けれども、己の額に触れた手は、いつも通りの体温である事を証明している。
原因不明の体調不良に頭を悩ませていると、控え目に扉をノックする音がした。
「体調がおかしいと聞いて来たんだが、診させてもらって構わないだろうか?」
扉を隔てた向こう側から、この地で聞こえるはずのない声がする。
私は項垂れるようにもたれ掛かっていたソファから立ち上がり、その声の主であろう人物の名前を口にした。
「そ、その声は……もしかして、サージュさんですか……?」
「ああ、僕だ。氷の騎士に、急いでこの部屋に向かってくれと言われてな」
彼の話が事実ならば、グラースさんは薬草の専門家であるサージュさんを頼って、私の診察を任せる方針らしい。
しかし、何故彼もこのスフィーダ王国へやって来ているのだろう。
サージュさんは薬草園の管理と、育てた薬草の配達があるから、そうそう王都を離れる事はないはずなのに。
とはいえ、いつまでも彼を外に立たせておく訳にもいかない。私は念の為に掛けていたドアの鍵を開け、彼を部屋に招き入れた。
ドアの向こうに立っていた彼は、流石にこの暑さで黒いローブを着続ける事に限界を感じていたのだろう。普段とは異なる軽装姿だった。
「ほ、本当にサージュさんだ……」
「な、何なんだその反応は。僕がここに居てはいけないのか?」
「そんな事無いです! ただその、どうしてサージュさんがスフィーダのお城にいらっしゃるんだろうって……」
私のリアクションに、寂しそうな反応を見せたサージュさん。
どうにも頭が冴えないせいか、思っている事を無意識に口走ってしまったようだった。
ひとまず私は彼の診察を受けるべく、先程まで座っていたソファにもう一度腰を下ろす。サージュさんは近くのテーブルに荷物を置いた。
「国の方から僕宛てに、救援部隊への参加要請が来たんだ」
「サージュさん個人へ参加要請が……?」
「火山の古代種……だったか? そいつが居るのは、火山内部の洞窟だ。どうやら古代種が出現した影響で、洞窟内での落石やらが原因で、内部への侵入に手こずっているらしい。そこで、地属性の適正が高い僕に声が掛かったんだ」
「そうだったんですね」
私は気付いていなかったけれど、彼も私達と同じように白竜騎士団の手を借りて、ここへ来ていたそうなのだ。
どうやら彼が乗ったのは、魔術師団の方の馬車だったらしい。それではサージュさんの同行を知らなかったのも無理はない。
「僕の話はもういいだろう。それで、体調の方はどうなんだ?」
「ええと……」
私が具体的に病状を説明すると、彼は険しい表情でこう言った。
「この国の気候のせいで、脱水などが原因で体調不良になっている可能性もあるが……他にも思い当たるものがある」
「思い当たるもの、ですか?」
「昨日、この王都にある大地の神殿の神官と話す機会があったんだ。その神官から、今のあんたの病状によく似た病名を耳にした」
その神官が言うには、このスフィーダ王国には、ある日突然身体の怠さや無気力感に襲われる奇病があるそうだ。
詳しい原因はまだ判明していないというが、神殿には昔からその病を治す門外不出の手段が残されているという。
「もしかしたら、大地の神殿に行けばあんたの身体も治るかもしれない。グラースに護衛を頼んで、僕の方から昨日の神官に治療を頼む手もあるが……どうする?」
この体調不良を治す術があるのなら、試してみる価値はある。
それに私は、今日の夕方にはここを離れなければならない。
何故なら私は、炎の御子としてこの討伐作戦に参加しているのだから。私が外れる訳にはいかないだろう。
私は大きく頷いて、サージュさんの顔を見上げた。
「是非、お願いします」
「分かった。すぐにグラースに話を通してくる。しばらくここで待っていてくれ」
それから間も無く、殿下とティフォン団長に私の件を報告しに向かっていたグラースさんが、サージュさんと共に戻って来た。
大地の神殿はこのお城からそう遠くない距離にあるので、夕方までに戻って来るのを条件に、殿下から外出の許可を得る事が出来た。
スフィーダの王都オングルには、この世界を形作った神々の一柱、大地の神を祭った神殿がある。
王都へ来た日、空の上から見えた大きな建物がその神殿だったようだ。
太陽が昇り、徐々に気温が高まってくる時間帯。照りつける日差しは肌を焼くようで、カウザやアイステーシスとは全く環境が違うのだというのを、私は全身でもって感じていた。
スフィーダ王国への出発前、シャルマンさんから「日焼けは乙女の大敵なんだから、アタシが作った日焼け止めをしっかり塗っておくのよ!」と熱を込めて渡されたクリームが、今まさに大活躍しているはずだ。
確かに、この日差しの下では肌がこんがりと焼けてしまいそうだった。すれ違う王都の人達も、日焼けを気にしない男性の肌は、よく焼けたパンのような色をしている。
「この先が、大地の神殿ですか」
そう言ってグラースさんが見上げた先には、長い石階段が続いていた。
まさか、この暑さの中でこんな階段を登らなくてはならないのか。何段あるのだろう。数えるのも嫌になる。
「そうらしいな。グラース、あんたはそいつを抱えて登れるか? 生憎、僕には人を抱えてこの長階段を登りきる体力は無いんでな」
「当然ですとも。今の彼女に無理はさせられません。しばらくは暑苦しいかもしれませんが……レディ、それで宜しいですか?」
「えっ……⁉︎ そ、そんな……そこまでして頂く訳には……!」
「病人に無茶させるような馬鹿はここに居ない。どれだけ治療に時間が掛かるか分からない以上、こんなところでもたもたしている暇は無い。行くぞ、グラース」
「暫しの間、どうかじっとしていて下さいね」
「ま、待って下さい! こんな真昼間に、公衆の面前でそんな……そんなぁ……‼︎」
どうにか抵抗するも、元から非力な私が体調を崩している今、屈強な騎士様に抗えるはずもない。
あっさりとグラースさんの腕の中に抱えられた私は、いわゆるお姫様抱っこの状態で、周囲からの視線を釘付けにしていた。
昨日の今日で再びグラースさんと至近距離──というか密着している事実に悶えながら、私達はようやく神殿の前に到着を果たす。
それからサージュさんを通じて神官さんに話を通し、無事に奇病の治療を頼む事に成功した。
私は女性の神官に案内され、治療の為の部屋へと通された。その間、グラースさんとサージュさんは別室で待機するそうだ。
「こうして炎の御子様にお会い出来て、まことに光栄でございます。誠心誠意治療に励ませて頂きますので、どうかここを我が家だと思って、ゆるりとなさって下さいませ」
「はい、ありがとうございます」
黄色と茶色をベースにした神官服に身を包んだ女性が、柔らかく微笑みながら、深々と頭を下げた。
そういえば、この国を興したのは初代の大地の御子と炎の御子の夫婦だったはずだ。ならば、炎の御子である私が歓迎されているのも頷ける。
早速治療の準備に取り掛かるという事で、少しの間彼女は席を外すという。
私は提供された冷たい果実のジュースを口にしながら、女性神官の帰りを待つ事にした。




