Ep2:旧体育館で怪音(前編)
星見小学校の裏庭には、使われていない旧体育館がある。
古びた木造の建物で、窓は割れ、壁にはツタが絡まり、子供たちの間で「幽霊が出る」と噂されている場所だ。
給食のパン事件を解決したばかりの僕たち「星見キッズ」は、次の謎に挑むことになった。
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放課後、桜の木の下で僕たち5人は集まっていた。ケンタが興奮した声で言った。
「本当に聞いたんだって! 旧体育館から、ドンドンって音が! 絶対、幽霊だよ!」
「幽霊なんて非科学的だよ、ケンタ」僕はメガネをクイッと直し、ノートを開いた。
「でも、音がするってのは事実だろ? 原因を突き止めるのが探偵の仕事だ」
カナエがニヤリと笑った。
「シュウ、さすが名探偵! じゃあ、さっそく調査開始ね! 星見キッズ、出動!」
「僕、録音機持ってきたよ。怪音を録れば、手がかりになるかも」タクミが小さなガジェットを見せた。
「私はスケッチブックで現場を記録するよ。音の出どころ、特定できるかもしれない」リナが静かに言った。
「よーし、俺が先頭切って突入するぜ!」ケンタがサッカー球を蹴るマネをして気合を入れた。
旧体育館に近づくと、空気がひんやりと変わった。夕陽が沈みかけ、体育館の影が不気味に伸びている。入口のドアは錆びついた鎖で閉じられていたけど、隙間から中に入れるくらいの空間があった。
「ケンタ、入れる?」カナエが尋ねた。
「余裕だよ!」
ケンタは鎖の下をくぐり、ドアを少し押し開けた。ギィッという音が響き、僕たちは思わず身を縮めた。
中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。床には古い体育マットが散乱し、バスケットゴールのリングは錆びて傾いている。窓から差し込む夕陽が、埃をキラキラと浮かび上がらせていた。
「不気味だね…」リナがスケッチブックに体育館の内部を素早く描き始めた。
タクミが録音機を手に持つ。「よし、みんな静かにして。音がしたら録音するから」
僕たちは息をひそめて待った。しばらくすると
ドン…ドン…
本当に聞こえた。低い、鈍い音が体育館の奥から響いてくる。
ケンタがビクッと飛び上がった。
「や、やっぱり幽霊だ! 俺、帰る!」
「落ち着いて、ケンタ。音の方向を確かめるんだ」僕は冷静に言ったけど、心臓がドキドキしていた。
「シュウ、あそこだよ。奥の倉庫の方から聞こえる」カナエが指差した。
体育館の奥には、小さな倉庫への扉があった。音はその中から聞こえてくるようだ。
「よし、近づこう。タクミ、録音準備OK?」
「う、うん…大丈夫」タクミは少し震えながら録音機を構えた。
僕たちはそろそろと倉庫の扉に近づいた。扉は半開きで、中は真っ暗だ。
リナがスケッチブックに倉庫の入り口をスケッチしながら呟いた。
「何か…変な臭いがする。カビ臭いけど、それだけじゃない…」
その時、また音がした。
ドン! ドン! ガタッ!
今度ははっきりと、何かが動く音が混じっていた。
ケンタが叫んだ。
「シュウ、何かいる! 絶対、幽霊だよ!」
「幽霊じゃない。音の質からして、物理的なものが動いている可能性が高い。風か…いや、もっと重いものだ」僕はノートにメモしながら考えを整理した。
「じゃあ、開けてみる?」カナエが挑戦的な笑みを浮かべた。
「うん、でも慎重に。ケンタ、先に中を覗いて」
ケンタはゴクリと唾を飲み込み、倉庫の扉を少しだけ押し開けた。暗闇の中、かすかに何かが動く影が見えた。
ケンタが後ずさりながら叫んだ。
「シュウ! 何か…箱みたいなのが動いてる! でも、誰もいない!」
「箱が動く? 誰かが仕掛けたトリックかもしれない。タクミ、録音できた?」
「うん、録れた! でも…何か変な音も混じってる。聞いてみる?」タクミが録音機を再生した。
録音からは、確かに「ドン、ドン」という音が聞こえた。でも、その間に、かすかに「カチャ…カチャ…」という金属音が混じっている。
リナが首をかしげた。
「この音…鍵か何か? でも、誰が?」
「分からない。でも、この倉庫に何かがあるのは確かだ。もっと調べよう」僕は決意を固めた。
その時、倉庫の奥でガタンと大きな音がした。続いて、床に何かが落ちる音。
そして「…誰だ?」
低い声が、倉庫の奥から聞こえてきた。
人間の声だ。幽霊なんかじゃない。僕たちは一瞬凍りついた。
「シュウ、どうする? 入る?」カナエが囁いた。
「…入るしかない。真相を突き止めるのが、星見キッズの使命だ」僕はメガネを直し、ノートを握りしめた。
ケンタが震えながら言った。「俺、先に行って…様子見てくる…!」
ケンタが一歩踏み出した瞬間、倉庫の奥から黒い影が飛び出してきた。誰かが叫び、僕たちは思わず後ずさった。影は一瞬で体育館の出口に向かって走り去り、僕たちは呆然と立ち尽くした。
「何…何だったの? あれ、人間だったよね?」リナがスケッチブックを落としそうになりながら言った。
「分からない。でも、確実に誰かがいた。追いかけよう!」僕は叫んだ。
カナエが頷き、タクミが録音機を握り、リナがスケッチブックを抱え、ケンタが先頭に立って走り出した。旧体育館の外に出た瞬間、夕陽が完全に沈み、辺りは薄暗くなっていた。影の姿は、校庭の向こうに消えていくところだった。
「シュウ、あいつ…何か落とした!」ケンタが地面を指差した。
そこには、古びた鍵が落ちていた。鍵には小さなタグがついていて、かすれた文字で「地下」と書かれている。地下? 星見小学校に地下なんてあったっけ?
「これは…新たな手がかりだ。でも、あの人は誰だった? なぜ倉庫に?」僕はノートに鍵のことをメモした。
「シュウ、暗くなってきた。今日はここまでにしよう。明日、もっと詳しく調べるよ」カナエが心配そうに言った。
「うん、そうだね。でも、この鍵…何か大きな秘密を握ってる気がする」僕は鍵を握りしめた。
星見キッズの2つ目の事件は、予想以上に複雑な謎を孕んでいた。旧体育館の怪音、倉庫の影、地下を示す鍵――。後編では、この鍵が僕たちをさらに危険な状況へと導くことになる。
(前編 完)
後編では、シュウたちが鍵を使って旧体育館の隠された秘密に迫るが、謎の人物が再び現れ、星見キッズを追い詰める。地下への入り口を発見するも、そこには予想外の危険が待ち受け、子供たちだけで解決できるのかハラハラする展開に。