078_穴埋め研修②
ミラーの声で勝負の幕が開いた。早速アセロラが三枚の魔法陣を魔導書へと登録する。そしてその中の一枚を起動した。
「私は一枚目をやるから、リンは二枚目の魔法陣を対応して!」
「了解!」
私達は簡単に作業担当を決める。そして魔法陣を起動し、編集モードに切り替えた。私の前には緑色の魔法陣が現れる。担当するのは風属性の基本魔法――【追い風を生成する魔法】だ。
この魔法陣はいたってシンプル。自分の進行方向に風を生成する初心者用の魔法だ。スワローお気に入り魔法でもある。(ただし彼の使っていた魔法とは少し構造が異なるようだ)
「とにかく出来るところから進めていこう」
私は急いで呪文の解読を進める。この呪文には〝虫食い部分〟があり、このままでは魔法として機能しない。この空欄を埋めて魔法陣を完成させることが研修のゴールだ。
まずは要点のみをかいつまんで理解を進める。今回は一から十まで魔法陣の構造を把握する必要はない筈。だって虫食いさえ埋めることが出来ればよいのだから。私は解読できた部分から、虫食いに単語や値を入力していった。難易度は一般教養の範疇、これなら私でも出来る…! ところが横を見て私は愕然とした。
――ランチュウが凄く速い!
彼は「既に魔法陣を完全解読したのか!?」と疑いたくなるようなレバルで次々と虫食いを埋めていく。調子に乗っていた自分が恥ずかしくなった。魔法学校で主席だっただけのことはある…! 私は慌てて自身の作業を再開した。とにかく自分の任された範囲は全うしなければ。
――あれ?
ところが単語を入力した直後、私の呪文が赤く光った。なにやら警告が表示されているようだ。これは所謂エラーメッセージである…。
当然だが魔法のプログラムに文法や論理的な誤りがあると、魔法陣は正しく起動しなくなる。それにエラーは魔法の破損、暴走にも繋がるため、すぐに対処しなくてはならないものだ…。(ちなみに近年の魔導書は開発環境としてのスペックも向上しており、魔導書が魔法陣のエラーを検知して開発者に知らせてくれる。具体的にはミスをした呪文が赤く輝き、場合によってはエラーを知らせるメッセージが表示されるのだ。まさに今の私のように…)
私は慌てて自分の今までの作業を見直した。
――どこで間違えた? どんなミスをした?
原因を特定し、呪文を修正しないと魔法陣が壊れてしまう。しかしトラブルの原因はすぐには見つかりそうにない。私の今の知識だけじゃだめだ。急いで参考書のページをめくる。この戦いは負けられない。罰ゲームは絶対に嫌だ。
ところがあっという間に二十分が経った。未だに私はたった一つのエラーに対処できないでいる。どうしよう…このままでは先に進めない。その時、背後から大きな風が吹いた。
――この風は!?
屋上に吹く春風とは異なる、魔法で生成された緑風。緑色の魔法陣がランチュウの手元で輝いていた。これは【追い風を生成する魔法】。奴が私より先に完成させたのだ。私と同じ作業なのに倍近く早い…。ミラーは両腕を組んだまま「男子チーム、一枚目は合格だ」と告げた。これで男子チームの魔法陣は残り二枚。
こうしている間にもランチュウは次の魔法陣に手を伸ばしている。私も早く自分の【追い風を生成する魔法】を完成させなくては! 焦っちゃダメなのに思考が空回りしている。私は次々と参考書の示す解決案を試した。中にはあまり関係なさそうなモノも紛れていた。しかし「とにかく何かしなければ」という焦燥感が勝っていた。マズイ、マズイ、マズイ…
「リン、まずは落ち着こう」
「…え?」
振り向くとそこにはアキニレが立っていた。彼はいつもと同じ能天気な顔でヘラヘラと笑っている。命がけのダンジョンですら、彼はしっかりマイペースだった。そんなアキニレを見ていると「自分がいかに焦っているか」気が付くことができる。それに彼の笑顔には不思議な安心感があった。
「君はサミダレ討伐会で沢山のことを学んだと聞いたよ。それらは全て魔法陣の開発にも活かせる筈さ」