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◆◆◆惑溺

とある魔力の残滓_五月五日(月)


 今回のサミダレ討伐会、非戦闘員のランチュウはサポートに徹していた。基本的には物資の運搬と、自社製品の貸し出しを行っている。ワークツリーの戦闘用魔法陣は、護身程度の簡単なものが多い。それに本職の冒険者は、自身の武器や魔法が存在するため、彼が魔法陣を貸し出すのは、戦闘経験の乏しい一般人だった。この期間内はとにかく雑魚魔物の数が多いので、一部の一般人も駆り出されるのだ。


「お前はここの新人か! この魔法、イイ感じだよ!!」


 イカツイ風貌の男性から肩を組まれた。普段なら振りほどいているところだが、不思議と嫌な感じはしない。自分が携わったものを褒められるのは…悪い気はしない。「やりがい」なんて感情、自分には縁がないと思っていたのに。一方、嬉しいことがある度に、以前、報告を怠ったことがチリチリと胸を焦がす。カフィンはああ言っていたが、本当によかったのだろうか。そんな彼の問いは突然の爆発音にかき消された。


「ぐわぁああああああ!!」


 先ほどの男性が崩れ落ちている。胸のあたりを抑えて、苦悶の表情を浮かべていた。ランチュウが駆け寄ったところ、原因はすぐに分かった。男の使っていた魔法陣が壊れている。魔力の回路が逼迫し、破裂したのか!?


「まさか、この魔法は…」


 彼は恐る恐る、男性の魔法陣を確認する。製品名は【氷盾を生成する魔法】だった。ランチュウが動作確認を行い、上司――ミラーの最終チェックを怠ったものである。その魔法が誤作動を起こした…。


 ――全て、自分のせいダ…。


 心臓が跳ね上がり、吐き気が込み上げてくる。いや、自分のことはどうでもいい。この人を医者か教会に連れていなかければ…。しかし周囲を見渡して、ランチュウは戦慄した。

 あちこちに魔物に増えている。スライムやゴブリンといった低級魔物だが、彼にとっては十分に脅威。きっと同期のリンなら…この程度の魔物は難なく退けていただろう。何もかもが自分のせいだ。仕事を舐めていた。くだらないプライドに固執した。

 せめて応急処置をしなければと、ランチュウは回復魔法を詠唱する。が、上手く呪文が出てこない。学生時代にあれほど研究し、多くの資格を取得しているのに。平時ならどんなに長い呪文でも、スラスラと詠唱できるはずなのに。彼は言葉に詰まりながら、必死に言葉を絞り出した。あと三行、二行、一行――


「その人、もう間に合わないよ」


 あと一歩のところで、ランチュウの詠唱は遮られた。予想外の人物の登場で、彼は目を丸くする。樹の陰から現れたのはコフィ・カフィンだった。


「カフィン!?」


 突き付けられた言葉がランチュウに突き刺さる。そんな訳ない。彼は男性の肩を組む形で立ち上がった。


「カフィン、手伝ってくレ。彼を麓の運営キャンプまで連れていク」


「その男は貴方のせいで死ぬ。責任を問われるのは貴方だけじゃない。上司も同罪です」


「だ、だガ、ミラーは何も知らなくテ。いや、今はそんなことよリ!」


「それを社会じゃ〝監督不行き届き〟って言うの」


「…!」


 直後、瀕死だった男性の首がランチュウの方へと動いた。至近距離で目と目が合ってしまう。彼は恐怖で凍りつくが…どんなことを言われても、全てにおいて自分が悪い。ところが――

 男性の瞳から、涙がこぼれ、頬を伝っていった。それはどんな罵声や暴力より、深くランチュウの心に食い込んだ。無論、全てはコフィ・カフィンの計画通りに。


「僕は、なんてことヲ…」


 彼女の手元でドス黒い魔法陣が輝きを放つ。漆黒の渦がランチュウを包み込み、悪魔の魔力が彼を蝕む。ランチュウは悲鳴を上げた。この魔力には人間のネガティブな感情が、深く刻み込まれている…。彼のシルエットは膨れ上がり、魔物化実験の第二幕が始まろうとしていた。


「よし、タスクはOK」


 カフィンは満足気にうなづくと、その場を後にする。


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