072_マーフォク・ユニクエ⑤
スワローが右手を差し出してくれたので、私はその手を取り今度こそ立ち上がった。ガスタはそれを確認すると「やれやれ」とため息をつく。そして小さくささやいた。
「状況は最悪だ。だが僕に考えがある」
彼は私とスワローに最後の作戦を共有する。
ガスタの話が終わると私たちはそれぞれ魔導書を構えた。確かに彼の作戦ならいけるかもしれない。少なくとも〝肩にダメージを負った私〟と〝風邪ひきガスタ〟〝スポーツマンだが魔物との戦闘慣れがないスワロー〟という偏ったパーティで戦うにはこれしかないと思う。
私は再度ランチュウへ接近を試みる。魔物化した奴の反射神経は私以上。しかし戦闘慣れしていない分、動きが単調だ。
「アーズラ・シールド!」
【アーズラ・シールド_土盾を生成する魔法】
私は最初と同様に土盾を生成。今度はさっきよりも大きな盾だ。(代わりに薄くて脆いが…)これくらいの簡易変形なら魔法陣を改造しなくても、魔力コントロールだけで十分である。ところがランチュウの水草は私の盾を簡単に破壊した。
――いや甘い! その盾は目隠しだ!!
土盾から飛び出した私はランチュウの懐へとアタックをしかける。
「来るなァアア!」
ランチュウが斬撃の水草を飛ばす。私はそれをジャンプで回避。そして空中で身体を捻り、タコ腕二本の追撃も辛うじて避けてみせた。いや、かすっただけで腕にミミズ腫れのような痛みがある。それでも私はランチュウの身体に向けて手を伸ばした。そして彼の肩に指先が触れる瞬間、私は〝青い〟魔法陣を起動した。
「ウォータン・プリズン」
【ウォータン・プリズン_水牢を生成する魔法】
私が発動したのはガスタ御用達の拘束魔法だ。水の塊が相手の行動を制限する趣味の悪い魔法。水牢がランチュウの八本腕に絡まり、その動きを阻害する。
もちろんこの魔法を私が使うのは初めてだ。クソ、この魔法、魔力の制御が難しい。ランチュウに触れる距離まで近づかなければ、私には到底扱いきれなかった。それに一度に消費する魔力も少なくない。だが、これで彼の八本腕を一時的に封じることができた。
「今です!」
私が叫ぶと、ガスタが〝緑色〟の魔法陣を起動する。
【テイルウィンディン_追い風を生成する魔法】
「テイルウィンディン」
これはスワローの愛用魔法。強い追い風を起こすことができる。使い勝手が良く〝走る時に加速する〟〝相手を妨害する〟〝洗濯物を乾かす〟など様々なことに使える魔法。ガスタの起こす突風はジャコやランチュウを怯ませるのに十分だった。風邪でまともに動けない彼の執念の一撃。
「やれ、スワロー!」
ガスタの声に応えるようにスワローは〝オレンジ色〟の魔法陣を起動する。最早スワローとランチュウの直線状に邪魔するものは何もない。スワローは力強くランチュウを指さした。
「ランチュウ、俺は地元のスポーツクラブじゃ〝強肩〟で有名だったんだぜ。まあお前は興味ないかもしれないけど」
「何が言いたイ!」
「もっと知り合っていこうってことさ」
スワローはそう告げると、握りしめた石の礫を勢いよく投げた。私のとは少し違う、スポーツマンの投球フォーム。
「スロトン!」
【スロトン_投石強化の魔法】
オレンジ色の魔法陣が輝きを増した。もちろん私の相棒魔法だ。スワローの手を離れた石はみるみる内に加速していく。
「そうは、いかなイ!」
ランチュウは水草で防御壁を張ろうとした。しかしガスタの起こした突風により、あと一歩間に合わない。
――これは当たる!
その礫は矢のような速度で空気中を走り、ついにランチュウの額に直撃した。彼は大きく後ろへのけ反る。
「ランチュウ戻ってこい!」
スワローが次の石を構える。しかしランチュウは今度こそ水草を重ね、防御壁を作った。
「黙レ、石ころ一つで何が出来ル!」
「一つじゃない! 三人分だ!!」
スワローはそう叫びながら最後の投石を行った。
礫は次々と水草の隙間を通過してランチュウへと迫る。針の穴を通すようなコントロール。まさかスワローの投球スキルがここまでとは。
「何故だァアアアア!」
ランチュウの叫び声がこだまする。その攻撃はランチュウの顔面へと直撃。彼は大きく弧を描きながら、沼地へと叩きつけられた。一番ランチュウに近い距離にいたのは私だ。恐る恐る確認すると彼は白目を剥いて気を失っていた。
やっと…終わった。
私はほっと胸をなでおろす。彼ら二人の方へとサインを送ると、すぐにスワローが駆け寄ってきた。
「ランチュウ!!」
「おい、まだ起こすな!」
ランチュウを揺さぶるスワローを制止する。目が覚めたらまた私達を襲ってくる可能性だってある。まだ彼が正気を取り戻したのかも分からないのだ。だがスワローとのいざこざが思ったより煩かったようで、当のランチュウが目を覚ましてしまった。
ゴクリ…
私達二人は息を呑む。ランチュウは未だ魔物化したまま。それでもメラメラと滾る殺気は失せているように感じた。スワローに続き、私も慎重に彼の元へと近づく。するとランチュウがポツリと呟いた。
「僕が六つの時ダ…父が起業しタ」