◆◆◆悪魔の嘘①
とある魔力の残滓_五月一日(木)
本日の業務は、魔法陣のテスト。対象となるのは、サミダレ討伐会で一般人に貸し出しを行う魔法である。具体的には必要なテスト項目を整理し、手順通り実施すればよい。ランチュウにとってはかなり簡単な内容である。
「ご確認をお願いいたしまス」
「ああ、問題ないな」
直属の上司――ミラーは簡潔に応えた。完璧なのだから当然である。なお彼女は未経験の新人――スワローの世話に時間を割いていた。その気持ちは分かる。あの男は考える前に、身体が動いてしまうタイプ。タスクを整理する前に作業を開始するから、くだらんところでつまづくのだ。ランチュウ個人としては、ミラーが指導時間をスワローに割いていることは、ある意味、都合がよい。
「あの女は…怖イ」
ランチュウはスマートにタスクを消化していった。スワローと比べて三倍近いペースで魔法陣を仕上げていく。ところが昼食を取るために開発ルームを後にしようとした時だ。ふとアキニレ班のテーブルが視界に入った。
――あれは…?
なんと自分より沢山のテストを終えている奴がいる。新入社員で同期のアセロラだった。
「バカな、僕より効率的だト!?」
ランチュウは大慌てで机に戻ると、すぐにテストを再開した。次々に項目を洗い出し、上司の確認が取れたものはテストを実施。そして全項目の確認が終わった魔法陣は、再度ミラーに確認依頼を出す。
――もっと速く、より効率的に進めなくては。
同じタイプの魔法陣は同時に作業した方がペースアップとなる。彼はアセロラの作業を横目に、黙々とタスクをこなしていった。そして定時間際――
「これで、最後の一枚が終わリ!」
彼は大きく伸びを行うと、自身の魔導書をパラパラとめくる。最後は一度に三枚の魔法陣を同時にテストし、辛うじてアセロラより多く仕事をこなした。テストの終わった魔法陣は、既にミラーへ確認依頼を投げている。
――自分の逆転勝ちダ。
昼休みは潰れたが、それでも構わない。このプライドの高さこそランチュウが優等生である所以である。しかし今回はそこに大きな落とし穴が存在した。
彼は最後に、一度に三枚の魔法陣をテストしたのだ。ところがミラーに確認依頼を投げたのは二枚のみ。最後の【氷盾を生成する魔法】を依頼し損ねていた。
「…しまっタ」
ランチュウがそれに気がついたのは二日後のこと。自身の魔導書に、確認依頼を出したはずの魔法陣が残っている。複数の魔法陣を一度に扱ったため、漏れが生じた。いや、悔やむべきは最後に確認をしなかったこと…か。
このままでは、上司の確認が通っていない魔法陣がイベントで配布されてしまう。早く事情を説明しなくては。それは分かっているが――
「…っ」
仕事ができない奴というレッテルを貼られることが怖かった。それにテスト自体はちゃんとこなしている。上司チェックは、念には念を入れてのものだ。そんな言い訳を繰り返し、彼は報連相をすることができなかった。
「お先に失礼いたしまス」
一日中、罪悪感がベッタリと貼り付いて剥がれない。ミラーと話している時も、自分の顔が変じゃないか、気が気じゃなかった。ランチュウは定時退社し、すぐにコフィ・カフィンの元を訪れる。彼女に思考を整理してもらい、明日ちゃんと申し出よう。そんな風に考えていた。
カフィンは普段と違う装い。いつものYシャツではなく、ラフで少しセクシーな印象。露出した肩に視線が吸い寄せられそうになり…そんな自分を恥じた。
「突然すみませン、もう、帰るところでしたカ?」
「あら、ランチュウ君。今から晩御飯なんだけど、よかったら君もどうかな?」
「……え?」
どこか食堂に入るものと思っていたが、カフィンが訪れたのはお洒落なバーだった。マスターの背後に並ぶボトルが、淡い照明に照らされて静かに光を反射している。こんなところに来るのは当然初めて。だが彼女の隣に立つため、彼は出来る限り堂々と振舞った。
カフィンはランチュウのためにガーリックライスを注文してくれたが、自分はお酒しか頼んでいない。気にならないと言えば嘘になる。しかし昼の件と現状で、既に情報過多な彼は、そのまま出された飯をかき込んだ。疲れた身体に濃い味付けのガーリックライスが染みわたる。
「それでラン君、今日はなにを話したかったのかしら?」
「ら、ラン君!? あ、いヤ…」
突然のあだ名呼びに面食らったが、ランチュウはスプーンを止めて、会社での失敗について話した。やはり彼女はしっかりと自分の話を聞いてくれる。
「やはり明日、すぐに上司へ謝罪しようかト…」
話ながら彼は後悔していた。カフィンに相談したかったのは事実だが、同時に彼女から幻滅されたくない。もう少し考えてから、ここに足を運ぶべきだった。しかしカフィンはどんな時でもランチュウを軽視しない。そしてその返答は、彼にとって思いもよらぬものだった。




