070_マーフォク・ユニクエ③
「底なし沼に捕まっちまった。助けてくれ!」
「は? 何しにきたの?」
思わず強い言葉が出てしまった。
確かに彼の脚はズブズブと沼に沈んでいる。
「もがく程ジワジワと沈んでいくんだ! 引っ張り上げてくれ!!」
「嫌ですよ! 近づいて私まで沼にハマったらどうするんだ!!」
「じゃあ、どうすれば…」
「とにかく…そこから遠距離攻撃で支援してください」
「そんなぁ!」
スワローが絶望を叫んだ。だがそうしたいのはコッチの方だ。これ以上トラブルを増やさないでくれ。最悪の場合、私はスワローを守りながら戦う必要がある。そう考えると全体を俯瞰して見ることの難しさを思い知らされた。こんな時、なんだかんだで〝あの先輩〟がいれば…。そんな風に心の奥底で小さくつぶやいた時だ。
今度は木々の間からチカチカと何かが点滅するのが見えた。あれは魔法陣を起動した光? そう思った矢先、勢いよく魔法の水球が飛んでくる。その攻撃は私達を襲うジャコを一度に振り払った。ずっと後方から例のネチネチとした声が聞こえる。
「おいバカ二人、何してんだよ」
木々の奥から現れたのはガスタ。スワローと違い、ちゃんと沼地は避けている。
「先輩! もう風邪は治ったんですか!?」
「治ってる訳ないだろ!!!」
ガスタは喉を抑えながら金切り声を上げた。確かに彼の頬は赤く、喋るたびに「ゼエゼエ」と声が漏れる。いや風邪を引いているとはいえ行幸だ。ワークツリーの遊撃トリオが再集結した。〝病人〟と〝埋まってる奴〟を含む規格外のパーティではあるが…。それでも一人の時と比べると心強い気がしなくもない。私達三人は魔法陣を起動すると魔物化ランチュウと対峙した。奴は私達に向けて怪訝な顔をする。
「何がチームダ! そんなのは偽りの信頼ダ!!」
「あれは…ランチュウ?」
スワローは変わり果てた彼を見ると、顔を真っ青にした。ガスタは表情を表に出さないが大丈夫だろうか。ランチュウが右手を振り上げると再度水草が私達を襲う。ジャコ共も一斉に襲ってきた。それを見たガスタが声を振り絞って叫ぶ。
「僕は水球の物理攻撃で水草を弾く! その隙にリンは親玉を叩け。スワローは遠距離でジャコどもを潰すように!!」
きっとスワローがランチュウと戦わないようにするための案でもある。(まあ埋まってて動けねーけど)ガスタは水球を生成すると次々と水草に向けて放った。私を襲う水草が弾かれ後退。群がるジャコはスワローの風魔法が散らした。
今しかない!!!
私は鞭のようにしなる攻撃を回潜り、ランチュウに向けて突撃した。
「ヴレア・ボール!」
【ヴレア・ボール_火球を放つ魔法】
――これでどうだ!
至近距離による火球攻撃。ところがランチュウは三発の火球を全て回避してみせた。まさかあのランチュウに!? 奴の反射神経の悪さはワークツリー随一だったはず…。魔物化したことで各スペックも底上げされたのか。最早手加減ができる相手ではない。
「スロトン!」
【スロトン_投石強化の魔法】
私はランチュウの顔面に石の礫を叩き込んだ。彼はフラフラとよろめくが、すぐに体勢を立て直す。
――いや、それだけじゃない!
彼の足元から黒い水草が飛び出してきた。大きさは一メートル程度だ。しかしお婆ちゃんに鍛えられた魔物との戦闘勘が「何かやばい!」と警告を鳴らす。私はそれをギリギリのところで回避した。が、水草は私の肩かけバッグを一刀両断にする。しかも中に詰め込んだ石の礫ごと…!
――やばい、この水草はさっきのものと異なる!
先ほどまでの〝叩き潰す攻撃〟ではない。〝斬撃〟だった。水草はドス黒い魔力に覆われ芯まで濁った暗色をしている。二人が紡いでくれたチャンスだが…私は一度ランチュウと距離を取った。これはでは近づけない…。そう思い周囲を確認した時、ランチュウ越しのガスタが魔法を発動した。
「ウォータン・プリズン」
【ウォータン・プリズン_水牢を生成する魔法】
相手を水の中に閉じ込める拘束魔法。水は魔力で生成することも出来るが、このような沼地だと簡単に手に入る。彼の水牢はスワローの上半身を閉じ込めると、馬鹿を沼地から引きずりだした。しかしガスタにはかなりの疲労が見られる。風邪のことを加味しても、彼はそろそろ限界かもしれない。ガスタはギリギリのところで声を振り絞った。
「今度は僕がジャコを引きつける。君ら二人で奴を倒せ!」
「了解です! ウィンディン・ナイフ!!」
【ウィンディン・ナイフ_風小刀を放つ魔法】
スワローは未だ酷い顔色のままだ。しかし己の顔を勢いよく叩くと先輩の声に応えた。
「引きずってでも連れて帰るからな、ランチュウ!」
彼は目の前の同期目掛けて攻撃を行う。ランチュウはすぐさま攻撃に対応しようとする…。が、そうはさせない。私も反対側から火球を放つ。挟み撃ちに対処しきれず、ランチュウに火球が被弾した。ついに形勢が逆転する。
「何故ダ!」
ランチュウが叫び声を上げた。
「どうしてお前らは互いのことを信頼できル? 全員敵だロ!!」
彼が興奮するほどドス黒い魔力が滲んだ。それらはランチュウの身体を包み込む。渦の中央ではランチュウの身体が巨大化を始めていた。ダメもとでも彼の名前を叫ぶ。
「ランチュウ! それ以上は!!」
「この世は弱肉強食ダ! もっと、もっと強くならなけれバ…」
目を開くと黒い渦は収まっていた。無論ランチュウの身体は全身ブルーグレーのまま。いや、それどころじゃない。彼の両腕には〝タコのような触手〟が左右に四本ずつ生えていた。