069_マーフォク・ユニクエ②
まさかあの魔物は…
「ランチュウ!?」
「気安く話かけるナ!!!」
彼が金切り声を上げると沼地から三本の水草が飛び出してきた。水草は樹木のように長く、十五メートルはある。それらは鞭のようにしなると私目掛けて襲いかかってきた!
「危なっ!」
私は慌てて攻撃を回避する。当たらなかった水草は大きく弧を描きながら、周囲の岩を激しく砕く。それを見たラムスは大騒ぎで木々の方へと非難していった。
――とんでもない威力だ。
その後も次々と飛んでくる水草…私はそれらを紙一重で避け続ける。沼地では歩幅を小さくして、重心も低く…。こういった動きはお婆ちゃんに叩き込まれていた。それでも本当に心臓に悪い……。
「その軽技が僕の神経を逆撫でル!」
魔物化ランチュウの訴えに応えるように水草攻撃は激しさを増す。これは攻撃どころじゃない。私は球状結界を張り攻撃から身を守った。だが「ミシミシ」と音を立てる結界…長くは持ち堪えられそうない。全方位を守るため球状にしたことが仇となったか。私は二つ目の魔法陣を起動した。オレンジ色の魔法陣が手元に現れ輝きを増す。
「アーズラ・シールド!」
【アーズラ・シールド_土盾を生成する魔法】
土の盾を生成するシンプルな魔法である。これは先週、私自身の手でシステムテストを行ったものだ。(ガスタに怒鳴られながら…)だから思い入れが段違いだし、土属性なので私と好相性。魔法で作った土盾はオレンジ色の輝きを放ち、水草を受け止めた。
「そこらの岩っころとは強度が違う!」
私はとにかく防御に徹した。今のランチュウに意識はあるのだろうか? 私のことを認識しているようにも見える。私は彼に対して声をかけ続けた。
「どうして私を攻撃するの!?」
「僕より評価されてる奴は全員憎イ! いや、全員が敵ダ!!」
「私はそんなに評価されてないだろ!」
ついカッとなって叫んだ。
自分で言うのもなんだが私は「これから頑張っていきましょう」タイプの新人だ。アセロラやランチュウみたいに既に呪文に精通している即戦力ではない。
「お前はダンジョンに連れて行かれタ! 顧客の対応も任されていル!」
そ、それは偶然色々な条件が重なっただけだ。少なくとも魔法陣のエンジニアとして優れているのは絶対にランチュウである。(私が評価されているのはエンジニアから外れた部分だと思うし…)しかし興奮した彼にそれは伝わりそうにない。
「なんでそんなに会社の仲間を敵視するの?」
「会社に仲間などいなイ! 全員敵ダァ!」
水草の一撃が土盾を突き破った。興奮するほどに力を増していくランチュウ。それにランチュウの声を聞きつけて、周囲のジャコが次々と集まってきた。コイツらを一度に相手するのは無理だ。分が悪すぎる。
いっそ逃げるか?
私一人なら逃げ切ることは可能かもしれない。だが今のランチュウは我を忘れている。私が彼を放置している間に、もし彼が人を攻撃してしまったら…?(いや、既にしてはいるのだが…)そう考えるとここを離れるわけには行かない。それでもこの状況を打開する方法は見つかりそうにない…。
「リン、遅くなった!」
葛藤していると後ろから聞き覚えのある声がした。スポーツマン特有の元気で芯のある響き。振り返るとそこにはスワローが立っていた。彼は実家の犬が危篤で、昨日は有給を取っている。私はてっきり今日も休みかと思っていた。(ランチュウの行方不明でそれどころじゃなかったし…)
「スワロー! でも家族は…?」
「おかげさまで最期を看取ることができたよ。さあ、有給をもらった分バリバリ働くぜ!」
彼はいつもより明るく答えた。まるで自分自身を鼓舞しているかのようだ。家族を失った傷はまだ癒えていないはずなのに…。私は心の中で彼に感謝した。するとスワローが真剣な面持ちで私の方を見た。彼の拳には一際力が籠っている。
「リン、一人で戦わせてすまなかった」
「家族のことなら仕方ないよ」
「君に…戦闘前に伝えたいことがある」
「え、なに?」
突然改まってなんだろう? 彼は少し躊躇うようにそっぽを向くと、小さく深呼吸をした。そしていつものようにハッキリとした口調で声を出した。
「底なし沼に捕まっちまった。助けてくれ!」
「は? 何しにきたの?」
思わず強い言葉が出てしまった。
確かに彼の脚はズブズブと沼に沈んでいる。