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061_システムテスト

リンの日記_四月二十八日(月)


来週からいよいよ討伐会。今日はそれに備えて貸出用魔法陣のメンテナンスを行っている。ところが隣で作業するガスタの調子がおかしい。

いつも私から「おはようございます」って言うと「おはよう」って返ってくる。しかし今日は「ああ…」とだけだ。彼らしからぬ歯切れの悪さ。月曜日だから「ぼーっ」としているのだろうか。そのくせ妙に神経質で私の仕事に普段の二倍ケチをつける。よく見ると自分の爪も深爪ギリギリまで切り揃えられていた。


「先輩、体調悪いんですか?」


「別に問題ない」


「そうですか…」


やはり何かあったように思う。例えば彼女にフラれたとか…。あれこれ考えていると、コツコツとヒールの音がした。音の主は冷徹な女先輩――ミラーのものだ。ガスタは三年目、ミラーは六年目の社員。よってガスタから見ても彼女は先輩である。彼女はガスタの前まで来ると完結に一言。


「ガスタ、お前フラれたらしいな」


 え、マジで?


突然のカミングアウトにガスタが吹き出した。というか彼女いたんだ…。あまりに神経質で姑根性が強いのでパートナーがいるところを想像できない。一体どんな化け物がこの男と付き合っていたのだろうか。ちなみにミラーはいつもよりイキイキしており、機嫌が良い。きっと根がサディストなのだろう。だが気持ちはわかる。いつも斜に構えて重箱の隅を突いてくるこの男が、どのようなフラれ方をしたのかは非常に気になる。私も前を向いたまま聞き耳を立てた。


「妹がカンカンに怒っていたぞ。金曜日、またデートの時間を大幅に遅れたらしいな」


え、ガスタってミラーの妹さんと付き合ってたの?


次々と驚きの事実が明らかとなる。ミラーの妹はミラーと似ているのだろうか? もしそうなら最早怪獣大決戦である。私は外れそうになった顎を急いで元に戻した。


「仕事なんだから…しょうがないでしょう」


ガスタが深くため息を吐く。


金曜日の仕事…?


先週の金曜日はダンジョン〝ジャイアント・マーフォク〟での戦闘研修だった。そして記憶に新しいのは〝スワローの初任給紛失事件〟である。あの騒動のせいで私達全員が二時間以上の残業を余儀なくされた。と、いうことは――


別れた原因ってスワローなの…?


そういえばあの時も、やたらスワローにキレていた気がする。私は恐ろしくなってスワローの方を見た。奴は開発ルームの隅で早めの昼食を取っている。


おい、呑気にパンにジャム塗ってる場合じゃない!


ガスタに殺されるぞ!!


だが肝心のガスタは未だにミラーから質問攻めを受けていた。彼女は妹のことで怒っているというより、心底面白い見世物を見つけたような表情をしている。やはり天性のサディストなのだ。


「妹は『遅れたことに対して特に謝罪が無かった』と怒っていたぞ?」


「確かに口頭では伝えなかったかもしれませんが、代わりにケーキ買って行ったし…」


「それ、伝わってないぞ」


「っ…!」


 彼女が淡泊に告げると、ガスタは珍しくうろたえて見せた。いいぞ、もっとやれ。つい私までガスタに茶々を入れてしまった。


「私には報連相は死んでも欠かすなって言うのに…」


するとガスタの鋭い視線がこちらを向く。


ひぇ!!!


完全に余計なことを言った。


「君、仕事は終わったのか!?」


 盛大に八つ当たりを受けて私は別テーブルへと避難した。そろそろ仕事に戻ろう。私は今回担当する魔法陣を起動。オレンジ色の魔法陣が宙に浮かび上がる。

私達新人は戦闘用魔法陣のテストを任されていた。どれもサミダレ討伐会で宣伝のために貸し出すものだ。戦闘の魔法陣のメンテナンスやテストはなかなか緊張する。ちゃんとやらなきゃ命に関わるかもしれない。


「システムテストか…」


 このテストは魔法陣が定義書や設計書通りの作りとなっているかを確認するためのものだ。具体的には実際の使用環境に近い状況で魔法陣を発動し、バグが起きない事を確認していく。魔法陣の持つ処理を一通り検証する必要があるため、魔法によっては莫大な数のテスト項目が必要となるのだ。(ちなみにワークツリーでは「各魔法陣につき最低五十項目をチェックする」というルールがある。これが魔法陣の品質確保を証明することに貢献しているそうだ)例えばヴレア・ボールなら「ちゃんと火球が三つ生成されるか」とか「仕様で定められた距離まで火球が飛ぶか」などをチェックしていく感じ。


「だけど、それがなかなか難しい…」


 私は手元のプリントに視線を落とすとため息を吐いた。今回の仕事のネックはこの〝テスト項目〟だ。魔法によって必要なチェック項目は異なるので、テストをするときは都度項目の洗い出しをする必要がある。私達新人は最初に自分の力でチェック項目を洗い出し、それを先輩にレビューしてもらうのだ。ここで先輩から「オッケー」が貰えれば実際にテストへ進める。

で、何がネックなのかと言うと…リストアップしたチェック項目を確認するのは他ならぬガスタなのだ。ああ、既に気が重い。


「チェック項目を作成しました」


 お昼過ぎに一度リストを提出した。ガスタは私の差し出した紙をその場で確認すると苦々しい顔でプリントを突き返してきた。いつも以上に機嫌の悪い姑先輩が私の前に立ちはだかる……。


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