◆◆◆おまじない
「給料袋…ない」
んん…!?!?
そういえばこの男、今月の給料を布袋に入れてダンジョンへ持って来ていた。
「落としたの!? どこで!?」
しかしスワローの馬鹿は泡を吹いたままパタリと倒れてしまった。ガスタがスワローに対して真っ白な視線を送る。心からの軽蔑である。結局、私達はダンジョンを引き返してバカの給料を探した。目覚めたスワローは「本当に申し訳ございませんでした!」を連呼したが、彼が謝る度にガスタが舌打ちをした。全面的にスワローが悪いのでしょうがない。
――そしてダンジョンを逆走すること一時間。
彼の給料袋はラージ・スライムの池で発見された。スワローは中の硬貨が無事であることを確認すると泣いて喜んだ。きっとスワローがスライムに貼り付き、振り回された時に落ちたのだろう。
――何をやっているのだ、お前は…。
私たち三人は団長とフリュウポーチに謝罪を繰り返す。ところが団長は大きな手をスワローの肩に置いて「この程度のミスは日常茶飯事だ!」と笑顔で許してくれた。なんて器の大きな人なのだろう。私は心の中で「団長はイカツイ! 声がデカくて怖い!!」と思っていたことを謝罪しておいた…。ちなみに団長が甘やかす程、ガスタのスワローへのお叱りは激しいものとなった。
まあ、何はともあれダンジョン〝ジャイアント・マーフォク〟は攻略できたのだ。三人で連携する練習もそれなりにできたし、水属性の魔物と戦う経験も積むことができた。個人的にはそれなりに頑張れたのではないかと思う(最後のスワローは大いに反省すべき)。こうして私達の戦闘研修は本当に幕を閉じた。
とある魔力の残滓_四月二十五日(金)
ランチュウは繰り返しセミナーに通っていた。会を増すごとにカフィンへの相談内容は、よりプライベートなものへと変わっていく。父親との確執を誰かに話したのは、初めてのことだった。たった一時間しかこの場にいられないことが、もどかしい。できるならもっと色々な話をしたい。いや、彼女の声を聞きたい。
「あら、ランチュウ君、今日は少し疲れているのかしら?」
「いや、そんなことはないと思うけド…」
「ちょっと待っててね?」
彼女は自身の魔導書から一枚の魔法陣を起動した。
「これ、元気の出るおまじない」
「ああ、リラクゼーションの魔法…」
それは体内の魔力の働きを緩め、緊張をほぐしたり、リラックスした状態へと導く魔法である。この手の魔法は不眠改善に用いられるが、嗜好品として使う者も少なくない。むしろ音や香りを組み合わせたものは、若者の間で小さなブームとなっていた。ランチュウは黙って、魔法の恩恵を受け入れる。それを温かいとさえ感じていた。そんなランチュウの死角で、コフィ・カフィンの口角が三日月のように持ち上がる。
「大丈夫? 少しは楽になった?」
「ま、まア…」
学生時代、回復魔法を研究していたランチュウは、これらの魔法にも精通しており、その扱いにも長けていた。構造を理解しないまま、魔法の効果を受けるなど、いつもの彼なら決してしない行為だ。だがしかし、ランチュウの警戒心は限界まで低下していた。故に彼は気が付くことが出来ない。
彼女の発動した魔法は魔力の働きを“活性化〟させるもの。説明した内容とは真逆の代物である。魔法陣内部には、ユーザ用に以下の警告が記されていた。
「医師に相談のうえ、必ず用法を守って使用すること」
「過剰摂取は情緒不安定、注意力の低下・散漫などの症状が現れるおそれあり」
カフィンはそっと警告ポップアップを閉じた。そして上司――武威の紅核へ報告する内容を脳内で整理する。諸々の報告は明日、彼の書斎で行えばいいか。いや待てよ、明日は表側のお仕事が忙しいんだっけ?
――悪の秘密結社も楽ではないな。
「カフィン、ありがとウ」
「いいのよ、辛い時は私のところにおいで?」
優しく微笑む彼女の顔は、聖女のように慈愛に満ちていた。




