059_祖母へのプレゼント①
リンの日記_四月二十七日(日)
日曜日の午前中、私はラムスと駅前を散策していた。初任給で家族にプレゼントを買おうと思っている。アセロラを誘うことも考えはしたけれど、やっぱり家族宛のプレゼントを知られるのは少し恥ずかしい。(あと彼女には部屋の片付けという使命がある)
私は最初に酒屋を選んだ。酒好きの母にはウイスキーとハムを買う。あと父は何でも喜ぶので、こっちもウイスキーとハムを買った。これでよし、紙袋を抱えて店を後にする。
問題はお婆ちゃん。
自分で言うのも何だが私は〝お婆ちゃんっ子〟だ。それに彼女は魔物退治の師でもある。それなのにお婆ちゃんの喜ぶモノが全然思いつかない。私は行くあてもなく大通りをフラフラと散策した。甘味、ハンカチ、靴下、老眼鏡…全然ピンとくるものがない。私は小さくため息を吐く。
「おい、あのクレープが食べたい!!」
私の頭上でチビドラゴンが騒ぐ。
「アンタの欲望は分かり易くていいね…」
お婆ちゃんはあまり自分のことを話さない人だった。それに戦闘以外で共通の話題もない。学生時代、私は絵を描くことにのめり込んでいたが、彼女は絵に興味がなかった。私の描いた絵を見せたこともあったが、あまり琴線には触れていなかったと思う。
私は彼女に絵を見せる時「元気が出る絵だね」とか「不気味でゾクゾクする絵だね」みたいな感想がほしかった。ところが彼女はそういった部分は全然汲み取ってくれない。じーっと私の絵を見つめて一言。
「前よりも人間の顔がリアルだ」
え、それだけ?
褒めてくれてはいる。しかし私がお婆ちゃんと話したいのはこの絵を描く上での「思い」や「コンセプト」なのだ。これでは感想というより添削である。お婆ちゃんと会話する上でこういったことは度々起こった。そんなお婆ちゃん相手に何を購入すべきだろうか。
ちなみにクレープの屋台は無言でスルー。最近アセロラが甘やかすせいでチビドラゴンが益々大食いになっていた。締めるところはキッチリ締めるのがウチのやり方だ。「この人でなし!」などと騒ぎたてるチビドラゴンをスルーし、通りの方に視線を戻す。すると人でごった返す中に見覚えのある銀髪が見えた。
フリュウポーチだ。
彼女はこちらに気がつくと右手をパタパタと振った。スンとした表情こそ変わらないが、彼女なりに好意を示してくれていると思いたい。よって私も手を振りかえす。
「何しているんですか?」
「買い物…だ。君は?」
彼女は大きな紙袋を抱えていた。紙袋の上部から包帯やロープが見えたので、備品の補充といったところだろうか。
「私も買い物、初任給で家族にプレゼントでも買おうかと」
「プレゼント…か」
「フリュウポーチも何か送りますか?」
「私に〝生みの親〟は…いない」
やべ、余計なことを聞いたかもしれない。私は慌てて詫びの言葉を述べた。
「ご、ごめん! 踏み込んだことを…」
「気にするな…それにガーゴの奴らが〝育ての親〟…だ」
それは知らなかった。フリュウポーチは数か月前にガーゴファミリー所属になったと聞いている。だからガーゴのメンバーと出会ったのもその時が初めてだと思い込んでいた。そりゃあ連携がうまいわけだ。そんなフリュウポーチはいつも通りの淡々な口調で続ける。
「アイツらにプレゼントを贈ったことはない…が、記念日にはガーゴの誰かに戦闘を申し込む」
「ど、どういうこと?」
「どういうこととは…どういうことだ?」
「え、通じてない?」
フリュウポーチはキョトンと首を傾ける。そして私からの疑問に答える代わりに腰に背負った大剣を指さした。
「この後タジンと闘う…来る?」
「じゃ、じゃあお邪魔しようかな」
フリュウポーチの独特なペースに巻き込まれつつ私は首を縦に振った。彼女とは人間関係における距離感が似ている気がしており…一緒にいてもあまり苦痛じゃない。なおタジンとはガーゴファミリーの副団長だ。紳士的なイケオジにして、ガーゴファミリー全員のオカン。基本に忠実な双剣使いである。
――そして三十分後。私達は冒険者ギルド――ガーゴファミリーの闘技場にいた。まさか冒険者ギルドの裏に練習用の闘技場があるとは…。庭球コートくらいの広さで、木の板をツギハギ状にぐるりと囲んでいる。隅の方には石のダンベルなど筋トレ器具が散乱していた。古き良きトレーニング施設って感じ。
フリュウポーチは闘技場の中央で大剣を構えた。向かいに立っているのはガーゴファミリーの副団長――タジン。彼は簡単にストレッチを行うと自身の双剣を抜く。互いに全力の武器、手加減はない。
「始めてかまいませんよ」
タジンが静かに戦闘開始を告げた。