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058_初任給③

「どうして私と一緒に過ごしてくれるのか分からなくて。私はアセロラみたいに明るくないし口数も少ないです。美味しいお店も知らないし、可愛いアパレルにも入れないし…もっと彼女に相応しい友達がいるような気がして」


 こんなことをほぼ初対面の人に相談してよいのだろうか。なんて、口に出してから考えても遅いのだが。


「それは彼女が決めることではなくて?」


 お医者さんは淡泊に答えた。「そ、それはそうですよね」などとモゾモゾ答える私。それを見た彼女は面白いおもちゃでも見つけたようにケラケラほほ笑む。


「貴方から見ると、そのアセロラちゃんには〝明るくて喋り上手な友達〟がお似合いだと思うの?」


「そ、そうです」


 お医者さんは「ふーん」と相槌を打ちながら顔をこちらへ向ける。人と目を合わせることが苦手な私は、彼女のピアスに視線を移してしまった。


「うん、それも一つの正解かもしれない。でも正解がそれだけとは限らない」


「はい…?」


 彼女の不思議な言い回しが気になり、今度は私が視線を上げた。


「人間って色々な種類の栄養がないと生きていけないの。タンパク質やビタミン、ミネラルとか…」


「え、栄養ですか…?」


「アセロラちゃんには明るい友達も、貴方のように静かな友達もどちらも必要なのかもしれないわね」


「…!」


 私はアセロラの方を見た。「どちらが正しいのか?」ではなく「どちらも正しい」か…。そんな風に考えたことはなかった。けど言わんとしていることは分かる。私はモヤモヤしていた気持ちが少し楽になった気がした。


「ありがとうございます。そういえば…よく私のことなんて覚えてましたね」


 私はずっと気になっていたことを聞いてみた。

 都会の診療所だから毎日たくさんの人間が出入りするだろうに。医者という人間は〝人の顔を覚える〟という点においても超絶エリートなのだろうか。私は人の顔を覚えることが得意ではないため本当に凄いと思う。

 ところがそれを聞いた彼女はニヤリと口角を上げた。私はその表情に謎の悪寒を覚える。


「あら、当然よ。あなたステキなお尻していたもの」


 んな!?


 そういえばそうだ。この人、前回会ったときもセクハラしてきた! 確か「よく鍛えられているわ。ちょっと触診したいくらい」とか言ったのだ。彼女の手が私の太ももへと伸びるので、私はビックリしてこの医者と距離を置いた。


「ななねな、何するんですか…!?」


「ウフフ、冗談よ」


 慌てふためく私を見て、この医者は再びケラケラと笑う。私は隣のアセロラを小突いた。彼女は一向に起きる気配がない。これはアルコールが回っているな。


「アセロラ、帰るよー!!」


 私は彼女に肩を貸しながら酒場を後にする。医者は最後まで楽しそうにしていた…。彼女が右手をヒラヒラ振るので、両手が塞がっている私は小さく会釈を返す。なんか不思議な人だなあ……。

 ――寮に帰るのにそう時間はかからなかった。取り敢えずアセロラを部屋へと送り届ける。ところが彼女の部屋を開けて私は戦慄した。


 散らかっている…。


 前から生活感はあったが、読んだ本や使わないハンガーが部屋に散乱していた。彼女が大好きな衣服だけがちゃんとクローゼットに収まっている。(クローゼットの扉は空きっぱなしだが)まさか彼女にこんな弱点があったとは。人って付き合ってみなきゃ分からないものだ。一先ず彼女の部屋を後にしようとした時、ほろ酔いのアセロラから呼び止められた。彼女はバッグから梱包された何かを取り出した。


「リン、はいこーれ」


「これは…マグカップ?」


 アセロラは二つあるマグカップの片方を私に差し出してきた。さっきの雑貨屋で買ってくれたらしい。彼女のマグカップはピンク色で、私の方は黄色。それぞれに同じ模様が入っている。これは俗に言う〝お揃い〟と呼ばれるものではないだろうか。私は恐る恐る口を開いた。


「お、お揃い!?」


「お揃いだよ~」


 ほら、陽の者はすぐこういうことを言う。

 私にはお揃いってなかなか慣れない。だってアセロラは明るいし、気が利くのだ。これから沢山の場所で様々な出会いを積み重ねていくはず。そしていつの間にか私とは疎遠になってしまうかもしれない。そうなったら…このマグカップは少し寂しいものになってしまうのではないか。

 

 だから私は〝お揃い〟って響きが得意じゃない。

 

 一方のアセロラはそんなの全然気にしていないように見える。今もほろ酔いで気持ち良さそうだ。私はそっとマグカップに視線を落とすと、今日のお医者さんの言葉を思い出した。

 

「アセロラちゃんには明るい友達も、貴方のように静かな友達もどちらも必要なのかもしれないわね」


 ――本当だろうか…?


 答えはまだ分からない。だが少なくとも〝縁を切りたくない人〟が近くにいるって良いことだ。そんな風に思えることを大切にしたいと思う。


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