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043_模擬戦の通達

リンの日記_四月二十二日(火)


 ワークツリー前の空き地で私とアセロラは互いに向かい合っていた。それぞれ魔導書を構え、今から行われるのは魔法使いの決闘である。


 ――二時間前、私とアセロラは打合せの五分前にワークツリー一階の会議室へ移動。ところが部屋に入ってすぐ私達は唖然とした。


「十三、十四、十五ぉお…!」


 アキニレが…腕立て伏せをしている。

 何だ、この光景は。真っ赤な顔とガタガタに震えている両腕…アキニレは明らかに体育会系ではない。というか社内で腕立て伏せを行っている人間を始めて見た。


「尻が落ちている! 十一からやり直せ!!」


 ドスの効いた声に私達は慌てて飛び退く。低くハスキーだが、確かに女性の声だ。アキニレの隣、スーツ姿の女性が両腕を組んで仁王立ちしていた。

 ブロンズの髪に鋭い吊り目。ネイビーのスーツをピシッと着こなす姿は正に〝出来る女〟って感じだ。確か彼女の名はミラー。アキニレと同期で彼と同じく開発部の班長だ。ランチュウとスワローもミラーの班に属している為、彼女は二人の教育係でもある。

 部屋の隅にランチュウとスワローもいた。水と油のような二人もミラーの前では仲良く直立不動を保っており、私はアキニレ班でよかったと心から思った。(ガスタという嫌味な先輩はついてくるが…)


「リンとアセロラだな。四人揃ったため打合せを始めようと思う」


 ミラーはアキニレを無視して完結に告げる。私達の班長――アキニレには何があったのだろうか…?


「あ、あのアキニレは…どうしたのでしょうか?」とアセロラ。(勇気があるな!)


「ああ、この馬鹿は午前中の打ち合わせに遅刻した。よってペナルティだ」


ミラーがそう告げると下の方から反論の声がした。


「で、でも社内の打合せだし…遅れたのも三分だけだよ~。朝食にポップコーン作ろうとしたら分量を間違えたのさ。荒れ狂うポップコーン達はさながらゴブリンの起こす暴動のようだった…」


「口答えするな。そして社内でポップコーンを加熱するな」


 ミラーが靴でアキニレの横腹を小突くと、彼はあっさりと地面に崩れ落ちた。


「腕立て伏せを止めていいと言った覚えはない。十一からやり直せ」


「あ、悪魔…」


 アキニレの小さな断末魔。ミラーはそれを聞き流すと再度こちらを向いた。


「他に質問は?」


 私達は慌てて首を横に振る。

 ガスタとはまた違った怖さだ。ガスタの注意は長くてしつこい。ネットリしているというか…意地の悪い姑のようだ。一方のミラーは言葉に殺気を帯びている。バサバサと魔物を切り捨てる剣のような印象だ。彼女に「ちゃんとしろ」って一喝されただけで心が小さく萎んでいくのだろう。まあどちらにしても怖い先輩たちだ。


「諸君、これからイントは雨季に入る。リン、イントで雨季の危険といえば何が思いつく?」


「え、〝危険〟…ですか?」


 いきなりの名指しに思わずたじろぐ。四月にこっちに来たばかりの私にはちんぷんかんぷんである。アセロラ、スワローの地元民二人は分かっているようで意味深に頷いている。


「えっと、部屋のカビとか…でしょうか」


「それも確かに危険かもしれない…だが命に関わる程ではない。アセロラは分かるか?」


「毎年雨季になると〝水属性魔物の発生率〟が急増します」


 アセロラが簡潔に答えた。流石ワークツリーの優等生。ミラーも満足そうに頷く。


「ああ、特に五月の第一月曜日からの二日間に魔物が爆発的に増える。その期間に魔物を地域一丸で駆除するイベント――サミダレ討伐会が行われる」


「サミダレ討伐会…」


 私の地元には無い文化だ。


「無論我々も参加する。我々が行うのは〝下級魔物との戦闘〟と〝他団体への戦闘用魔法陣の貸し出し〟だ」


 へえ、そんな業務もあるのか。地元民のスワロー、アセロラからすれば有名なイベントなのだろうか。次にランチュウが右手を上げた。


「戦闘は全員参加という認識で合っておりますカ?」


「悪くない質問だ。戦闘は全員参加ではない」


 それを聞いてアセロラがホッと胸を撫で下ろした。魔法使いだからといって皆が戦えるわけではないし、寧ろ戦わない者の方が多いかもしれない。ミラーは私達をぐるりと見まわすと次のように補足した。


「明日、新卒から三年目までの社員に模擬戦を行ってもらう。その結果で私が戦力になりそうな者を判断する」


「模擬戦…」


「方式は一対一の〝結界決闘〟だ。何か質問は?」


 質問がない事を確認すると、ミラーはカツカツ歩いて会議室を出ていった。彼女が出ていったのを確認するとスワローが大きく伸びをする。今日はまだ一度もBBQに誘われていない。この男もミラーの前ではそれなりに小さくなるようだ。


 ――模擬戦か。


私は〝結界決闘〟自体は嫌いじゃない。だけどあのミラーの前で戦うのは怖い。「今の若者はたるんでる」とか「もっと真剣に取り組め」とか言葉のナイフが飛んでくるのではなかろうか。取り敢えず明日に備えて手持ちの魔法をチェックしておこう。そう思って立ち上がった時、後ろから背中をツンツンと突かれた。アセロラだ。珍しく目が泳いでいる。


「リン、これから時間あったりする?」



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