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◆◆◆おもちゃの行方

「お前、この魔物を使役して…私達を監視していたな」


 今度こそフリュウポーチが記者に大剣を向けた。私も彼女を止めなかった。黙って彼の返答を待つ。


「ハハハ、言いがかりはよしてください。この魔物は僕と無関係ですよ」


「お前から…この魔物と同じ匂いがする」


「近くに居たから匂いが移ってしまったのでは? そもそも花粉のせいで貴方の鼻もまともに機能していないと思いますし」


「…」


 フリュウポーチはそれでもなお、構えを解かない。


「聞く耳なし…まあいいか」


 男はそう呟くと「パン、パン」と二回、小さく手を叩いた。するとフリュウポーチに捕まっていた魔物がヌルリと彼女から逃れて男の方へと飛んで行った。魚はダンジョンの時と同様、空気中を泳ぐように動き回っている。記者は再度こちらを向く。が、その表情には先ほどまで堅苦しさや愛嬌はない。


「君の言う通り、この子は僕の魔物だ。ジャコの一種だけど〝ディープアイ〟と呼んでいる」


「…!」


 私達は更に警戒を強める。しかし男に気にする素振りはない。


「改めまして、僕は記者のグローフ。世界樹の青窓に恨みを持つ者だ」


「せ、世界樹の青窓に…?」


 〝世界樹の青窓〟は国家レベルの巨大組織だ。その本質は世界樹の存在を世界に広める巨大な教団であり、世界樹の恵みを世界中に届ける大企業でもある。


「ここ数年、トランで起きている災厄は全て奴らの仕業さ。無論、君が二体の花粉怪鳥ヘルフィーブに襲われたことも…」


「で、でも今年のヘルフィーブが例年と異なるのは、異常気象によるものって…新聞でも言っていましたよ」


「違うな、全部やつらが手を加えた結果だよ。なんなら二体いた花粉怪鳥のうち、片方は〝元人間〟だ」


「はあ!?」


 人間が魔物になる…それは、流石にフィクションである。彼は私たちをからかっているのだろうか? しかしグローフは「信じられないのも無理はない」って感じで首を横に振る。


「まあいい、何か情報が手に入ればと思ったけど…どうやら君はただの被害者らしい」


「被害者…」


「あのダンジョンで楽師に任命されただろう? 自分らの都合しか考えない強引なやり方さ」


「楽師って…なんなんですか?」


「さあ? アイツらの隠語みたいなものだから、僕も把握できていない」


「…っ」


「まあ用心するに越したことはない。ちなみに僕が情報をあげたのは、君達のお陰で面白い“おもちゃ〟が手に入ったからさ」


「…おもちゃ?」


「じゃあ、また機会があれば会おう」


 それだけ告げるとグローフはジャコ――ディープアイと共に去っていった。ほんの数分のやり取りだが、全身が吊りそうになるほど緊張した。フリュウポーチはあの男を見届けると、前を向いたまま私に告げる。


「あの男からは…邪悪な気配を感じる。何も話すな」


「わ、分かった…ありがとうございます」


 アイツの蛇のように冷たい目…私も不気味な印象を感じ取ってはいた。あの男の発言がどこまで本当なのかは誰にも分からない。だが今日の出来事はいつか私にとって大きな意味をもたらす…そんな予感がしていた。



とある魔力の残滓_四月十四日(月)


「ヘルフィーブSWが敗北するとはな…」


 世界樹の青窓の幹部――武威の紅核、彼はガーゴファミリーの冒険者を甘くみていたようだ。だが実験の成果自体は上々である。人を魔物化するプロセスは大きく分けて二つ。まずは対象の精神を大きく乱すこと、そして次に対象に〝悪魔〟の魔力を注入することだ。魔力の注入自体は、黒い魔法陣を使えば簡単に行うことができる。

 世界樹の青窓では十年以上前からこの研究が進められてきた。民間人を用いた実験は五年前に中断されていたが、計画が大詰めを迎え、先日解禁された。フラスコ内での実験では得られないデータが、青窓の研究を後押しする。


 ――だが、紅核にとって予想外だったのは〝楽師〟の存在である。


 まさか楽師――リン・ツインラとヘルフィーブSWが接近するとは。彼女の働きはヘルフィーブ討伐に貢献している。


「これは偶然だろうか?」


 〝世界樹の枝〟との契約には、未知の要素が少なくない。今後は楽師にも注意を払う必要があることを、この幹部は理解していた。ここまでの内容を教皇への報告書にまとめようとした時、ドアをノックする音がする。


「コフィか…」


「失礼致します。花粉怪鳥について、一件、ご報告がございます」


「どうした?」


「盗賊を雇い、ヘルフィーブの死体を回収する算段でしたが…魔物の死体が消えたそうです」


「…消えた?」


「はい。まだ息があり、自力で逃亡した可能性もございます。現在、アトラスOSの冒険者達が捜索にあたっております」


「監視用の魔物はどうなった?」


「それが一匹残らず消されております。ヘルフィーブの気性は思ったより荒いのかもしれません」


「分かった。また進展があれば報告してくれ」


 この程度のことで動揺していたら、世界最大規模の教団で幹部など務まるはずもない。だが、貴重なサンプルを取り逃がしたことは、一旦教皇に伏せるべきか。サンプルが必要ならまた適当な者を魔物化すればよい。紅核の社会的な信頼と、コフィの情報網があれば…それは難しいことではなかった。


「しかし、小さな予想外が生じているのも事実…か」


 我々は必ず目的を達成しなくてはならないのだ。


 ――全ては全人類が自然へと還るために。



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