040_VSスライム
久しぶりにのんびりとした休日。私はアセロラと散歩をしていた。
「せっかくだから…少し先まで散歩に出てみようか」とアセロラ。
「トラン城のある丘の頂上とか?」と私が返す。
そんなおしゃべりをしながら周囲をフラフラしていたら、私たちの目の前にスライムが現れた。一番シンプルな水属性のスライムだ。アセロラがビックリして飛び退いた。
直径が六十センチ、高さは四十センチ程。正式な名前はスモール・スライム。ちなみにコイツは数が多く、比較的無害なスライムである。しかし進化してミディアム・スライム、ラージ・スライムになると危険度が跳ね上がる。ラージ・スライムは象に匹敵する重さで、ウサギの様によく跳ねる。今は無害でも、コイツは倒すべきだ。何よりスライムは美味い。
「え、闘うの?」
アセロラが驚いた声を上げる。
「私の故郷じゃ小さなスライムは珍しくないよ」
そう言って低く構える。スライムの狩り方はお婆ちゃんから仕込まれていた。
「主なポイントは二つ。まずは体制を低くすること」
スライムの主な攻撃方法は体当たりだ。ドッシリと構える事が大事。盾になる物があるとなお良い。
「次に核を壊すこと」
スライムはゼリー状の体の内側に固くて丸い核を宿す。これを壊す事がスライムの致命症だ。しかし核はゼリー状の体に守られており、初心者が闇雲に攻撃しても無駄だ…ゼリーに受け流され当たらない。攻略するには正確に核を攻撃するか、スライムが受け流せない圧倒的な攻撃力が必要。大抵の冒険者は後者(高い攻撃力)でスライムを倒す。が、私が取るのは前者(正確性)だ。私は体勢を維持したままジリジリとスライムを追い詰める。
歩道脇の石垣が目に入った。
そこまで焦らずに誘導。壁に追い詰めたら、身体で覆う様にスライムの動きを封じる。抵抗されても、決して緩めてはいけない。釣り上げた後の魚のようにビチビチと暴れるスライム。次にゼリー状の体内に腕を埋め、右手と壁でスライムの核を固定する。ここが一番難しい。滑らないコツは焦らず、身体をゆっくりと動かす事だ。そして魔法を詠唱する。
「フレーク・ツール」
【フレーク・ツール_石をナイフにする魔法】
これもお婆ちゃんイチオシの初心者用魔法だ。私が使う魔法は基本的に投石強化と、このナイフ魔法の二つである。私は空いた右腕にナイフを持ち、静かに核に押し当てた。プツリと核が壊れる音がする。地味な戦法だが、これもお婆ちゃんの教えである。戦う時は出来る限り魔力を無駄にしない。そして使い慣れた魔法しか使わない。
ざっとここまで三十秒程度だろうか。久しぶりで少し訛っていたかもしれない。立ち上がるとアセロラが駆け寄って来た。
「大丈夫? 服とかビショビショだけど」
「うん、怪我はない。これくらいは慣れたもんだよ」
「そ、そうなんだ。リンって本当に強いんだね…」
「そうかなあ」
私にはコミュ力があって、頭の良いアセロラの方がよっぽど強者だと思うけど。
「それにほら、スライムも取れたし。せっかくだから今日は炒め物にしようか」
「食べるの!?」
アセロラが大きくたじろいだ。
「食べないの?」
「食べないよ!!!!!」
ウチの地元では食べるぞ。卵と筍、豚バラ肉、お婆ちゃん自家製の漬物をスライムと炒めると絶品なのだ。この炒め物は我が家では五本の指に入る人気メニューだった。私のスライム狩りがスムーズな理由の一つである。
「無理無理無理無理! スライムは食べられない!!!」
これがローカルギャップというものか…アセロラが露骨に私と距離を置いた。スライムというより、私に対してドン引きしている。あの天真爛漫なアセロラが!
な、なんか傷つく…!
私から逃げるように走り出すアセロラ。私も五キロのスライムを抱え、追いかけた。やはりアセロラは足が遅い。「ヒイヒイ」言って逃げるアセロラは新鮮だったし、慌てふためく彼女を見ていたら「これはこれでアリかも」とも思った。何かこうグッとくるものがあった。
――そして夕飯。結局スライムは一人で食べた(アセロラは部屋に籠城したので諦めた)。しかもラムスの奴まで「スライムは食材ではない!」とか言って皿に手を付けなかったのだ! アイツ、人間社会に溶け込みすぎだろ。本当に腹立たしいことである。
ちなみに肝心の味はと言うと…残念な事に、実家で食べる方が美味しかった。スライムは食感を楽しむ食材だ。味はお婆ちゃんの漬物がないと成立せず、味がしない椎茸みたいだった。盲点である。今度送ってもらおうかな。いつかアセロラにもこの良さを分かってほしいものだ。
それにしても最近スライムとの遭遇率が上がっている気がする…。これは偶然なのだろうか。