人形族のスフィアーレ
とある魔力の残滓_七月十三日(日)
「ここは…どこだ?」
彼女は覚えのない場所で倒れていた。照りつける日差しが鬱陶しい…よって再び瞼を閉じることにする。
「あと…五分」
「こんなところで寝ちゃあ、ダメですよ! フリュウポーチ!!」
「うるさい…キャンディル…め」
「寝てる場合じゃないんですって! 開会式の途中で突然ダンジョンに放り込まれましたんですよ!」
それを聞いてもガーゴファミリーの新人冒険者――フリュウポーチは大きな欠伸を返す。そうか、今日は…ドラゴンを倒すんだっけな。彼女は寝ぼけ眼のまま立ち上がると、荒野をふらふらと歩く。彼女の同期――キャンディルが絶えず喋りかけてくるが、全然頭に入ってこない。マイペースなフリュウポーチと異なり、この男は生真面目で忙しない。
二人は崖の上に立っており、見渡すとずっと先までゴツゴツした渓谷が続いていた。切り立った崖が各所に点在、その断面には赤茶色の地層が幾重にも重なっている。ここを進むのか…考えただけで眠気に襲われてきた。
「出遅れたし、どっかの誰かが…倒すだろ…? ドラ…ゴン」
「ダメですよ!? シュラウ団長からも期待されていたじゃないですかです!」
確かに「優勝したら屋台のドネルケバブ、塊で丸太ごと買ってやる」などと言われていた。仕方ない…やるしかない、か。そんなやり取りの最中、彼女の耳が小さく反応する。音だけじゃない、身体の左側が微かに――
「熱…い?」
直後、〝光の剣〟がフリュウポーチの頬をかすめた。身体を捻り、間一髪で回避。かすった部分の髪が、チリチリと焼け焦げた。魔物の攻撃にしては…洗練された魔法。
「今の不意打ちを回避するとは。下手な野生動物より遥かに勘がいい」
岩陰から一人の男が現れた。獣人の彼女は彼に大きな違和感を覚える。男からは動物の匂いがせず、代わりに木と金属、油の匂いが強い。それどころか血液が循環する音も、呼吸の息遣いすら感じ取れない。ただし魔力は全身を循環している…フリュウポーチは彼をゴーレムや、それに近い〝何か〟と位置付けた。
「お前は、誰だ? 何故…人を狙う?」
参加者であれば、狙うべくは冒険者ではなくダンジョンの魔物であるはず。そんな彼女の問いに対して、男は冷たい視線を向けた。
「名はスフィアーレ。本気でそう言っているのなら、情報以上に甘い人間らしい」
「…?」
彼の名はスフィアーレ。事前に優勝候補として紹介されていた冒険者である。人形族と呼ばれた彼は中性的な顔立ちで、髪も瞳も淡い桃色をしていた。動きやすい麻のシャツを着用しており皮膚は木製。人形族の男は眼前の冒険者を白眼視した。
「貴方は優勝候補だ。故に狩る」
「…ふん」
優勝候補と言われて、フリュウポーチは満更でもなさそうだ。そんな彼女の心境の変化が、スフィアーレには理解し難いものらしい。
「発汗、呼吸、表情、行動…貴方から真剣さを微塵も感じることができない。フリュウポーチ、貴方は何故このミッションに参加したのだ」
「ドネル…」
「は?」
「ドネルケバブの丸太…丸々買ってくれる」
それを聞き、スフィアーレは懐から札束を取り出した。
「ケバブの丸太を十本買ってやる…と言ったら、貴方は棄権するのか?」
「…悪く、ない」
「ちょっと! ポーチ駄目ですって!!」
咄嗟にキャンディルが飛び出す。「そんなのを許したら、自分が団長に怒られちゃいますです!」という彼の主張に「それは、私は…関係ないね」と返すフリュウポーチ。二人の子供のようなやり取りに、スフィアーレは心底呆れていた。
「こんな奴が優勝候補とは、世も末だ。フリュウポーチを倒すため、貴方の手に入れた〝新魔法〟とやらを調査してきたが…時間の無駄だったらしい」
ところが、それを聞いた狼の耳がピクリと反応する。
「今、何て言った?」
「時間の無駄だと言ったんだ」
「そこじゃない、私の〝魔法〟を馬鹿にしたな?」
「いや、そんなことは言っていない」
事前のシミュレーションを重んじるスフィアーレにとって、フリュウポーチの発言はあまりにイレギュラーだった。眼前の狼娘は彼の発言を誤解したまま、どんどん話を進めていく。
「私の魔法を馬鹿にした奴は…許さない」
「違う、お前の強力な新魔法を調査してきたが、使い手自身が腑抜けているならば、調べる必要がなかったと言っているのだ」
彼は改めて丁寧に説明を試みるが――
「私のことは…いい。だが私の魔法を馬鹿にする奴は許さない」
「だから馬鹿にしていない。強いて言うなら私が馬鹿にしたのは貴方であって――」
「なら…どうして私の魔法を馬鹿にした?」
「だから、していない!!!」
「…粗大ゴミとなり詫びるがいい」
「もういい!!!! ここで狩るっ!」
人形族のスフィアーレは感情の起伏が限りなく乏しい…はずである。ここまで頭に血が上ったのは…〝奴ら〟の手から逃れた時、以来かもしれない。彼の魔法陣が赤く輝きを放つ。
「リュミエール・ソードッ」
【リュミエール・ソード_光剣を生成する魔法】
スフィアーレが扱う魔法は光。その輝きは様々なものを封じ麻痺させる。




