ガーゴファミリー
――ゴブリンだ、それも三体。
尖がった耳と鼻、そして緑色の皮膚。身長は六十センチ程で、腰にレザーの腰当っぽいものを巻いている。前の二体は棍棒、後ろの一体は弓を構えていた。
「キシャァアアアアアアッ!!」
後ろのゴブリンが金切り声をあげた。興奮して赤く充血した瞳。咄嗟のことで心臓が跳ね上がった。私は急いで魔導書を構える。しかし今日の私はいつも以上に緊張していた。
「やば、目が合った…!」
興奮状態のゴブリンと目を合わせてはいけない。そうお婆ちゃんから学んでいたのに…。興奮したゴブリンが私目掛けて棍棒を振り上げる。
私は慌ててゴブリンから距離を置いた。お婆ちゃんから「ゴブリンに遭遇したら、まずその場を離れること」と教えられていた。コイツらは自分に有利な地形、数でしか攻撃を仕掛けてこない。襲われた時点で、そこで戦うのは得策ではない。私はできる限りゴブリンから逃げようとする。しかし魔物はそれ以上、追いかけてこなかった。
ゴンッ、ゴンッ、ゴンッッッッ!!!
代わりに大きく鈍い音が三つ。理解が追いつかず振り向く。すると…ゴブリンがいた場所に大剣を持った女性が立っていた。彼女は無言でこちらの様子をうかがっている。
「…」
女性は私と同年代か、少しお姉さんにみえた。銀髪のウルフカットで、昨日の団長と同様にレザー装備を身に着けている。そして印象的なのは私の身長サイズの大剣。巨大な鉄塊はニ十キロ近くありそう。それをあの細身で振り回したのだろうか。腰に巻かれたベルトが彼女のウエストの細さを証明している。なお大剣に血は付いていない。ゴブリンは剣の側面で叩き飛ばしたようだ。
彼女は私たちなど気にも留めず、気だるげにあくびをこぼす。何この状況…。ミステリアスな女ってこういう人を言うのだろうか。遅れて二人の男性が追いついてきた。どちらも彼女と同じレザーの装備。
「危ないところをありがとうございます」
アキニレが感謝を口にするが、ウルフカットの彼女は喋らない。代わりに遅れてきた男性の一人が「いやいや、大事が無くて何よりです」と答えていた。
「リン、彼らが今回のお客様、冒険者ギルド――ガーゴファミリーの三人だ」
先述の通り、全員がレザー装備で、金属鎧は人によってまちまちだ。先ほどの男性が私たちに頭を下げた。年齢的に彼が副団長、だろうか。
「本日は団長の無茶なお願いを引き受けていただき、誠にありがとうございます」
物腰柔らかな態度、とてもあの団長と同じギルドとは思えない。年齢は恐らく四十代前半。ワイルド顎鬚の団長と異なり、副団長は七三分けの髪型がスマートだ。やや儚げな雰囲気が似合うイケオジである。アキニレも同じように頭を下げた。
「いえ、ご依頼をいただきありがとうございます。前もってお伝えした通り、今日は私と新人の二名体制となりますのでご承知おきください」
次にイケオジ副団長は、私の方に体の向きを変えた。
「冒険者ギルド、ガーゴファミリーで副団長を務めております。タジン・ジェモと申します」
「こ、ここ…こちらこそよろしくお願いいたします!」
私は慌てて頭を下げた。団長とは違う! 本当に丁寧な人だ!! そして今度はもう一人の男性が口を開く。三十代くらいだろうか、低く男性らしい声だ。
「副団長はギルド内の〝オカン〟なんだよ」
それを聞いて副団長は「コホン」と咳ばらいを一つ。
「進んで〝オカン〟となっているわけではありません。粗野で慌ただしいメンバーが多すぎる結果です」
軽口を叩いた男性は「へへへ」と笑い声を出すと、自身の自己紹介を行う。
「俺の名はバーナ。ガーゴファミリーの大盾使いだ。ちなみに今の推し盾は〝サラマンダの加護を付与した大型方盾〟だ。盾について分からない事があれば俺に聞くといい」
「よ、よろしくお願いいたします」
バーナは筋肉隆々で頬に大きな傷があった。私の身長より大きな盾を背負っている。やや柄が悪そうなところも含めて、正に屈強な冒険者って感じだ。私の古郷でもこんな感じの冒険者はよく見かけた。勢いのある自己紹介にややたじろいでしまう。
「ポーチ、あなたも挨拶をなさい」
副団長に呼ばれて、さっきのウルフカットレディーが振り向いた。
「名前はフリュウポーチ…よろしく」
ちょっと変わった人だけど、女性がいて安心した。というか美人さんだ。ムサ苦しい男どもといるより華があった方が良い。彼女の淡泊な挨拶に団長が補足する。
「彼女はフリュウポーチ。ギルドの新人で、三か月前に入団しました。獣人の血を引いており、戦闘力は十分です」
すると彼女の髪からひょこっと獣の耳が飛び出した。え、可愛いんですけど。普通に触りたい。あの耳は…オオカミかな。
「では挨拶はこれくらいにして、ダンジョンへ向かいましょう」
その後はガーゴファミリーに先導され森の中を歩いた。田舎暮らしの私にはそれほど苦にならない。アキニレの顔にはうっすら疲労が感じ取れた。そのまま森を進むこと一時間、突然訪れた景色の変化。私は小さく声を上げた。
「あれ?」
森が終わり平野に出た。どうやら丸く開けた空間のようで、周囲はぐるりと森に囲まれている。少し神秘的な印象も受けた。
「ほらリン、あれだよ」
アキニレの指さす方を見た。約五十メートル先、森の中央に地下に続くような階段が見える。機関車駅のホームに降りる階段のようだ。だがそれなりに幅がある。
「あそこからダンジョンに降ります」と副団長。
ヤバい、今更緊張してきた。心臓がドキドキを嫌なリズムで揺れている。まさか私がダンジョンデビューする日が来るとは…。私はゆっくりと深呼吸を行う。両目を薄く閉じて口から息を吐きった。全部吐いてしまえば、自然と新しい空気が取り込まれる。これが私の最初のお仕事だ…。
一方、副団長とアキニレはダンジョン挑戦前の最終打合せを始めた。何を話しているのかはサッパリ分からない。だが私も聞いておいた方がいいのだろう。社会人だし。そう思ってアキニレの方を向こうとした時だ。
「あれ……?」
誰かがダンジョンの入り口に立っている。あれは暗緑色の…司祭服だろうか。首元は立襟になっており、裾はくるぶしあたりまである。まるでワンピースのようだ。ダンジョンに入るにはあまりに堅苦しい格好に見えた。それにこのダンジョン、五人以上で挑戦しなきゃいけないのでは? 私はすぐにアキニレの手を引き、ダンジョンの入り口を指さした。
「先輩、あそこに人が…」
「ん、どしたー?」
しかし既に司祭服はいなかった。一瞬目を離しただけなのに…。
「今、あそこに人がいませんでした? 司祭みたいな服の…」
「いや、いなかったよ。俺も入口の方を見てたけど」
おかしいな、確かに司祭服を見たと思ったのに…。あれ、そういえばあの男の顔が思い出せない。というかそもそも男だったのだろうか。
「まさかゴーストでも見たのかい?」
「いや、流石にそんな事は…」
「ゴーストを指差しちゃダメだよ。あっちの世界に連れていかれるからね~」
「か、からかわないでくださいっ」
ヘラヘラと笑っているアキニレ。私は背筋が冷たくなるのを感じ、両手をブンブンと振った。でも司祭服って少しゴーストっぽいよな。
「いや、まさかそんな…」
すると副団長まで会話に加わってくる。
「この辺りで司祭服姿の冒険者に心当たりはありませんね。もしそれがゴーストなら…刺激しないことが賢い選択かと」
副団長までちょっと笑ってやがる。イジワルな大人二人に対して、私は白い目を向ける事しか出来なかった。




