ダンジョンのいろは
リンの日記_四月一日(火)
ダンジョンとは自然や遺跡から生成される迷宮の事だ。内部や周囲には魔物が湧き、最新部にはボス個体と呼ばれる強力な魔物が存在する。そして魔物を倒すと高価な財宝や強力な武器が手に入るのだ。それを求めて多くの冒険者がダンジョンに挑戦する。
――リスクでありロマン、それこそがダンジョンである。
ちなみにダンジョンが出現する仕組みは、未だ解明されていない。荒野や森、都市など様々な場所に突如出現する。なお周囲に魔物が湧くため、付近の住民たちは引っ越しを余儀なくされる。よってダンジョンは災害としても知られている。
ちなみに私の祖母も冒険者だった。魔物と遭遇した場合の対処法や戦い方は、幼いころから叩き込まれている。社長から「ダンジョンへ行け」って言われて発狂しなかったのはそういう経験からだ(ダンジョンへ行きたいとは微塵も思っていないが)。
朝八時、ワークツリーにて先輩社員――アキニレと合流した。彼は眠そうに瞼をこすっていたが、私に気が付くと右手をヒラヒラと振ってくれる。この先輩は全面的に朝が弱そう。
「おはようございます。お疲れですか?」
「いいや、今日に備えて昨日は早寝した…筈だったんだけどね。寝る前に小説を読み始めたら止まらなくなって…」
「え、ええ…」
今から行くの、本当にダンジョンだよね? もしかしてボケだろうか? だが私には先輩にツッコミを入れる器用さはない。私は歩きながらアキニレに質問した。
「今日は何をするんですか?」
私の装備は自前の魔導書一冊のみ。彼も魔導書のみで、格好も昨日と殆ど変わらない(しかも寝不足だし…)。とてもダンジョンに行く人間のそれではなかった。アキニレは「あー、そうだね」と呟くと人差し指を立てる。
「俺らは魔法道具のプロだ。今日は冒険者と一緒にダンジョンへ行って、彼らの魔法道具をメンテナンスするよ」
「メンテナンスとは…何をするんでしょうか?」
「そうだなー、道具の調子が悪い時に確認、修理するかな。あとお客様の要望に合わせて簡単な改造とか」
魔法道具を使えば、呪文の詠唱なしで魔法を使える。要するに「魔法使いでない人間も魔法を使える」ようになる。私は魔法使いだが、その魔法知識は一般教養レベルに留まる。魔法道具の制作や、普段使わない魔法の知識は専門外だ。私は恐る恐るアキニレに訪ねた。
「えっと、私に出来ます…でしょうか?」
「あはは、今日は見学だけでいいよ。本来、同行するのは俺一人の予定だったし」
え、そうなの? 私はきょとんとした顔でアキニレの方を向く。
「昨日、お客様から『あのダンジョンは五人以上じゃないと入れないルールだったのを忘れてた。数合わせでいいから二人用意してくれ!』って頼まれちゃって」
なんだ、人数合わせか! 私はほっと胸をなでおろした。昨日、社長と大男が揉めていたのはそれが理由か…。てっきり難しい何かを任されるのかと思っていた。ダンジョンとか魔物より、そっちが怖くて仕方なかったまである。
「昨日の大きなお客さんいたでしょ? あの人、社長のお兄さんなんだ。だからたまに無茶ぶりがくるのさー」
なるほど、たしかに二人とも小太りだ。あと声がやたら通っていた。私は昨日のことを思い出して苦笑する。私は人見知りな上、声が大きな人は得意ではない…。あの団長(あと社長も)は弱点そのものだった。
「団長は今日も来るんでしょうか?」
「来ないと思うよ。副団長が来るけど、優しい人だから安心していい」
――やった。
それは本当に有り難い。今日はダンジョンで作業見学を行えばいいし、あのイカツい団長と会うこともない。業務に対する不安が大幅に軽減された。私は心の中で歓喜の舞を披露する。ところが私が安堵の息を吐いたその時、茂みからガサガサと音がした。私とアキニレは同時に振り向く。
――ゴブリンだ、それも三体。
尖がった耳と鼻、そして緑色の皮膚。身長は六十センチ程で、腰にレザーの腰当っぽいものを巻いている。前の二体は棍棒、後ろの一体は弓を構えていた。
「キシャァアアアアアアッ!!」
後ろのゴブリンが金切り声をあげた。興奮して赤く充血した瞳。咄嗟のことで心臓が跳ね上がった。私は急いで魔導書を構える。しかし今日の私はいつも以上に緊張していた。
「やば、目が合った…!」
興奮状態のゴブリンと目を合わせてはいけない。そうお婆ちゃんから学んでいたのに…。興奮したゴブリンが私目掛けて棍棒を振り上げる。




