003_新入社員と冒険者
ゴブリンが三体。
「キシャァアアアアアアッ!!」
後ろのゴブリンが金切り声をあげた。興奮して赤く充血した瞳。あまりに突然で心臓が跳ね上がるのを感じた。
しまった、目が合った!
興奮状態のゴブリンとは目を合わせてはいけない。そうお婆ちゃんから学んでいたのに。興奮したゴブリンが私目掛けて棍棒を振り上げた!
私は慌ててゴブリンから距離を置いた。お婆ちゃんから「ゴブリンに遭遇したら、まずその場を離れる事」と教えられていた。ゴブリンは自身に有利な地形、数でしか攻撃を仕掛けてこない。〝襲われた〟という事は既に奴らには勝算があるのだ。
しかしゴブリンは追いかけてこなかった。
ゴンッ、ゴンッ、ゴンッッッッ!!!
代わりに大きく鈍い音が三つ。
振り向くとゴブリンがいた場所にレザー装備の女性が立っていた。
銀髪のウルフカットが朝の風になびいている。私の身長程の大剣を装備しており、それに身体を預けるようにしてバランスを取っていた。大剣に血は付いていない。ゴブリンは剣の側面で吹っ飛ばしたのかも…。それにしては随分と細身だ。腰に巻かれたベルトが彼女のウエストの細さを証明していた。
彼女は私たちの事は気にも留めず、気だるげにあくびをこぼした。ミステリアスな雰囲気ってこういう事を言うのだろうか。私と同年代か…少しお姉さんにも見える。
遅れて二人の男性が追いついてきた。どちらも彼女と同じレザーの装備だ。
「危ないところをありがとうございます」とアキニレ。
ウルフカットの彼女は喋らない。遅れてきた男性の一人が「いやいや、大事が無くて何よりです」と答えていた。
「リン、彼らが今回のお客様、冒険者ギルド――ガーゴファミリーの三人だ」
先述の通り、全員がレザー装備。金属鎧の装着は人によってまちまちである。副団長と思われる男性が私たちに頭を下げた。
「本日は団長の無茶なお願いを引き受けていただき、誠にありがとうございます」
物腰柔らかな態度、とてもあの団長と同じギルドのメンバーとは思えない。
年齢は団長と同じで四十代くらいに見える。ただワイルド顎鬚の団長と異なり、副団長は七三分けの髪型がスマートだ。やや儚げな雰囲気が似合うイケオジである。
アキニレも同じように頭を下げる。
「いえ、ご依頼をいただきありがとうございます。前もってお伝えした通り、今日は私と新人の二名体制となりますのでご了承ください」
次にイケオジ副団長は私の方に体の向きを変えた。
「冒険者ギルドのガーゴファミリーで副団長を務めております。タジン・ジェモと申します」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします!!」
私は慌てて頭を下げた。団長を比べて本当に丁寧な人だ!
「副団長はギルド内の〝オカン〟なんだよ」
ガーゴファミリーの男性が会話に入って来た。
副団長は「コホン」と咳ばらいを一つ。
「進んで〝オカン〟となっているわけではありません。粗野で慌ただしいメンバーが多すぎる結果です」
次に今の男性が自己紹介をした。
「俺の名はバーナ。ガーゴファミリーの大盾使いだ。ちなみに今の推し盾は〝サラマンダの加護を付与した大型方盾〟だ。盾について分からない事があれば俺に聞くといい」
バーナは三十代くらい、筋肉隆々で頬に大きな傷があった。私の身長より大きな盾を背負っている。やや柄が悪そうなところも含めて、正に屈強な冒険者って感じだ。私の古郷でもこんな感じの冒険者はよく見かけた。勢いのある自己紹介にややたじろいでしまう。
「あ、ありがとうございます」
「ポーチ、あなたも挨拶をなさい」
副団長に呼ばれて、さっきのウルフカットレディーが振り向いた。
「名前はフリュウポーチだ…よろしく」
ちょっと変わった子だけど、女性がいて安心した。
というか美人さんだ。ムサ苦しい男どもといるより華があった方が良い。
「彼女はフリュウポーチ。ギルドの新人で、三か月前に入団しました。獣人の血を引いており、戦闘力は十分です」
副団長が彼女の代わりに補足する。
すると彼女の髪からひょこりと獣の耳が飛び出した。え、可愛いんですけど。普通に触りたい。あの耳は犬か、オオカミだろうか?
「では挨拶はこれくらいにして、ダンジョンへ向かいましょう」
その後はガーゴファミリーに先導され森の中を歩いた。
時々ゴブリンとスライムに襲われた。が、フリュウポーチらには全然歯ごたえがないようだった。
――ここまでで一時間は経っただろうか。
あれ?
突然森が終わり平野に出た。
平野は丸く開けており周囲はぐるりと森で囲まれている。それだけで少し神秘的な気がする。
「あれだよ」
アキニレの指さす方を見た。
約五十メートル先、森の中央に地下に続くような階段が見えた。汽車鉄のホームに降りる階段のようだ。それなりに幅がある。
「あそこからダンジョンに降ります」と副団長。
まさか私がダンジョンデビューする日が来るとは…。多分、それなりに緊張している。私は深く深呼吸した。両目を薄く閉じて口から息を吐きった。一方、副団長とアキニレはダンジョン挑戦前の最終打合せを始めた。何を話しているのかはサッパリだが私も聞いておいた方がいいのだろう。
――ところが再度ダンジョン入口に視線を移した時だ。
「ん……?」
誰かが階段の前に立っている。
ここから五十メートルは離れているが、そいつが暗緑色の司祭服みたいなのを着ている事は分かった。首元は立襟になっており、裾はくるぶしあたりまである。まるでワンピースのようだ。ダンジョンに入るにはあまりに堅苦しい格好に見える。
「先輩、あそこに人が…」
「ん、どしたー?」
私はアキニレの手を引いてダンジョンの入り口を指さした。
「あ、あれ…?」
しかし既に司祭服はいなかった。一瞬目を離しただけなのに…。
「今、あそこに人がいませんでした? 司祭みたいな服の…」
「いや、いなかったよ。俺も入口の方を見てたけど」
「そう、ですよね…」
おかしいな、確かに司祭服を見たと思ったのに…。
あれ、そういえばあの男の顔が思い出せない。
というかそもそも男だったのだろうか。
「まさか幽霊でも見たのかい?」
「いや、流石にそんな事は…」
「幽霊と目を合わせるとあっちの世界に連れていかれるって言うよね~」
「あ、〝あっち〟って何ですか! 適当に言うのやめてください!」
ヘラヘラとからかってくるアキニレ。一方の私は背筋が冷たくなるのを感じ両手をブンブンと振った。ところが私たちの話を聞いていた副団長まで「我々もその司祭服の男については分かりかねますが…ダンジョンでそういったモノに遭遇した際はあまり刺激しない事が賢い選択かと」なんて言い出した。
「え、どういう事ですか…?」
恐る恐る訪ねても副団長は「そのままの意味です」としか返してくれない。ちょっと笑ってるし。イジワルな大人二人に対して私は白い目を向ける事しか出来なかった。