029_花粉怪鳥ヘルフィーブ①
うへえ、花粉…。どうやら私とガスタは花粉飛び交う中、お客様先へ魔法陣をリリースしに行かなければならないようだ。
勿論リリースが今日になることも考慮して準備を進めてはいた。それに私だってこの案件を担当しているのだ。私は自分の頬をぴしゃりと叩く。花粉は怖い。けれど私はリリースへの覚悟を決めた。
ガスタはすぐにリリースの準備を開始。私も魔導書やリリースの手順書など、必要なものをバッグに詰め込む。すると彼がどこかからゴーグルを持ってきた。
「会社の倉庫を探したら見つかった。君も付けるといい」
「もはや意味ありますかね?」
「じゃあ付けるな!」
「つ、付けます!」
ついにスイーツ店――アップルジャムに魔法陣のリリースをする。具体的にはスイーツ店のゴーレムにこの魔法陣を登録(焼き付け)に行くのだ。登録が済めばそのゴーレムはいつでもその魔法を使えるようになる。リリースする魔法陣もきっちり用意し、これで準備は完了である。
「二人とも…ちょっと待って!」
ガスタとワークツリーを後にしようとしたところ、アキニレに呼び止められた。(相変わらず花粉で死にそうな声だ)彼は開発室奥からお香を抱えてきた。青緑色の煙がみるみるうちに開発ルームへと広がっていく。
「社長が花粉対策グッズを…購入してくださったよ」
「これはお香…ですか?」
「これは特殊な魔法道具だ。このお香を浴びると…三十分は花粉が付着しにくくなるそうだ」
「凄い!」
「どこに行っても売り切れだったが…ご自身のツテでゲットしたらしい」
さすが社長だ! 社長への尊敬と感謝の気持ちが溢れかえる。小太りのおじさんとか思っていてごめんなさい。しかしガスタはいつも通り捻くれた顔をしている。もちろんその声も捻くれていた。
「ふん、君も甘いな。これは『これで花粉症でも働けるよな?』っていう社長からのメッセージでもあるんだぞ?」
「え、本当ですか…?」
「ああ、社会とはそう言うものだ」
そんなことを愚痴りながらも私達はワークツリーを後にした。外に出ると更に花粉がその勢いを増す。花粉の吹雪に身を投げているかのようだ。しかしお香によって花粉の症状が少し和らいだ様な気もしている。私達は淡々とトランの大通りを下った。スイーツ店――アップルジャムは駅の向こう側にある。
「やっと駅前までついたな…」
ガスタが独り言のようにつぶやいた。いつも賑やかな駅前広場にも人の子一人いない。この階段状の円形広場は大道芸のピエロとお客さんで混雑している筈だ。ここまで来るのに二十分、普段の倍以上の時間がかかっていた。お香の残り時間は間に合うだろうか。私は先導するガスタをやや早足で追いかける。
「あともう少しだ」
「はい、ギリギリお香の効果も持ちそうですね」
そう言ってガスタの方へ視線を移した時だ――
彼の頭上に大きな黒い影が落ちる。その影はスルスルと滑り、私達の中央で停止した。どうやら空中でホバリングしているらしい。私達は慌てて空中に視線を移す。直後、大男の咳のような低く鈍い鳴き声が響き渡った。
「ボッファ、ボッファッ」
黄緑色の大きな身体が私達の視界に飛び込んでくる。翼を広げた姿は五メートル以上…。その姿に私達は戦慄、ガスタが誰に言うでもなく言葉を漏らす。
「バカな、今朝の新聞だと北部の方に居たはず」
――花粉怪鳥ヘルフィーブが出現した。