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◆◆◆暗躍の始まり

とある魔力の残滓_四月十三日(日)


 ここはトラン郊外の冒険者ギルド、ロックファミリー。大きくはないが、それなりに歴史のあるギルドだ。ギルド周辺は〝錠前のシェアルフォード〟と呼ばれる更地がある。かつてギルドマスターのクランプと、巨大ドラゴンが戦った場所として語り継がれており、今では冒険者の特訓場となっている。


「少しだけ、あと少しだけ待ってください!」


 草木も眠る丑三つ時に三つの人影があった。一人はロックファミリー職員の制服を着ている。まだ二十代の外見だが、目にはクマがあり、皮膚は荒れていた。男は地面に四つん這いとなり、眼前の二人に許しを請う。


「もうすぐ給料日なんです! 一部だけでもお返しいたしますから!!」


 彼らは借金取りではない。世界樹の青窓の幹部――武威の紅核と、その部下――コフィである。今はローブ来ており、その素性を知る術はない。幹部は這いつくばる男性に、冷たい視線を落とす。コフィが彼に事の顛末を説明した。


「彼の名はダンベ、冒険者ギルド、ロックファミリーの職員で、受付等を行なっています。年齢は二十五歳、新社会人三年目。仕事のストレスからギャンブルに手を出し、借金漬けの生活を行なっており…世界樹の青窓にも五十万レムの借金がございます」


「なるほど、〝試験体〟にはおあつらえ向けだな」


 二人の会話をよそに、男はまだ彼らのことを借金取りと勘違いしている。彼は大声で弁明を喚いた。


「俺はハメられたんだ! 居酒屋で飲んでたら、突然知らない女にギャンブルを勧められた!! 絶対に勝てるギャンブルだって」


「何を言っているんだ?」


 紅核の言葉に、男は益々声を張り上げる。


「ああ、俺も最初はおかしいと思ったよ。でも勝てたんだ! だから続けた!!」


「…」


「金が手に入ったし、何より自分が〝全てを見透かす立場〟なのがよかった! 負ける方に賭けている奴は、運命に見放された雑魚!! これこそが俺の求めていた主人公補正!!! 俺たちは最強のコンビだった。なのに、それなのに――」


「…」


「一番大切な勝負で、あの女は予想を外しやがった! 千万レムの借金だぞ? 何年働いたらいいんだ!?」


「…自業自得だな」


「うるさい! 本っっっ当に仕事が辛かったんだ。月に百二十時間の残業! しかも冒険者共はギルドの敷地で暴れるし、叫ぶし、酔って吐く!! 妻は仕事の愚痴なんか聞いてくれない!!!」


「嫁に借金も黙っているのか」


「言える訳ないだろ! もう少し考えて喋れ!!」


「なら真実を知って…彼女はさぞ驚いたでしょうね」


 そう言って部下のコフィはペンダントを取り出した。それを見た男の顔が青ざめる。


「お、お前ら、妻に…妻に、何をした!?」


 ダンベは狂ったような声を上げる。思えば最初から彼の情緒はおかしかった。まるで外部から精神攻撃を受けた後のようにも見える。そして男の興奮がピークに達した時、それを察した紅核は一枚の魔法陣を起動した。宙に浮かび上がったそれはドス黒い輝きを放つ。


「只今より魔物化実験を開始する」


 魔法陣を起動すると、男の周りに魔力の渦が生成される。それは男の感情を糧にして、みるみるうちに肥大化していった。朽ちた内臓のような、悍ましい漆黒をしている。


「な、なんだこれ!?」


 彼は慌てて渦から脱出しようとするが、それは叶わない。渦に触れた男は苦しみ悶えながら、地面に伏した。


「アンタら何者だ!? 借金取りじゃ…ないのか!?」


「本当に鈍い方…」


 コフィはがローブを脱ぐと、ダンベは大きく目を見開いた。


「居酒屋での貴方の愚痴は…本当に酷いものだった。でも貴方が無事に借金を背負い、ここまで辿り着いて下さったことに感謝を示します」


「あ、アンタらは一体…」


 そこで男の意識は途切れている。そして少し時間を置いた後、渦を打ち破って一体の魔物が現れた。花粉怪鳥ヘルフィーブ。花粉の権化と呼ばれ、花粉をばら撒くことで狩りをする災害魔物だ。ただし本物のヘルフィーブと比べると、少し人相が悪い気がした。成り立ちを考慮すると、別種と考えるのが自然だろう。


「コイツは花粉怪鳥ヘルフィーブSWセカンドウェーブとでも名付けようか。ご苦労だったな、コフィ」


「いえ、最初から他責思考が強く、メンタルの弱い者を選びましたから。このサンプルは捕獲いたしますか?」


「いや、コイツは少し泳がせる。あわよくば流れの冒険者と戦わせて、肉体スペックのデータが取りたい」


「承知いたしました。では、監視魔物をつけます」


 二人は黒い魔法陣を魔導書に戻すと、ギルドを後にした。魔物は花粉をまき散らしながら、トラン城の方角へと消えていく。民間人の魔物化実験、これはまだ序章に過ぎない。



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