027_花粉都市
リンの日記_四月十四日(月)
もはや日常なので日記には書いたことはなかったが…私は花粉症である。四月は目も喉も痒いので、春って響きにキレそうになる。この感情はどこにぶつければよいのだろうか。
――花粉なんかこの世からなくなればいい。
土曜日から花粉の量がえげつない。土日は外に出る事もままならず、私は家に引き籠っていた。そして月曜日の今日、目が覚めるとはっきりと花粉の存在を感じ取る。明らかにいつもより辛い。なんなら目を開ける事すら困難なレベルだ。今日は休日じゃないから出勤しなくちゃいけないのに…。
「オレちゃんの目があああっ!」
花粉症の被害はこのクソドラゴンにまで及んでいる様だ。残念ながらこの二頭身ドラゴン、身体が小さいので腕を伸ばしても目に届かない。よって痒い目をかく事もできず…たまらなくなって顔面を部屋の壁に打ち付けていた。
「オレちゃん、今日は会社行かない」
「え、私は行くんだけど! ズルくない!?」
「ズルくないわ! 普段は『来るな』って言う癖に今日は『来い』って言うのか!!」
「だから魔物がまともな事を言うな!」
仕方ないのでラムスは部屋に放置。私は濡れたタオルで顔を覆いながら会社へと向かった。今日は街を歩く人も少ない…。これも全てはアキニレの言う魔物――花粉怪鳥ヘルフィーブの仕業らしい。
「やあ、リン…おはよー」
会社ではアキニレも死にそうだった。いつものヘラヘラ顔ではなくニ十歳ばかり老けている。机に突っ伏しており私よりきつそうだ。次にアセロラが二階へと上がってくる。信じられないことに彼女は通常営業だ。
「おはようございまーす!」
「アセロラは大丈夫なの? 花粉…」
「うん、私は花粉症じゃないし」
あっさり答えおった。火属性の魔法使いは体温が高く、花粉症になりにくいって聞いた事がある。いつだって世界は不公平なのだ。もしかすると彼女が持つ陽の者オーラが花粉を弾いているのかもしれない。きっとそうに違いない。
「ちなみに花粉怪鳥ヘルフィーブってどんな魔物なんですか? 私の古郷では聞いたことがなくて…」
このタイミングで質問していいものか悩んだが、聞くなら今しかない。すると死にそうなアキニレに代わってアセロラが答えてくれた。彼女は手を大きく広げると鳥のようなポーズを取る。
「巨大な鳥の魔物だよ…翼を広げると五メートルくらいの…」
ちょっと彼女の説明だけじゃ分からないかな。そう思っていたらアキニレから一冊の本を手渡された。分厚い魔物図鑑だ。彼の開いたページには黄緑色の大きな鳥が描かれている。幕のように張った翼以外は毛量が多く、モッサリとした印象を受けた。翼を広げていないと若干フクロウみたいで少し可愛いかも。コイツが花粉の大量発生と関係あるのだろうか。するとアセロラが説明文のところを指す。
「この魔物はリスや猫みたいな小動物を食べるんだけど…狩りの仕方が独特みたいだよ」
「狩り…?」
「樹から花粉を集めて宙にばら撒く。それで弱った動物を捕まえるの」
――何だ、そのカスみたいな奴は。
少しでもこの魔物を〝可愛い〟と感じた自分をぶん殴りたい。テロ野郎である。この都市に公共の福祉なんて言葉はなかった。あとアセロラもけろっとした表情で喋りやがって。これ、とんでもない事だぞ。(八つ当たり)
「毎年、この時期になると怪鳥がダンジョンを飛び出してトランを襲うんだよ。それでトラン中の冒険者ギルドが怪鳥を討伐しようとするわけ。だって報酬が凄まじく高いからね」
アセロラだけやや危機感が足らん。きっと花粉書じゃない人間からすればこの怪鳥騒動は春の風物詩くらいの扱いなのかもしれない。今日もアセロラは可愛いが、今だけはちょっと頭に来た。(八つ当たり)
その後ガスタも到着して、チームアキニレで簡単な朝礼を行った。アップルジャムから手紙が届き、予定していたパイ生地を作る魔法のリリースは延期となったそうだ。(怪鳥が出現すると多くの店が休業にしてしまう)ちなみにこんな状況でもアキニレとガスタには仕事が残っている。朝礼が終わると彼らは目をゴシゴシこすりながら、魔法陣と向き合っていた。これが社会人か…。何か手伝えることはないかと尋ねてみたが「と、とりあえず…大丈夫」と返されてしまった。新社会人は無力である。
アキニレは「今からでも有給使ってもいいよ」と言ってくれた。が、最早どこにいても花粉から逃れる術はないだろう。それにこのクソ魔物に有休をくれてやるのは絶対に嫌だった。今日は【パイ生地を生成する魔法】の最終調整とシステムテストを行う。魔法陣自体はいつでもリリースする準備は出来ている…。