232_岩と柳
そして渦を打ち破って、巨大な鋏が姿を現す。全長十メートルはある、鯨みたいな大きさの脚が八本。二つは特に太く、巨大な鋏がついていた。それらの脚は全て宙に浮いており、中央には核と思われる巨大な宝石が浮いている。巨大な蟹を分解して、脚だけ核の周囲に浮かべた感じだ。甲殻類というより、ある種の精霊に近い。そして宝石はどこからともなく表れた宝箱に格納された。宝箱は地上から二メートル程の高さに浮いており、中央の核を守護している。
「俺の新しい名は…偽宝甲帝グランドミミック・ハッシュ」
巨大な鋏がアロエス目掛けて、振り下ろされた。彼女は咄嗟に攻撃を回避。鋏の一撃が地面を叩き割った。あの鋏を相手にしたらダメだ。私は中央の宝箱に向けて、石を放つ。
「スロトン!」
【スロトン_投石強化の魔法】
だが私の攻撃は宝箱にすら届かない。なんと宝箱の周囲に球状の結界が張られていた。結界による魔法セキュリティと、宝箱による物理セキュリティの二重防御…これは厄介だ。しかも魔物化直後の魔物は魔力が潤沢である。よってあの結界を破るのは至難の業…。
そして分厚い装甲で再認識したが、私の知っている〝ミミック〟とはだいぶ違う。ミミックって宝箱とかに擬態する魔物のことを指すはずだ。目の前のアレは魔物が剥きだしすぎる(脚も鋏も宝箱の外だし)。なおヘイトを買っているアロエスは、敵の攻撃をよけつつ魔物と対話を試みた。
「どうして盗賊団を裏切ったのかしら?」
すると宝箱に側面に口が開く。鋭い牙を持つ怪物の口だ。
「俺と君は相入れない存在だった」
「へえ、初耳ね」
「だろうね。盗賊団を結成してから、俺はミストじゃなくて盗賊団の幹部Aになったわけだし」
「…話を逸らさないで」
少し間をおいて、ミストからの攻撃が止んだ。盗賊と魔物は正面から対峙する。
「技術に善悪はない、これは俺もその通りだと思う。けど、俺にとって仕事を選ぶ基準は善悪じゃない」
「じゃあ、貴方は…何を基準にするの?」
「大切なのは善悪よりも、影響力だ。君が悪行として断った依頼の中には、我々の存在を大きく世に知らしめられるものや、大金がもらえるものもあった。だが、君はそれらを断った」
「要するに貴方はお金が欲しかったのかしら?」
「間違ってはいない、アロエスが目の前で苦しむ人間をほっておけない事も知っている。だが君の子供っぽい理屈が盗賊団を苦しめていた。それに金と影響力がある方が…結果として多くの人間を救うことができる」
「…」
「そう考えると、君のやってきた事はおままごとさ」
アロエスは何も喋らなかった。ミミックも攻撃を一時停止している。これはチャンスだ。私は大きく振りかぶり、全力の投石を行った。しかしやはり結界は壊れそうにない。私の投石に魔物が反応する。
「リンか…ちなみに君はどう思う? 俺とアロエス…どちらが正しいと思う?」
「え、私!?」
そんな、いきなり振られても…そう思った直後、脚の一本が私に向かって飛んできた。プロの盗賊は会話の中に生じる一瞬の隙をつく。や、やられた…!
「リン、惑わされるなっ!」
飛び出してきたソルが攻撃をはじき返す。
「ソル…!」
「自警団、戦闘準備! タランチは盗賊達の拘束を一時解除しろ。ブリックは鋏の動きを妨害だ!!」
アロエスのダメージが限界、ソルの参戦はまさに「渡りに船」なはず。タランチはすぐに糸の拘束を解除し、下っ端の盗賊を逃がす。確かにコイツ等を庇いながら戦う余力はない。ところがブリックはすぐに戦闘に加わらなかった。それどころかソルに対して、刺すような視線を向ける。
「盗賊、犯罪者と共闘することはできない。俺は反対だ」
大きな男二人が向かい合った。ソルは筋肉隆々で、見るからにガタイが良い。ブリックにソル程の筋肉量はないが、無駄のない引き締まった身体が制服の上からでも分かる。二人の真剣な眼差しに、張りつめたものを感じ取っていた。
「ブリック、ならお前はどうしたい?」
「リンを連れて一時撤退すべきだ。気を失っている盗賊どもは置き去りにするしかないが、自業自得だろう。犯罪者との協力は…それもまた罪だ」
「いや、何よりも人命を優先すべきだ。柔軟に動けば、全員で助かる道がある」
二人の主張が真っ向から対立する。両者の一番の目標は、被害者(私)の救出だ。いやはや、本当にありがたい。だが問題はその次である。ルールを破ってでも、盗賊を助けたいソル。盗賊を見捨ててでも、ルールを守るべきとするブリック…。そんな中でタランチがブリックの主張に噛みついた。
「ブリック先パイにも考えはあるんでしょうけど、ソル課長は〝課長〟ですよ~」
ところが男がぶれる様子はない。
「その課長様が自ら法も、灰翼之法度も犯そうとしているのだ。それを止めるのは副課長の仕事である。自警団が正義を扱う以上、例外などありえない」
――ど、どうする!?
横の繋がりを重んじるソルと、縦の繋がりを重んじるブリック。正反対の二人だが、まさかこんなところでも主張が食い違うとは。そうこうしている間にも、ミミックの親玉は私達を潰そうと攻撃をしかけてくる。




