002_新入社員とダンジョン
リンの日記_四月一日(火)
ダンジョンとは自然や遺跡から生成される迷宮の事だ。
ダンジョン内部や周囲には魔物が湧き、最新部にはボス個体と呼ばれる強力な魔物が存在する。魔物を倒すと高価な財宝や強力な武器が手に入るのだ。それを求めて多くの冒険者がダンジョンに挑戦する。
――リスクでありロマン、それこそがダンジョンである。
ちなみにダンジョンが出現する仕組みは解明されていない。だが荒野や森、都市など様々な場所に突如出現する。周囲に魔物が湧く為、付近の住民たちは避難するしかない。よってダンジョンは災害といっても間違いではない。なおダンジョンは突如消滅する事もあるがこちらも条件や仕組みは解明されていない。
私の祖母も冒険者だった。私は好戦的な性格ではないし、冒険者になってキャリアを積むだなんて絶対に無理。ただ魔物と遭遇した場合の対処法や基本的な戦い方は、幼いころから叩き込まれたものだ。社長から突然「ダンジョンへ行け」って言われても取り乱さなかったのはそういう経験からだ。
――朝八時。
ワークツリーにて先輩社員――アキニレと合流した。
アキニレは眠そうに瞼をこすっていた。が、私に気が付くと右手をヒラヒラと振って合図した。私もやや眠い。昨日は不安で殆ど眠れなかった。
「今日は何をするんですか?」
歩きながらアキニレに質問する。
私の装備は自前の魔導書一冊のみ。アキニレの装備も魔導書一冊のみだ。格好も昨日と殆ど変わらない。とてもダンジョンに行く人間のそれではない。アキニレは「あー、そうだね」と呟くと人差し指を立てた。
「俺らは魔法道具のプロだ。今日は冒険者と一緒にダンジョンへ行って、彼らのサポートをする。業務内容は主に二つ」
「はい」
私は相槌を打ちながらアキニレの顔を見た。
「まず一つ目、ダンジョンには数多くのトラップや装置が存在する。それらの多くは魔法道具だ。その仕組みを調査して危険なトラップを停止したり、必要な装置を動かしたりする」
「な、なるほど…」
「次に二つ目、冒険者とダンジョンに同行して、彼らが使う魔法道具のメンテナンスをする。今回はこっちが主かなー」
魔法道具とは〝魔法使い〟ではない一般人が魔法を使う為の装置である。
「メンテナンスって何をするんですか?」
「そうだなー、道具の調子が悪い時に原因を探したり、魔物に壊されたときに直したりするよ。あとお客様の要望に合わせて簡単な改造とかもするかなー」
で、出来る気がしない…。
「えっと、私に出来ますでしょうか…?」
私は恐る恐る訪ねた。
「今日は見学だけでいいよ」
「え?」
「そもそも今日同行するのは俺一人の予定だったからさ」
「あ、そうなんですか…?」
「うん、昨日になってお客様から『あのダンジョンは五人以上じゃないと入れないルールだったのを忘れてた。数合わせでいいから二人用意してくれ!』って頼まれちゃって」
「な、なるほど…」
なんだ、人数合わせか。
私はほっと胸をなでおろした。昨日、社長と大男が揉めていたのもその事だったのだ。てっきり何か難しい事を任されるのかと思っていた…。ダンジョンとか魔物よりもそっちが怖くて仕方なかったのだ。
「昨日のお客さんいたでしょ? あの大きな男性」とアキニレは続ける。
「いましたね。熊みたいな体格でフル装備の…」
「あの人、ウチの社長のお兄さんなんだよ。だからたまに無茶ぶりがくるのさー」
な、なるほど、兄弟だったのか。たしかに二人とも小太りで声がやたら通っている。言われてみれば顔つきも似ていたかもしれない。因みに今日、団長はダンジョンに来るのだろうか。私は人見知りな上に、声が大きな人はあまり得意ではない…。
「社長のお兄さんは今日も来るんでしょうか?」
「今日は来ないと思うよ? 代わりには副団長が来る」
「副団長ですか?」
「ああ、優しい人だから安心していいよ」
「それは…助かります」
業務に対する不安がかなり軽減された。今日はダンジョンで作業の見学を行えばいいし、あのイカツい団長と会う事もない!
私が安堵の息を吐いたその時だ。茂みからガサガサと音がした。私とアキニレは同時に音の出どころに顔を向けた。
ゴブリンだ、それも三体。
尖がった耳と鼻、緑色の皮膚。身長は六十センチ程で、腰にレザーの腰当っぽいものを巻いている。前の二体は棍棒、そして後ろの一体は弓を構えていた。
「キシャァアアアアアアッ!!」
後ろのゴブリンが金切り声をあげた。興奮して赤く充血した瞳。あまりに突然で心臓が跳ね上がるのを感じた。
しまった、目が合った!
興奮状態のゴブリンとは目を合わせてはいけない。そうお婆ちゃんから学んでいたのに。興奮したゴブリンが私目掛けて棍棒を振り上げた!