018_兆候
駅前の診療所はそれなりに混んでいた。待合室の椅子は全部うまっており、私とアセロラは立ったまま番が来るのを待っていた。彼女は次々と話題を提供してくれるから本当にありがたい。
アセロラは火属性の魔法使いだそうだ。魔力は人によってそれぞれの性質があり得手不得手がある。〝火属性の魔法使い〟とは火属性の魔法を使うのが得意な魔法使いという意味だ。確かに明るい彼女に火属性はピッタリな気がする。
「リンは何属性?」
「わ、私は…その、土属性だけど」
「へえ! いいじゃん土!!」
「うーん、モブキャラっぽいから微妙…」
私は土属性の魔法使いだ。残念ながら土属性はトランの中で最も数が多く…全体の五割を占めているそうだ。圧倒的な脇役属性である。まあ私自身もモブキャラ的なので運命かもしれないが。
「アセロラの火属性は都会って感じがして羨ましい」
「そんな事ないよ」
よく火属性、雷属性の魔法使いは都会に多いと言われている。血液型占い程度の信用度だけど、私は結構当たっていると思っちゃう。まあ占いとかの話は楽しいし。
「百十五番でお待ちのリン様」
看護師さんの高い声がした。やっと私の番だ。
診察室には小さなベッドと木製の机が置いてある。机の上には山盛りの書類やガラス瓶に入った薬らしきものが所狭しと並んでいた。
「どうぞ、そちらに座ってくださいな」
医者は白衣をまとった美人なお姉さんだった。女性である事は少し安心かもしれない。ワインレッドの髪で、頭から獣のツノが生えている。牛の獣人だろうか…? 彼女の鼻と唇には小さな銀色のピアスが付いていた。鼻のピアスなんて見た事ないのでついしげしげと眺めてしまった。
「あら、ピアスが気になるの?」
「え、あ、ジロジロ見てしまいすみません…!」
「フフ、いいのよ? 鼻翼のピアッシングがノストリル。鼻中隔に通しているのがリングタイプのセプタム。口の方はリップピアスとラブレットね」
「す、すご…」
な、なんか都会の女って感じでやんす。
診察が始まると、まず私の健康状態について軽くヒアリングされた。会社の業務でダンジョンに行った事やゴーレムが襲ってきた事を話す。が、神父服のプラナリとドラゴンの事は話さなかった。何となく…誰にでも話していい内容だと思えなかったから。それに早く終わらせたかったし。
「なるほど、疲れは溜まっているでしょうねぇ」
医者は机に置いてあった眼鏡をかける。すると小さな紫色の魔法陣が宙に現れた。どうやらあの眼鏡は魔法道具らしい。古郷の診療所ではこんなの見た事ない。彼女は魔法陣を起動すると、その眼鏡を使って私の事を上から下まで眺めた。
「うん、骨も折れてないし筋肉も大丈夫そうだね」
「あ、ありがとうございます」
「それとアナタ、凄く良いわよ…お尻の形」
「んっ、え、あ!?」
「よく鍛えられているわ。ちょっと触診したいくらい」
「い、いやいや大丈夫です! 本当に大丈夫なんで!!」
お医者さんの悪ふざけで顔が真っ赤になった。その眼鏡、私の事がどう見えているのだろうか。いやあまり知りたくないかも…。診察の結果、私は軽度の過労との事だった。
「魔力切れの症状もあるから点滴も打っておきましょうね」
「時間かかりますか?」
「三十分くらいかしら? 魔力切れじゃなくて魔力中毒の方なら早かったのだけれど…あちらは【魔力放出の魔法】を受けるだけでよいから」
「そ、そうなんですね…」
結果、三十分きっちり点滴を受けた。まあ身体が元気になったのでよしとしよう。私は牛のお姉さんにお礼を言うと、勢いよく診療所を後にした。
――さあ! 服を新調しに行こうっ!
病院を後にした私たちは露店で昼食を済ませつつ、駅の周辺をブラブラ歩いて回った。この辺りには服のブランドが数多く出店しているそうだ。高級志向な店や学生向けの店、メイドみたいなフリフリばかりを扱っている店もある。ちなみにバザールの方まで行けは古着屋さんも在るそうだ。(アセロラ談)
「〝IF〟なら安いし可愛いから大丈夫!」
私たちは駅前のアパレル――IFに入店した。学生時代からアセロラ行きつけのブランドだそう。(行きつけのブランドだってさ、私も言ってみたい!)
黒を基調とした店内は何だか大人っぽい。本当に安くて可愛い服を取り扱う店なのだろうか。というか私のような芋女が存在してもいいのだろうか。私が今着ている服はとにかくダサく、このギャップに発狂しそうになる。なお語彙が無さ過ぎて数々のお洋服を〝お洒落〟としか形容できない。何だか怖くなってきた。後ずさりすると後ろのマネキンに頭をぶつけてしまった。振り向くとこのマネキンもお洒落なドレスを身にまとっている。
――このマネキン、リザードマンより怖い。
完全に脳が機能を停止、私は店の入り口に戻り猫背で小さくなっていた。そんな私を見かねてアセロラがお勧めを見繕ってくれる。
ああ、女神…!
彼女のおかげで私はかろうじて服屋の隅で生存する事が出来る。まるでダンジョンで助けてくれたガーゴファミリーのようだ。彼らが魔物を倒して回った時の感動がここにもあった。
だがしかし――
アセロラから受け取った服を広げてみて、私は戦慄した。
肩のところに布がない!
こっちはヘソが丸出しになる!
「ちょっとこの服、露出多くない?」
「え、そうかな??」
アセロラはきょとんとした顔をこちらに向けた。はい、可愛い。彼女は本当に可愛いのだが…そのオススメはかなり露出が多い。
何故だ、アセロラ。
「もう少し落ち着いたやつがいいかなって…」
「こんなもんだよ、ウチのママだって『脚は出せるうちに出せ』って言ってたし」
なんて事を言うんだ、ママ!!
そんなお母さんがいるのか!?
私の家では「お腹冷やすと風邪ひくわよ」しか言われた事がない。そもそも母と私がお洒落の話をした事がないかもしれん。そうか、アセロラが陽の者で、私が根暗なのは運命で決まっていたのか。さらっと故郷に責任転嫁を行いながら、ブラウス二着と、新しいスカートを購入した。出来る限り無難な服をチョイスしたつもりだ。ブラウスは白のシンプルなもの。だが、首元の黒いリボンが可愛かった。こういう繊細な可愛さが好きだ。一方のアセロラはやや膨れていた。申し訳ないが彼女のお勧めは一着も購入しなかった。
「なんか無難じゃない!?」とアセロラ。
「だって今日買ったのは会社に着ていく服だし…」
――私がもっと都会に染まったら買ってやるよ。
心の中でそう告げた。
私は同い年の友達があまり多い方ではない。昔から一人で絵を描いている子供だったから今日みたいな経験は新鮮だ。でも慣れないアパレルに私の体力ゲージはギリギリである。部屋に着くとすぐベッドに横になった。
「それにしても今日は本当に彼女の世話になった」
アセロラは明るくポジティブでコミュニケーション能力も高い、しかもお洒落で可愛い。彼女は絶対友達も多いだろうし、これから社会人として沢山の交流関係を築いていくだろう。そしたら私の事なんか忘れてしまうと思う。だから…せめてそれまでは仲良くできるといいなあ、そんな風に思っている。
「そう思える友達が出来たのはきっと良い事だ」
――そうに違いない。
横になってから身体が妙にだるい。頭がチカチカして熱を持っているのが分かる。風邪だろうか? もしかすると金曜日の疲れが今になって出てきたのかもしれない。アセロラに助けを呼ぶ気力もなく、私はベッドの上で意識を手放した。