014_隠しエリア
「ここだけ…空気の流れが変だ」
彼女はそういうと壁に向けて右手を伸ばした。
「「あれ!?」」
私とアキニレは驚きで声を漏らした。彼女の手は壁に触れる事なく、そのまま壁をすり抜けたのだ。確かに壁は私達の前に見えている。しかし見えているだけで触れる事は出来ない。まるで蜃気楼のようだ。
「幻覚魔法だね。この先に何かある」
アキニレが静かに告げると、副団長も頷いて同意した。
「この壁の裏側に空間があるようですね。我々の探している〝隠しエリア〟かもしれません。リン君のお手柄ですね」
「い、いやいやいや、運が良かっただけです」
私は照れ臭くなって、小さく肩をすくめた。アキニレも嬉しそうだ。死にかけたのに本当にタフな人である。しかしあの神父服は何だったのだろうか。きっと奴はこの先にいる。隠しエリアに関係があるという事は彼もダンジョンの一部なのだろうか。まさか魔物なのか。しかしあの男にはアキニレを助けてもらった恩もあるし…。
「ニ十分後、この先のエリアに突入します。各自準備を整えておくように」
副団長の指示で私たちは最後の小休止を取る事になった。アキニレがガーゴファミリーの魔法道具をメンテナンスしている。フリュウポーチの魔導書だけでなく、バーナの大盾も魔法道具らしい。中に魔法陣を幾つか組み込んであるそうだ。
私も自分の魔導書を再確認した。学生時代から愛用している護身用魔法の魔法陣は一揃え持ってきた。あと完成した【メガ・ヴレア・ボール】【ヴレア・ボール】も。例外もあるが基本的に開発団体は魔法陣を複製してもよいそうだ。無断での複製は違法だし、そもそもセキュリティでブロックされている。
「よし、そろそろ行きましょうか」
いよいよである。私たちはバーナを先頭に謎のエリアへと踏み込んでいく。私はゴクリと生唾を呑んだ。この先には何が待ち構えているのだろうか。あの神父服が敵でない事を願うばかりだ。
「ああ、なんだこりゃあ?」
すぐにバーナの声が聞こえた。
「大丈夫ですか?」副団長が声を掛ける。
「ええ、大丈夫っすけど…」
私達が穴を抜けるとそこには更に小さな空間が広がっていた。学校の教室くらいだろうか。洞窟のようになっている。洞窟に一匹のジャコが浮いていた。ジャコとは魚の下級魔物の事だ。大きな目が真ん中についており、ややグロデスクな見た目をしている。魔物は私たちに気が付くと大慌てで空気中を泳ぎ、私たちが来た方から外へ逃げて行ってしまった。
「ジャコは本来このダンジョンにはいません。やはりこの先には何かがあるのかもしれませんね」
副団長が静かに告げた。
広場の奥には更に大きな扉がある。石で出来た両開きの扉だ。さっきのゴーレムが通れそうなほど大きい。しかし表面には繊細な彫刻が施してある。よくみると植物がモチーフのようで、まるでこれ自体が別のダンジョンの入り口みたいにも見えた。
「とても手動で開きそうにはありませんね…」と副団長。
「魔力を流せば自動で開閉する可能性もあります」
そう言ってアキニレが扉に近づこうとした。しかし扉まで一メートル程まで近づいたとき突如結界が現れた。青緑色で半円形の結界が扉を覆い隠している。
「これ以上は進めそうにないな…」とアキニレ。
「結界ごとぶち壊しますか!」
そう言ってバーナは盾を構えたが、副団長から「落盤の可能性を考慮しなさい」と怒られていた。私はこの結界に見覚えがある。アキニレを助けたあの結界だ。私が「神父服の仕業ですかね…」と呟くとアキニレは両腕を組んだ。
「その可能性張はあるね、ほらあそこ――」
アキニレが指さしたところ――扉の端に青緑色の魔法陣が光り輝いていた。アキニレは魔法陣に近づくと、顎に手を置いた。
「この扉自体に魔法陣が焼き付けてあるから…結界を張る魔法道具となっているな。でもこれだけ強力な結界魔法なら消費する魔力も大きい筈。魔力タンクになりそうなものは見当たらないし、誰かが定期的に魔力を充電しないと維持できるとは思えない」
「それがリン君の言う〝神父服〟かもしれないという事ですか」
副団長も魔法陣を覗き込んだ。
ちなみに魔法陣の隣にはアンティーク調のダイニングチェアが置いてあった。脚は金属性で繊細な装飾が施してあり、背面はワインカラーの革製である。まるで貴族が使うものみたいだ。砂埃を被っているが洗えば高く売れそうである。この椅子は何だろう。もしかしてこの扉の先にあったものだろうか。
――謎は深まるばかりである。