ミッドロージアン姉弟との出会い 2 (フェルナン)
その後耳にしたのが、“残念美人”“花より団子”と、なんとも不名誉な彼女のあだ名だった。ある意味その通りな部分があるのだが、それが全てではない。確かにジェシカは、他の令嬢が騒ぎ立てるような婿候補筆頭の男達は眼中になかった。澄んだ緑の瞳に映すのは、料理ばかり。その食べっぷりもかなりなものだった。だが、“残念”とはどういうことか。大人しく夫に付き従う女性を求める男からしたら、ジェシカの言動は程遠いものだっただろう。けれど、それで彼女を“残念”と言うのはあまりにも失礼ではないか。と、現場での彼女の言動を見ていただけに、イライラしてしまった。
身分のある者は、多少食べ物が無駄になったところで気にも留めないだろう。まして、生産者のことなど考えたこともないだろう。けれど、ジェシカは違った。
ほんの気まぐれで、ミッドロージアン家のことを調べてみた。すぐにわかったのが、彼女の家があまり裕福ではないということだった。なるほど。だからこその言動だったのか。それから、父マーカスをはじめ、彼女の家族はずいぶんと領民から慕われていることもわかった。確かに、マーカスはいかにも人のよさそうな雰囲気だった。おそらく、彼女の家の貧困の理由は、そのあたりにあるのだろうと予想した。
ジェシカとの二度目の対面は、それからしばらく経ってから参加した夜会だった。警備の当番に当たっていなかった私は、いつもの騎士の装いではなく、堅苦しい貴族の装いで出席する側の人間になっていた。本来、夜会など面倒なものに出席したくはなかった。が、これでも侯爵家の人間だ。理由をつけて欠席するのはほどほどにして、渋々顔を出していた。
「あら、フェルナン団長さん。ごきげんよう。この子、私の娘のグレイスです」
「フェルナン様。私と踊っていただけませんか?」
「それなら、次は私と……」
かつては戦の鬼と呼ばれ、おそれられていた私のこと。仕事柄、普段から目つきが鋭くなりがちなことは自覚している。おまけに、大柄な体つき。女性や子どもからは、どちらかと言えば怖がられることの方が多かった。おまけに、34歳ととっくに結婚適齢期の過ぎた独り身だ。好かれる要素はないと自覚していたし、それでいいと思っていた。しかし、情勢が落ち着いてきた昨今。どうやら貴族の女性の間で、私の価値はずいぶんと上がっているようだ。戦の功労で陛下からの覚えもめでたく、与えられた数々の勲章。侯爵家の人間といえども継ぐのは兄で、自分はお気楽な次男だった。爵位を継がない次男坊など、婿入りを望まない限りそれほどの価値はない。けれど、褒賞の一つとして伯爵の称号を与えられてしまえば話は違う。一気に将来有望な婿候補の出来上がりだ。
夜会でのダンスとは、そもそも男の方から誘うものではなかったか?と、思わず返しそうになるのを堪え、のらりくらりとかわす日々。結婚願望はないのかと問われれば、あるとは思う。おそらく。今は気楽な独り身でよくても、将来ずっとそれでいいのかと考えると、それはそれで寂しさも感じる。では、相手は誰でもよいのかと言えば、そんなわけがない。いくら美しい女性だったとしても、常に自分に従うだけの妻など不要だ。なんの面白味もない。では、積極的な女性ならどうかと言われたら、それも考えものだ。意味のない下世話な噂話を垂れ流す女性などもってのほか。男に強請るばかりの女など、鬱陶しいだけ。こうして自分から近付いてくる女性は、私の地位と金が目的なのだと早々に気が付いて、必要以上にかかわらないようにした。いつかは想いあう女性と結婚したいと思いながらも、“この人ではない”と門前払いするかのように避けてしまっていては矛盾していると自分でもわかっている。だが、そこで出会った女性となれ合おうなどと思えたこともないのだから仕方がない。いつしか夜会への出席は、イコール知り合いとの談笑の場となっていた。
「おいおい。それでは嫁さんを捕まえられないぞ」
と、周りから揶揄われるものの、仕方がない。そもそも、ここで声をかけてくる女性には惹かれないのだから。もちろん、門前払いのようとは言え、その一瞬の間に、相手の人となりは見極めるし、おせっかいな仲間が日々勝手に教えてくれる女性らの話を思い出して判断をしている。そうした結果が、この人じゃないなのだ。
「おっ、噂のジェシカ・ミッドロージアン嬢じゃないか?」
悪友の声に反応して辺りを見回してみれば、彼女がいた。今夜はブルーのドレスを身にまとっている。胸元は限りなく白に近いブルーで、裾へ向かうにつれて色味は濃くなり、濃紺の色だ。落ち着いた色味ではあるが、細かな宝石がつけられているのか彼女が動くたびに煌めく様子が美しく、彼女によく合っていた。その横には父親ではなく、やけに大人びた、それでも少年だとわかる男が付いていた。彼は鋭く辺りを見回しながら、まるで番犬のようにさりげなくジェシカを守っている。
「あれは……弟だったかな?確かまだ未成年のはずだったが……」
「前回は父親が付き添っていた。都合が悪かったのかもな」
婚約者もいないようだし、やむを得ず彼がエスコートしているのだろう。この夜のジェシカは、何人かの男とダンスをしていたようだが、時折視界に入る彼女は、少しも楽しそうには見えなかった。けれど、続く申し込みを断ることなく応じていく。その様子を、弟がじっと見届けている。おそらく、前回のこともあって、父親から見張っているように言い渡されているのだろう。
しばらくするとさすがに疲れたのか、二人はそろってドリンクを手に休憩していた。ここで、またもや前回の二の舞かと思ったが、ジェシカが手にしたのはあくまでドリンクだけ。恨めしそうに料理を見ていたが。
困ったことに、番犬のようだった弟が、このタイミングでジェシカから離れてしまった。これはまずいことになるかもしれない。ジェシカの方を虎視眈々と見つめる男達は、あんな騒動があったとはいえ、今夜も少なくない。友人との会話を切り上げて、さりげなく彼女に近付いておくことにした。そして、その後見た光景は、私の想像の斜め上をいくものだった。
ドレス姿のご令嬢が、靴を脱ぎ捨てて木に登るものだろうか?いや、そんなわけがない。ジェシカが病弱でないことは、前回の食べっぷりでわかっていたが、まさか木に登るとは、とんだじゃじゃ馬だ。私が声をかけたことに驚いた彼女は、ストンとこの腕の中に落ちてきた。あれだけの料理をぺろりと平らげていた姿を見ていたせいか、予想外の軽さに内心驚いた。けれど、決して病弱で痩せているという雰囲気ではない。器用に木に登っていたあたり、普段から体を動かしているのだろうと納得した。
その後、ロジアン夫人とスイーツを楽しむ姿は、まさしく前回の彼女と同じだった。夫人も彼女に合わせていたのだろう。本来マナーに厳しい女性のはずが、まるで少女にもどったかのようにはしゃいでいた。
私やロジアン夫人の存在があったせいか、他の者は気になるけれど声をかけられないという様子。そこへ堂々と近付いてきたのが、ジェシカの弟のオリヴァーだった。
なるほど。私は思い違いをしていたようだ。彼は父の代わりの番犬などではない。姉を守る立派なナイトだ。とはいえ、悪から守っているだけではないことはすぐに察した。姉のジェシカが、令嬢らしからぬ言動をさらしてしまうことからだ。
もちろん、ジェシカのためにも木に登ったことは、ロジアン夫人共々隠し通しておいた。姉に対していささか厳しいようであったが、オリヴァーが心からジェシカを愛していることは、言葉の端々から伝わってきた。
彼の語るミッドロージアン家の現状にはやや驚いたものの、貧しい状況下であっても、明るく前向きに育ったとわかるジェシカは、たとえ令嬢らしからぬ言動をしていたとしても、自分には少しまぶしく思えたほどだ。同時に、オリヴァーが領主となる頃、きっとその賢い頭脳を生かして、すぐにでも領地を立て直してしまうのだろうと確信していた。