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噂の美人令嬢の実態 1

「お父様。それでは行ってまいります」

「ああ、気を付けて。あまり遅くならないようにね」

「もちろんです」


“当然でしょ”と自信満々な笑みを父に向けたジェシカだったけれど、これから向かう先を彼女が訪れた時、それが守られたことは少ない。

この日、ジェシカが身に着けているのは、庶民が着るような軽装だった。薄い黄色のブラウスに、紺色のロングスカートを履き、足元は動くのに適したヒールのない靴を合わせている。一応、日よけの帽子を被ることは忘れていない。

そんな服装でジェシカが向かったのは、領内にある孤児院だった。


「まあまあ、ジェシカお嬢様。いらっしゃい」

「お邪魔させていただいても?」


ジェシカが何の連絡もないままここを訪れるのはいつものこと。職員達も慣れたもので、驚くこともなくすんなりと彼女の訪問を受け入れている。

けれど、この日は少しばかり様子が違っていた。


「ジェシカお嬢様。実は今日、これから王都の騎士様達がこちらへいらしてくださる予定になっているんです」

「まあ、何かあったの?」


“騎士”という言葉を耳にして、思わずここが襲われたのかと一気に不安になったジェシカだったが、その後の説明にホッと肩から力を抜いた。


「倉庫の屋根が傷んでいるのと、ブランコも劣化して今は乗れなくなっていますでしょ?それを騎士様方が直しに来てくれるんですよ」


本来なら、領主であるミッドロージアン家がお金を出して修理するところだ。けれど、領民の誰もが知っている通り、その資金をひねり出すような余裕はない。

孤児院としても、ミッドロージアン家の現状もその人柄も知っており、そこを責める気は少しもない。現にこうして話している間も、どこか申し訳なさそうな顔をするばかりだ。


「そういえば、父が依頼していたわ。ごめんなさいね、すぐに対応できなくて」


謝罪をするジェシカに、対応した職員はとんでもないと首を振った。


孤児院をなくすわけにはいかない。その維持に、国の方からもいくらかの補助が出されている。それに加えて、領主だけの力で維持できなくなった時も、申請すればできる限り応えてもらえる。当然、事前に調査があり、結果次第では断られることもある。それは中にはよからぬことを企んで、少しでも費用を浮かせようと資金不足をでっち上げる領主もいるからだ。


近隣諸国との関係が落ち着いている今、国はこういう各地の要請に対して、資金を提供するだけでは終わらせない。今回のような力仕事となれば、騎士を働き手として派遣してくれるのだ。


「ですから、今日は外遊びができません」

「そうね。邪魔をしてはいけないし、危険なこともあるでしょう」


“そうなんです”と頷く相手に、ジェシカはにっこりとほほ笑んだ。


「それなら、今日はお話を読んで中で遊ぶことにするわ。それに、ほら。少しだけど、クッキーを焼いてきたの。後でみんなに出してあげましょう」

「いつもありがとうございます」


外に出られず退屈しがちな子ども達にとって、ジェシカの存在はよい刺激になる。令嬢らしからぬと言ったらその通りだけれども、彼女はここを訪れると子ども達と一緒になって全力で遊んでくれる、とてもありがたい存在なのだ。


「ジェシカお姉ちゃん!!」

「お姉ちゃん!!」


自身が幼い頃に父親に連れられてきて以来、大人になった今も孤児院の訪問を続けているジェシカ。時折入れ替わりのある子ども達だけれども、頻繁に来てくれる彼女のことはすぐに覚えて慕っている。

この日も目ざとくジェシカの姿を見つけた子らが、一斉に声を上げた。


「こんにちは」


もう見つかったと笑みを浮かべるジェシカに、次々と群がる子ども達。彼女は一目でお古とわかる、若干薄汚れた服を着た子ども達を、避けることなく受け入れる。


「今日は外で遊べないんですって?」

「そうなの」

「つまんない」

「外がよかった」


口々に言う子ども達に、うんうんとジェシカも頷く。彼女自身、外で遊ぶことが大好きだっただけに、実感のこもった頷きぶりだ。幼い日の彼女を知る職員は、そんなジェシカを微笑ましく見つめていた。


「そうよねぇ。その分、中でいっぱい遊びましょう」

「やったぁ!!」


早速、こっちに来てというようにぐいぐい手を引く子ども達に、ジェシカは素直に従った。ここにはそんな様子を目にしても、“失礼ですよ”などと止めに入る人はいない。それは、このように過ごすことをジェシカ本人が望んでいるからだ。それに、領主であるマーカスも、娘のやりたいようにさせて欲しいと常々話していることもある。


勝手知ったるなんとやら。ジェシカは子ども達のやりたいように手を引かれているように見えて、実にさりげなく自分の行きたいと思った方へ誘導している。この時間帯、いつもなら本の読み聞かせをする頃合いだと読書スペースにたどり着くと、子ども達が見渡せる場所に座った。


「二冊、読もうかしら?一冊は私が選んだの。これなんてどう?」


あらかじめ考えておいた一冊を掲げてみせれば、子ども達は嬉しそうに頷いた。


「もう一冊はみんなに決めてもらいたいわ。私が用意したのがお姫様のお話だから、もう一冊は王子様とか勇者様、ああ、ドラゴンもいいわね。男の子が主人公のお話なんてどう?」


子ども達がもめないように、しかし押し付け過ぎない加減で選んで欲しい内容を示す。そうすれば、案外すぐにもう一冊が決められるものだ。


「じゃあ、読むわね」


ジェシカが題名を告げると、あれほど賑やかだった子ども達は、一斉に静かになった。それはひとえに、この子達が読み聞かせの楽しさを知っていることが大きい。加えて、ジェシカが読み聞かせることに慣れているからだ。彼女の読み聞かせは、なかなか聞きごたえがある。思いのこもった朗読に、子ども達はほかの物音など全く気が付かないほど集中した。部屋の後方に見える廊下を、複数の騎士達が行き来していても、全く気が付いていない。


「おしまい。どうだったかしら?」

「おもしろかった!!」

「ちょっと怖かった」


それまでの静かさが嘘のように、子ども達が一気に騒ぎ出す。



「あっ、騎士様だ!!」


そのうち一人が、やっと外の様子に気が付いて声を上げた。彼の指さす方には、倉庫の屋根やブランコを修理する騎士達がいた。さすがに今日は鎧を被っているわけでも、帯剣しているわけでもない。それでも、騎士は男の子達にしてみれば憧れの存在だ。

おまけにここでは若い男性に接する機会がほとんどない。物珍しさに、子ども達は相当興奮しているようだ。女の子達ですら、普段は目にすることのない騎士の姿に浮ついている。


騎士達は慣れたもので、手際よく作業を進めている。


「騎士様だぁ」


その姿をうっとりと見つめる子ども達の姿が可愛くて、ジェシカは微笑ましい気持ちで見つめた。

弟のオリヴァーも、この子達と同じぐらいの頃には騎士に憧れていた。騎士が主役の絵本を、ジェシカに毎日のように“読んで”とせがんできたものだ。それが今となってはどうだと、なんだか寂しく思ってしまうこともある。けれど、やっぱりジェシカにとってオリヴァーは、あの頃も今も変わらず可愛い弟だ。子ども達の姿に、つい懐かしさに浸っていた。




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