なんて素敵な結婚事情 2
「ロジアン様からの言づけです」
ジェシカが落ち着きを取り戻したところで店主を呼ぶと、ロジアンはすでに店を後にしていた。手渡された手紙には、ロジアンの直筆なのか几帳面な文字が並んでいる。
【団長さん。ジェシカさんはあなた以外の殿方など、一切目に入っていませんよ。一生に一度の舞台で、最高に輝くジェシカさんの姿を見られることを、楽しみにしております。】
再びフェルナンが顔を赤らめたのは言うまでもない。
「ロジアン夫人には、幼稚な私の心など全てお見通しだったのだな」
彼女が〝団長さん〟と言う時には、多分なからかいや冷やかしが含まれている証拠。ジェシカも思わずくすりと笑っていた。
* * *
「まあ、ジェシカさん。なんて綺麗なのかしら」
結婚式当日。ジェシカの元を訪れたロジアンは、いつかのようにジェシカに近づいたり離れたりしながら、彼女の美しさを絶賛した。
この日、ジェシカが身にまとったウエディングドレスは、袖のない首元が開いたドレスだった。その代わりに、手には豪華なレースのロンググローブがはめられている。
短くしようか迷った裾は、結局そうはしなかった。確かに、若さや元気さを感じるデザインでジェシカも好きだったが、大人なフェルナンと並ぶとどうしても幼さを強調したように思えてしまったのだ。彼女にとってそれが一番大きな理由だったのは間違いないが、ドレスの打ち合わせを終えるたびにフェルナンがいつも以上に甘えてくることにいろいろと察したのもある。口にはしないが、彼はまだ不安や不満を感じていたのだろうと。
「こんなに綺麗なあなたを見たら、団長さんがすぐさま隠してしまいそうね」
ロジアンのからかいに、ジェシカは苦笑するしかなかった。
――三年後――
「ジェシカ、準備はいいか?」
「ちょっと待ってください。アレクの帽子がなかったわ」
ジェシカの言葉を受けて、すぐさま侍女が用意をして手渡す。
「ありがとう。フェルナン様、これで大丈夫です」
ジェシカとフェルナンの間には、長男アレクシスが誕生した。二歳になったアレクシスは、少しずつ言葉を覚え、動きも活発になってきた。
ジェシカはこれまでアレクの世話を乳母や使用人に任せっきりにするのではなく、積極的に関わってきた。
フェルナンは初めての育児に奔走する妻を労わろうと、今日から数日間、ジェシカの実家へ訪問することに決めていた。
「実家へ行くのは、いつぶりかしら?」
この国では、嫁いだ女性が自分の実家へ行くことはあまり良いとはされていない。それに倣ったジェシカは、フェルナンがいくら〝気にせず遊びに行けばいい〟と言っても、頑なに行こうとはしなかった。それは、自分の言動で騎士団長である夫に恥をかかせるわけにはいかないと思っていたのが大きい。
「アレクのお披露目は、父上たちがこちらへ来てくれたしなあ」
結婚して一年目は、領地改革の手伝いを頼まれて数回故郷を訪れたジェシカだったが、それも一段落するとパタリと行かなくなった。やはり、仕事以外の理由で行くわけにはいかないと。加えて妊娠がわかったことも大きい。
「手紙のやりとりはしてますけど、実際に行くのは二年半ぶりぐらいかしら?」
改革の手助けをしているフェルナンはもう少し頻繁に行き来していたが、彼の手もすでに離れている今、フェルナンにとっても久方ぶりの訪問になる。
「ずいぶん様変わりしているのかしら?」
話には聞いているものの、実際にはどうなのかジェシカは知らない。
貧しかった故郷が繁栄することは嬉しい。けれど、その風景があまりにも変わってしまっていたら自分はどう思うのだろうかと、少々不安でもあった。
* * *
「すごいわ!」
久しぶりに訪れたミッドロージアン領は、あの頃とは違って多くの人がやってきていた。
「これはみんな、温泉目当ての人かしら?」
オリヴァーの言った通り、少し奥まった土地を掘ってみたところ温泉がわき出した。それをきちんと整備し、今では王都でも有名な温泉地になっている。
人が来るようになると、店が立ち並びはじめた。食事処やちょっとした休憩所、それから数カ月前には地産の絹を使ったここオリジナルの商品を並べる店も開店した。
「そうだが、ここには温泉以外のものもある。ミッドロージアン領に来ることが目当てなんだろうな。ジェシカが提案したドリンクにスイーツを添える案だが、いまではそこの休憩所でも扱っているらしい。店員は孤児院出身の者で、よい働き口になっているそうだ。そうそう、ジャムもよく売れていると聞いている」
「本当?それは良かった」
ジェシカが幾度となく通った孤児院の隣には、領民なら誰もが利用できる立派な図書館が建てられた。その一角では、院の子らと領民の子らが一緒になって学ぶ教室も開かれている。
「安心したわ」
「ああ、そうだな。オリヴァー君の見立ては間違いなかったし、ジェシカの提案も、しっかりと機能している」
「それもそうだけど……それだけじゃないわ」
〝ん?〟と首を傾げるフェルナンに、ジェシカは茶目っ気たっぷりの笑みを見せた。
「釣りのできる場所はちゃんとそのままだし、登れる木も残ってる。栽培されているものは変わってきたけれど、畑は以前のように青々としている。私、ここが栄えることは本当に嬉しいのに、それによって大好きなこの場所が全く違う世界になっていたらどうしようって思っていて……」
〝でも〟と続けたジェシカは、ぐるりと四方を見渡した。
「オリヴァーは、ちゃんと守ってくれたのね」
確かに人が増えたし、数年前にはなかった新しいものがたくさんある。それは建物だったり看板だったり様々だ。けれど、全て変わってしまったわけではなかった。
「ああ。彼は言ってたよ。姉さんのために残したい風景だと」
遠くから眺めれば一目瞭然だった。観光のために整備された区画と、昔のままを保った区画が明確に分かれている。
「嬉しい」
「これからは、アレクを連れてもっともっとここへ来よう。ここはよい観光地になった。ジェシカの大切なこの場所を、私は子どもにも伝えていきたい」
それは自身の故郷へ帰ることを控える愛しい妻への配慮だった。里帰りではなく、観光として来るのなら、誰も文句は言わないと。
「ええ、そうね」
ジェシカも夫の意向を理解している。
もう一度四方を見渡したジェシカは、最後に最愛である夫フェルナンに視線をとめた。
「フェルナン様」
「なんだい、ジェシカ」
「私と出会ってくれて、私を愛してくれてありがとう。あなたのおかげで私は今、誰よりも幸せよ」
一瞬驚いた顔をしたフェルナンは破顔した。
ジェシカの肩を抱き寄せると、お互いの額をコツンとつける。ついでに右腕に抱えたアレクシスのぷくぷくの頬も自分たちにくっつける。
「それは私のセリフだよ。ジェシカもアレクも、私の元へ来てくれてありがとう。君たちは私の宝物だ」
アレクシスのきゃっきゃとはしゃぐ声につられて、ふたりも笑い声を上げた。
END
最後までお付き合いくださってありがとうございます!
9月にマカロン文庫さんから発売予定の作品もよろしくお願いします。
あちらのサイトで公開していた作品の書籍化ですが、かなり雰囲気の違う内容に仕上がっていると思います。
電子書籍の方では、その後のお話も追加させていただきました。
お手に取っていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




