閑話・彼女はまるで研究者の目で彼を見て……
1章の終わった後の半年間です。
※この話は健全です。英語で言うとKENZENです。
「……そう、サティ。上着を脱いで、楽にしてね。すぐに終わるから」
「服、脱ぐ、終わる」
「……ごめんね、サティ。少し変な感じがするかもだけど、我慢してね」
「我慢」
ぴちゃ、ぴちゃ、べちゃ。
「ん!? ご、ごめん」
「サティ、大丈夫よ。ちょっと驚いちゃったね。だいじょうぶ、緊張して固くなるのはしょうがないわ。でも安心して、すぐ終わるから……」
ぴちゃ、べちゃ、べちゃ。
「アイツァ、我慢、できない」
「わかったわ、じゃあ手をこっちに。準備できたらいつでも出して」
「出す!」
ぐぃーん。
「……サティ、お疲れさま。これであなたの魔導発動時の魔力の流れを投影することができたわ。あ、ちょっと待ってまだ動かないで。体に引っ付けたその布、一枚ずつ剥がさないといけないの。順番がわからなくなっちゃうから」
「わかった」
サティはそう言うと、懸命に気持ち悪さに耐えながら布が剥がされるのを待っている。私はできるだけ急いで、サティの全身に隙間なく張り付けられたびしょびしょに濡れた布を一枚ずつ取り外して、研究机の上に並べていく。枚数が多いので意外と大変な作業だった。
人肌に濡れた布を上半身全体に張り付けられて、そのあまりの気持ち悪さに体を強張らせていたサティは、布が全部剥がされると全身身震いさせた。触感が気持ち悪くて鳥肌でも立ったのだろう。タオル代わりの乾いた布を渡して体を拭くように指示する。そしてサティから剥がしてきれいに並べられた布の全体を見て、私は満足げに鼻息を漏らす。
「アイツァ、なに?」
サティは最近ようやっとまともに会話できるようになっていた。あの気に食わない教会の神官とのお茶会が多少は功を奏したようだ。単語しか喋れないのでまだまだ会話としては不十分だが、わざわざ念話の用意
をしなくても意思疎通ができるようになった。私は頷くと、目の前に地図のように広げられた布を指し示す。
「これはあなたの魔導を使ったときに、体の中に流れる魔力の形成図よ。魔導士に限らず、魔力を使う人はみんな全身に魔力が流れているんだけど、流れ方は人それぞれで千差万別でね。サティは魔導士だから、まずその体の魔力の流れを調べようと思ったの。わかる?」
「……難しい」
さすがにまだ「魔導士」とか「魔力」とかそういう複雑な単語がわからないため、サティはこちらの話の半分も理解してない様子だった。仕方ないので、なるべく簡単な単語に直して説明し直す。
「これ、サティの魔力の流れ。これ、調べる、魔導がわかるかも」
「……わかった」
必死に単語を聞き分けてサティが頷いた。どの程度理解できたかは私からじゃわからなかったが、ともかく、これが研究に使うものだとわかればいい。それに研究するのは自分だ。サティはお茶でも飲んで待つなり教会で雑用するなりしてればいい。
そして研究机の上には濡れた布が綺麗に並べられていた。全部合わせるとベットのシーツくらいの大きさになる。そして魔力に反応する特殊な液体が染み込んだその布は、様々な濃さの青い線が複雑な模様を描いている。濃い線は魔力が強く反応した場所で、薄い線は弱いところだ。これでサティの全身に流れた魔力の様子を肉眼で見ることができるようになる。とりあえず私はその布が乾くまで待つことにした。下手に火の魔術を使って乾かすと、その魔力が反応してせっかくのサティの魔力の形成図が台無しになるかもしれない。
サティを引き連れて私は1階のリビングへと向かう。魔像にお茶を淹れるように指示して席に着く。そしてサティに最近のことについて質問した。
「サティ、最近教会の調子はどう? ベアチェさんの語学教室は順調?」
「勉強、難しい。頑張る。教会、掃除、大変。頑張る」
「教会の掃除の何が大変なの? 具体的な仕事を教えて」
「廊下、掃除。階段、掃除。あ……そ……へ、部屋、掃除」
「なるほど、大変ね」
会話になってるんだかなってないんだか判断しづらい会話が続く。だがこれはサティの会話の練習に必要な行為なのだ。今まで念話でしかコミュニケーションが取れなかったため、どんな些細な行動でも変なことをしでかさないか見張る必要があったが、最近ほんの少し会話できるようになってその手の心配がめっきり少なくなった。なので、もっと複雑な会話ができるようになれば、さらに弟子であるサティに指示を出して使うことができるし、それに空間魔導の研究もはかどると思ったのだ。
そしてなにより、サティ自身も公国語の習得に積極的であるため、私もなるべく言葉を話す練習になればとこうやって暇なときは会話に付き合っている。アイツァが一音一音しっかり発音しながら適当な質問をすると、物凄く真剣な顔でサティは言葉を聞いて、その質問の答えを吟味して返事をしてくる。
正直、面倒くさいと思わなくもなかったが、弟子が本気でやろうとしていることを補助してやるのが師匠の定めだ、と私は諦めて付き合っている。それに最近、サティがどんどん喋れるようになるのがちょっと楽しくなってきていた。
子供の拙い会話のようなやり取りをしてたところ、気付いたらだいぶ時間が経っていた。会話をしながらお茶のお代わりを2度ほどしたから、さすがに布も乾いているだろう。そう思ってサティにここに泊まるように言う。
「今日はもう遅いし、工房で泊まりなさい。明日一緒に街まで戻りましょう」
「わかった。寝る。お"わ”すみ」
「……そこは『おやすみ』ね」
そう言葉を訂正しつつ、サティにいつも使わせている倉庫へ行くよう案内した。そして私は研究室に戻ると、研究机の上に置いてある巨大な地図のような布に視線を送った。
……さて、頑張りますか。
魔導の研究というのは、やり方が一般的に知らされていない。当たり前だ。魔導は発見例が少なく、またその研究は成功すれば魔術の歴史に名を刻むことができるからだ。故に魔導を研究したことのある魔法使いはその研究方法を秘匿するものである。魔術に関することは何でも教えてくれるディート師すら、魔導の研究方法は教えてくれなかった。まあ、彼の場合はどちらかというと「研究方法を模索するのも魔術の修行だ」とか言いそうなのだが。師匠の教育はおおむねスパルタなのだ。
というわけで私は基本中の基本からまずは攻めていくことにする。魔導士を見たのは初めてなのだが、サティは魔術具を使うことなく空間魔導を使うことができている。これもまた考えてみれば当たり前の話だった。魔術回路が存在しないからこそ魔導と呼ばれるわけで、魔導を使うための魔術具なんて存在するわけがないのだ。つまりサティはなんらかの方法で魔術回路のようなものを体内に精製していると考えるのが妥当である。一部の魔獣が魔術を使うのと同じ理由である。
そのためサティの体内に流れる魔力を、魔力反応液に浸した布で写し取って調べようと思ったのだが、あまりの課題の多さに早速辟易してしまった。大雨が降ったときの水溜まりに走る波紋を思い浮かべてほしい。もしくはゴチャゴチャに絡まった釣り糸だろうか。巨大な一枚の布の地図に、濃淡の違う青色の線が縦横無尽に走り回っているのである。これを解きほぐして魔力の流れを把握しなければならない。しかもそれを魔術回路に仕立て直すということは、この絡まり合ったグチャグチャの線を意味あるものとして解読しなければならないのだ。先ほどの絡まった釣り糸の例えを使うならば、釣り糸を一本の線に戻した後、先ほどの絡まり方を再現しつつ効率的に配置し直さねばならないといえばその困難さがわかるだろうか。ちょっと考えただけで頭が痛くなる。
それでもまあ上半身分だけでまだ良かったと思うべきだろう。基本的に魔力は心臓と頭と発動個所の3か所が重点であるとされている。そのため下半身の魔力の流れまでは把握しなくていいのだ。とはいえ、相手はとんでもなく強力な空間を歪めるほどの魔導だ。油断はできない。もし上半身分だけで再現ができなかったら、今度はサティに下半身も濡れた布で覆う作業をしなければならないことになる。さすがにサティもそれは恥ずかしがって反抗するだろう。今日も上半身の分だけで触感が気持ち悪いとだいぶ嫌がっていたのだ。我儘な弟子にため息をつく。
……下半身の分をやるときはディート師にでも頼みましょうか。
そう思って作業机の上の巨大迷路に取り掛かった。まず探すのは出発点と到着点である。まずもって、どこが最初のポイントだかすら全く見分けがつかず、私はことの難題さに盛大にため息をついた。
久しぶりに投稿したら、PV的な意味で予想外にたくさんの方に見ていただけたようで、それがあまりに嬉しくて勢いで一話書き上げました。すべての読者様に感謝を m(_ _)m
でも次話はたぶんまた日曜日になります……もし続きが気になる方がいらっしゃったら、ホントごめんなさい……or2




