33・カリスマ美容師アイツァ
前話のあらすじ「キックボードにハマるアイツァ」
「……なんかいつもと雰囲気が違う?」
「違う、思う」
二人はベアチェに会うために教会に来たのだが、なにか雰囲気がいつもと異なっていた。教会自体の見た目は変わっていない。中で何かあったのだろうか。
ベアチェのことが心配になった二人は、いつもの裏口に回って教会に入る。そして多少は顔なじみになった悟が教会内で働いているベアチェを探して、いつものお茶会部屋へと連れてきた。
「お仕事中呼んじゃってごめんね。なんかいつもの教会の雰囲気と違うけど、なにかあったの?」
ベアチェがいつもと同じ柔らかい雰囲気でいたため、安心したアイツァがそう尋ねる。
「ちょっと問題があったのは事実なんですけど、それよりもうすぐお祭りなんですよ。その準備をしていたのです」
「お祭りって、ああ、寿ぎの祭りかぁ。そういえばそんな季節ね、忘れてたわ」
「女の子には憧れの日なのに、アイツァさんはやっぱり関心なさそうね」
クスクスと笑うベアチェ。悟は何の話だかわからないので「寿ぎの祭りってなに?」と聞いてみた。
「寿ぎの祭りって、ええと、なんて説明すればいいのかな。ベアチェお願い」
「サティさんの世界ではない儀式なのですか? 異世界の方は『結婚』しないのでしょうか?」
「『けっこん』? 言葉、わからない」
『結婚』と言う単語は習ったことがないので判別つかなかった。アイツァとベアチェはうーんと頭を捻って説明する言葉を探す。説明すべき文言を脳内で整理してから、ベアチェが顎に手をかけながら説明してくれた。
「えーとですね、元々寿ぎの儀式というのが最初なんです。教会で夫婦となる男女が神の御前で運命の誓いを交わし、そのことを神々だけでなく皆で寿ぐという儀式なんです。そしてその男女は『結婚』するわけです」
「ああ、『けっこん』、わかった。異世界にもある」
『けっこん』とは結婚のことなのか。そして寿ぎの儀式というのは、つまり大々的にやる教会での結婚式のことなのだろう。
ベアチェが説明を続ける。
「ただ、教会は各街の信仰宗教に合わせて一つずつしかないですし、そこで寿ぎの儀式を毎日やるというわけにもいかないのです。それに、寿ぎの儀式は1回行うのにも多額の寄付がいるため、貴族や豪商の方はともかく、普通の平民は儀式を受けられないのです」
「儀式、わかった。祭りは?」
「はい、寿ぎの祭りは、つまり平民の方の結婚をまとめていっぺんにやっちゃおうというものなのです。そしてまとめてたくさんの夫婦を祝福するために、街をあげてのお祭りを行う、というのが寿ぎの祭りなのです。年に一度、秋の一番深まる日に行うのが通例です」
なるほど、年に1回大々的に結婚式を行えば、教会側は儀式の回数を少なくすることができるし、平民も人数割した分の寄付だけで結婚できるから財布に優しい。さらにその後お祭り騒ぎでみんな楽しめるから誰もが喜ぶイベントということなのだろう。悟はちょっとわくわくしてきた。
「ベアチェ、寿ぎの祭り、楽しい?」
「ええ、とても楽しいですよ。ベーラの街が一番賑わう日になります。私も毎年楽しみなんです」
ニコリと笑うベアチェ。とても可愛い。それに反してアイツァは視線をそらしていた。
「アイツァ、どうした?」
「……私は祭りに参加したことないから、わからないわ。いつもは工房に籠ってるし」
悲しきボッチ宣言再びである。髪の色のことで問題があるアイツァは、その手の人間が多く集まるイベントは苦手なのだろう。深く追求しないでおいてあげた。
「それより、ベアチェは準備はしないでいいの? 教会の仕事は何するのかわからないけど、祭りまでもう2,3日後でしょ?」
「ええ、4日後ですね。でもほとんど大丈夫なんです。基本的に大人数を受け入れる準備さえしておけば、あとは当日忙しいだけで何とかなりますしね。ただ、まだ掃除が終わってないところがあるから、それがちょっと大変だけど……」
掃除、という単語を聞いて悟はお土産の事を思い出した。
「あ、ベアチェ、おみあげ、プレゼント」
「お土産、ですか? なんでしょう」
「これとこれ」
そう言って悟はリュックから二つの陶器の瓶を出した。中身を一旦見て確認してから渡す。
「これ、重曹。掃除に便利」
「そうなのですか? ただの粉のようですけれど……」
「使い方、教える」
そう言って拙い異世界語と身振り手振りを交えてなんとか説明する。基本的に重曹を水に薄めてから布巾でこすれば綺麗になること、汚れの酷い物には溶かした液を直接かけておいてしばらくたってから擦ればいいこと、壁やテーブルだけでなく皿や食器や風呂場や布団シーツにも使えること、使っちゃいけない物も稀にあるから気を付けることなどである。
なんとか重曹の使用説明を終えた悟はため息をつくと「わかりました、使ってみますね」とベアチェから感謝された。その笑顔に実に癒される。そしてもう一つのお土産も渡した。
「これ、シャンプー。髪、綺麗にする薬」
「髪を綺麗に、ですか。そんな物があるんですか?」
どうやらこちらの異世界ではシャンプーのような頭髪用洗剤はないらしい。そういえばアイツァも不思議がっていた。石鹸で髪を洗うのが普通という認識なのだろう。
悟は男だからか、あまり髪には気を払っていないが、それでも石鹸で髪を洗うとキシキシして触り心地が悪い。あまり良い気分はしていなかった。女性は髪を気にする物だという認識があったのでシャンプーを持ってきたのだが、良かったのか悪かったのかわからない。
ただベアチェが興味深そうに陶器の中のシャンプーを見て「良い匂いがしますね」とか「これでどのくらい綺麗になるのですか?」とか聞いてきたので、髪を綺麗にすることに興味がないわけではなさそうだった。悟は苦笑する。
「ベアチェ、使ってみる?」
「ええ、使ってみたいですけれど、ここでは、その……」
さすがに教会内で水浴びするわけにはいかない。目の前に悟もいることだし、まさか裸になるわけにはいかないのだ。
じゃあ後で使ってみたら、と言おうとした悟を制して、アイツァが質問してきた。
「このしゃんぷーって、水さえあれば使えるの?」
「はい、濡らす水と流す水、必要。お湯だと、より良い」
「じゃあ私が用意するから、ちょっと使ってみてよ、ベアチェ」
「え、でも、服が濡れちゃうと……」
「だいじょうぶよ、私が水の魔術で服が濡れないようにするから。それにサティがいないとちゃんとした使い方わからないじゃない。一人で使える?」
「それは、確かに……」
うんうんと悩みだすベアチェ。なんとなく恥ずかしいから洗髪を異性に見られたくない、でも悟がいないと使い方が間違うかもしれない。髪が綺麗になるといのは興味がある。服が濡れないのならこの場で洗っても……。
たっぷり悩んだあと「……お願いします」とベアチェが言った。するとアイツァが「じゃあ私が水汲んでくるから、悟に使い方聞いておいて」と颯爽と外に出て井戸に向かって行った。どうやらアイツァも髪の毛については気になっていたらしい。一応女の子ということなのだろう。
……ただ女の子というわりには、友人を実験台にするあたりがちょっと腹黒いと思います。
そう心の中で呟きながら悟はシャンプーの使い方をレクチャーしていた。
「じゃあやるわよ」
「はい、お願いします。アイツァさん」
色々相談した結果、悟の提案により水の魔術でシャンプーハットを作る方式で髪を洗うことになった。水がこぼれないように大きめで、目より下に水が垂れないように操作するらしい。また、ベアチェ自身が頭を洗おうとするとシャンプーハットが邪魔になるため、魔術を操作しているアイツァが代わりに髪を洗ってあげるとのことだった。
ちなみに悟が「魔術の制御大変そうだからオレが洗おうか」と提案したところ「女の髪に触ろうとするとは何事か」と10分ほど説教されてしまった。言いたいことはわかるけど親切心で提案したのに、解せぬ。
アイツァがシャンプーハット器用に操作して、火の魔術で予め人肌に温めておいたお湯を使ってベアチェの頭を濡らす。シャンプーを手にとってシャカシャカ洗いだした。お湯で洗い流す。1回目はあまり泡立ちが良くなかったので、もう1回やるように指示した。大量の泡に驚くアイツァと気持ちよさそうな顔のベアチェ。「痒いところ、ある?」と悟がボケてみると、ベアチェは「大丈夫です、人に髪を洗って貰うと気持ちいいですね」と真面目に返された。異世界人はボケ殺しが多すぎる。
もう十分だろうというところでシャンプーの泡を洗い流した。タオルで拭いた後、アイツァは火と風の魔術を使って温風で髪を乾かしてやる。
髪の毛が渇くと、そこには金髪の美少女がいた。
「……ホントに凄い綺麗になったわね。びっくりだわ」
「ベアチェ、綺麗、なった。可愛い」
「……ありがとうございます。凄い嬉しいです」
自分の髪を触ってうっとりと満足そうなベアチェ。サラサラした金髪はとても綺麗だった。それを見て羨ましそうにするアイツァ。悟から貰ったお土産のシャンプーは工房に置いてきている。ここまで効果があるとは思わなくて持ってこなかったのは失敗だった。自分でも使ってみたいが、さすがにそのためだけに工房まで戻るのは手間がかかる。
アイツァの様子に気付いたベアチェが、ニコリと笑って提案する。
「アイツァさん、良かったら交代して髪を洗ってみませんか? 私の、その、しゃんぷーでしたっけ? 使ってもいいですよ」
「……いいの? 嬉しいけど……」
「髪を洗って貰ったお礼です。気持ちよかったですよ。じゃあ新しい水を汲んできましょう」
桶を持って裏の井戸に向かうベアチェと、困惑しつつ嬉しそうに桶の水を捨てにいくアイツァ。二人の楽しそうな雰囲気に釣られて悟は「なんか手伝う?」と聞いてみたら、当の二人からそっけない声で返された。
「もう洗い方はわかったから大丈夫よ。サティは隣の部屋でお茶でも飲んでて」
「ごめんなさい、サティさん。やっぱり男性に見られるのはアイツァさんもちょっと恥ずかしいと思うの。すぐ終わらせるから待っててください」
にべもなく断られてしまった。すごすご隣の部屋にいって一人さびしく紅茶を注いだ。すでに冷めていて美味しくない。隣から楽しそうなキャッキャという笑い声がする。お土産持ってきたのは自分なんだけどなぁ、と悟は思いながら遣る瀬無い気持ちでお茶をすすっていた。
次話「狩りの予感」




