32・キックボード
前話のあらすじ「日本製品めっちゃ好評」
急いでディート師に、悟が戻ってきたことを報告しにいくと聞いて、ディート師とベアチェのためにお土産を持っていこうと提案した。そしたら「それはダメだ」とまさかの却下された。
「なぜ? おみあげ、ダメ?」
アイツァは少し考えるように首を傾げたあと答えた。
「確かに異世界のお土産はどれも良い物のようだけど、いっぺんに渡したら困ると思うの。特に使い方のわからない物とか、貰ってもどうしようもないんじゃないかな?」
そう言ってアイツァはシャーペンをカチカチ押したり、出てきた芯を指で押しこんだりした。確かに異世界で便利そうなものを優先して持ってきたけど、使い方のわからない物は贈られても飾りにしかならない。いちいち使い方を教えるわけにもいかないか、と悟は思いなおす。
それに、とアイツァが続ける。
「こういう真新しい物を渡されても、使いづらいんじゃないかな。周りにも使っている人いないだろうし。やっぱり慣れない物だといくら便利でもありがた迷惑な代物になっちゃうかもしれないしね」
なるほど、と悟は納得した。確かに利便性だけでなく、周囲の人間と合わせるのも重要なのかもしれない。例えばいくら有用だからと言って、学校のプールの授業にプロが使う競泳用水着を着たら変な眼で見られるだろう。なんとなくだけど納得できる話だった。アイツァが「他にも理由あるけど」と小さく呟いたが、聞いていなかった。
そして悟は自分が持ってきた大量のお土産を見て、落胆してしまった。お土産を渡したらありがた迷惑になるということは、これだけの量を持ってきたのは、むしろアイツァに迷惑かけたことになるのだろうか。せっかく頑張って選んだのに徒労だったとは思いたくなかったが、悟は謝罪する。
「アイツァ、おみあげ、迷惑かけた。ごめん」
「え? ああ、違う違う。私へのお土産はありがたく使わせてもらうわ。確かに利便性は高そうなものばかりだもの。でも、ディート師はああ見えて帝国の重鎮だし、ベアチェは教会で共同生活してるはずだから、そういうのは目立つから不味いんじゃないかってだけで、私は問題ないわよ」
笑顔で「だって私は概ね一人で行動してるからね」と堂々とボッチ宣言をする。寂しい宣言であったが、それでも一人なら人の目を気にしない、と言うならお土産も迷惑にはならないか、と悟は少し安心した。
でもどうしてもお土産を少しでも持っていきたいと言ったら、相談の結果、ディート師には紙とバインダーを、ベアチェにはシャンプーと重曹を持っていくことになった。他の細かい物はともかく、この4つは二人が一番欲しがるんじゃないかと思って買った物だったので、渡すのを諦めきれなかった。
「でもこのまま持っていくのは良くないわね。別の入れ物に入れよう」
「なぜ?」
「さっきの紙の半透明の袋のときと同じよ。開け方がわからない物は使えないの。紙は普通に束にして持っていけばいいし、この髪を洗う薬と部屋を掃除するための薬はどうすればいいの? 他の容器に入れればいい?」
「そうだね。蓋、できる、入れ物ある?」
「ちょっと探してみるわ」
アイツァは奥の部屋に行ってゴソゴソすると、大きめの陶器の瓶を二つ持ってきた。その間に悟は、紙を全部とりだして、バインダーに挟み込んでおいた。
「……へぇ。その大きな本の表紙みたいのって、紙を間に挟んで本みたいにする道具なんだ」
戻ってきたアイツァが感心したようにバインダーを見ていた。真ん中のカギの部分を開け閉めすると、物凄く興味深そうにそれを見ていた。「やってみたら?」とバインダーを紙ごと手渡すと、カギを開け閉めしたり紙を取り外したりして色々触っていた。
「……なるほど、これは便利だわ。好きな場所に好きなページを入れられるのね。あの紙に開いてた変な穴はこうやって使うのか……」
「アイツァの分、ある。全部で6つ、買った」
「これは素直に感謝するわ。紙ってたくさん書くと、後でまとめるの大変なのよ」
シャンプーと重曹は陶器に入れ替えて荷物を持った。時間的に急がなければならないらしく、すぐに出発すると言われた。持ってきた大きめのリュックの中身を倉庫に出して、そのリュックに二人へのお土産を詰め込もうとしたら、アイツァに待ったが掛けられた。「綺麗なカバンは盗まれかねない」とのことだった。実はリュック自体もお土産だったのだが、これは街中では使えないらしい。素直に渡されたボロいカバンに入れ直す。また、とある秘密兵器もカバンに無理やり詰め込んだ。
トンネルについていつも通りの長い直線道路に来たとき、悟は秘密兵器を二つ取り出した。キックボードである。2台分のキックボードを地面に置いて、ハンドル部分を組み立てて形を作る。説明書を斜め読みしながら、タイヤがきちんとついているか確認する。
隣で胡散臭そうな目でこちらを見ていたアイツァが「なにこれ」と聞いてきた。
「これ、移動、楽になる乗り物。たぶん面白い」
「……たしかに車輪がついているけど、どうやって乗るのこれ?」
「こう」
悟がキックボードに片足乗せて、もう片方の足で地面を蹴ると、スイーとキックボードが前進する。目を丸くするアイツァ。すぐに用意したもう一台に乗って、悟の真似をして走り出す。
「なにこれ! 凄い! 面白い! それに早い!」
珍しくはしゃぐアイツァを見て悟も気分が良くなる。このトンネルは長い直線だから、自転車かキックボードかどっちかを持ってきてみたかったのだ。幸いキックボードの方は値段はそこまで高くなかったので、二人分買ってきたのだが、どうやら正解だったらしい。調子に乗ってスピードを上げるアイツァに追いつくのは大変だったが、楽しそうなので何も言わないでおいた。初めてみる笑顔のアイツァを見て、こっちも顔がニヤける。
真っ暗で真っ直ぐなトンネルを、二人はシャーシャー滑るように走っていた。
「あのきっくぼーどとやらは素晴らしいな。あんな小型で人力で動く乗りものというのは初めて見た。見た目に寄らず思いのほか早かったのも驚きだ。それに……」
トンネルから出てベーラの街に着くまで、アイツァは延々キックボードについて熱く語っていた。最初は真面目に受け答えしていた悟だったが、だんだん面倒臭くなって途中からただのイエスマンになっていた。
徒歩だと4時間かかるトンネルを僅か2時間ちょっとで抜け、ベーラの街へ行く。キックボードは盗まれては困るのでトンネルの中に置いてきた。アイツァは道中で人が横を通り過ぎるとフードを目深に被り口数が少なくなったが、人の気配がなくなるとキックボードについていろいろ語りだした。どうやらだいぶハマったらしい。平地以外での運用について、荷物を持っていた場合どう使えば効率的か、魔術を組み合わせたらもっと早くなるだろうかという提案、耐久性に関する質問や破損した場合の対処法なんかを延々思いつくままに話していた。隣にいた悟はその半分も聞いていなかったけれど。
ベーラの街についたらすぐにディート師のいるエグランド伯爵邸へ向かった。ディート師は離れのお屋敷を借りているらしい。アイツァは良く来るのか、護衛たちからも顔パスで屋敷に入ろうと扉を開け、その玄関先でばったりディート師と出会った。
「あれ、師匠。お出かけですか?」
「おお、アイツァ。それにサティも帰ってきたのか。ちょうどよかったわい」
ディート師は悟の顔を見てうんうんと頷く。そして用事を思い出したのかすぐ顔を引き締める。
「すまぬが、もう飛行船の出立の時刻なのだ。急いで戻らねばならぬ。一月ほど留守にするが、後のことは任せたぞ、アイツァ」
「はい、わかりました師匠。留守の間サティの面倒は任せてください」
……どうやら自分は、なにやら手間のかかる奴として認識されているらしい。あまり否定できないけど。
悟は苦笑いをしつつディート師に紙入りバインダーを渡す。受け取ったバインダーを不思議そうに見まわすディート師。
「なんだ、これは?」
「バインダー、異世界、おみあげ」
「異世界からのお土産らしいです。大量の紙を自由にまとめたりできたりする物なのです」
興味深そうに「ほほぅ」とバインダーをぐるぐる廻し、中にある白い紙に驚愕した。そして気に入ったのか、バインダーを閉じて小脇に抱える。
「ふむ、なかなか良さそうな物を貰ったな。サティ、感謝するぞ。それとアイツァ……」
いつもの温和そうな顔が急に真面目な顔になった。ちょっと怖い。アイツァも真剣な表情になる。
「サティの空間魔導の研究を、できれば私が帰る前に仕上げてほしい。現時点での研究資料は部屋にまとめて置いてあるから、それを持っていきなさい。あまり進展はないのだけどな……」
「はい、わかりました」
アイツァも強張った顔で頷く。何やら緊張感のある空気だった。だがすぐにディート師は表情を崩すと、手をひらひらと振って馬車へと向かった。
「じゃあ行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい師匠」
「ディート師、行ってらっしゃい」
そう挨拶すると、ディート師の乗った馬車はそのままベーラの街の西門へと向かって行った。
次話「慌ただしい教会」




