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異世界旅行記 ~異文化交流って大変だね~  作者: えろいむえっさいむ
1章【異世界における異文化交流についての課題と考察、及びその実践】
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閑話・お金はなし

 洞窟の中で小休止しているときの一幕です。


 長い割に内容はさほど面白くないので、後書きにあらすじを書いておきました。読み飛ばして内容だけ理解したい方は、そちらの方をご覧ください。

『これで多少の余裕はできたかな、ご飯くらいはマトモなの食べたいですよね』


 ちょっと嬉しそうに念話をしながら、アイツァはシェバの喉を搔っ捌いた。死骸の長い胴体を支えながら、水の魔術を使って血をドバドバ抜いていく。


 今洞窟の半分くらいの位置だろうか。どこから迷い込んできたのか知らないけど、魔力を洞窟に吸い尽くされて野垂れ死んでいたシェバを見つけたため、急きょ小休止を取っている。サティから水袋を受け取って軽く喉を潤す。


 サティはシェバの死骸を捌いていた私を見て何やら顔を引き攣らせていた。もしかして異世界の人間は動物の血抜きもできないのだろうか。まさか、と思いつつも、サティが木の板に文字を掘るときのあのナイフの不器用さを考えると、あながちあり得ない話でもないと思った。異世界人は軟弱すぎる気がする。


 血抜きの終わったシェバの死体を適当に折り畳んでサティの腰の革袋に突っ込んだ。その後地面に座って、ちょうどいいからお金の話をしよう、とアイツァは決めた。


『ベーラの街についてからやることだけど、一応話をしておきますね。いいですか?』


『わかりました、教えてください』


 サティからの念話は、魔術の練習の成果か、だいぶはっきり聞こえるようになっていた。魔術における心象の形成に関しては、サティはかなりの才能を見せている。心象の操作だけで火の発現位置を変化させるなんて、上級の魔術士の所業である。とはいえ魔導の発動については失敗してしまったけれど、と考えてアイツァは落ち込む。あの事故は自分の監督不行き届きが原因である。


 そのため、今までは面倒がっていたが、サティの質問にはきちんと答えようとアイツァは思っていた。サティは異世界人である。自分が常識と思っていることを知らないなんてことは当然あり得る、と認識したからである。当然と言えば当然の話だけれど、アイツァはそのことを深く考えていなかった。要反省である。


 とりあえずベーラの街に着いたらやるべきことはいくつかある。ただそのために、何はともあれお金が足りなかった。そのことをサティに説明する。


『私が背負っているグレーターブラントの素材は、それなりに高く売れるけどたぶん足りないです。売るとこで売れば大金貨くらい行くだろうけれど、たぶん買い叩かれて金貨5枚くらいですね。少なめに金貨4枚だと仮定して、そうするといろいろ出費が重くて大変なんです』


『出費って、例えば何が?』


『まずあなたの怪我の治療費。特に指の治療は早くしないと元通りにならないかもしれないから絶対に治癒の奇跡を受けなきゃいけないし、それにどうせ受けるならついでに肩の傷も治すべきです。ただそうすると、たぶんお布施で協会に金貨2枚はとられちゃうと思うから、これでもう予算が残り半分なの』


『金貨の相場がわかりませんが、そんなに高いのですか?』


『金貨1枚で普通の家族なら季節一つ分過ごせますね。金貨2枚で馬車が買えるくらいでしょうか』


『……そんなに高いのなら治療しなくても』


『それはダメです』


 アイツァは一言で切って捨てた。自分の責任で起こった事故なのだ。しかも弟子が起こした事故とあれば、その責任は師匠である自分が贖うべきだ、とアイツァは強く考えている。


『それに、このあとお金を稼げる目処がついているから心配しなくていいです。ただ、街についてから自由に使えるお金がほとんどないってだけで、その後はたぶん何とかなります』


 サティから『わかりました』と、何やら釈然としない表情をしながら答えてきた。私、信用ないのかな、とちょっと落ち込む。


『ただ、そのあと色々用立てることを考えると、かなりぎりぎりかなと。サティの装備を整えるのに金貨1枚、宿代や食料や薬を買おうとすると、安くて大銀貨6枚は使うと思うから、残りがたった大銀貨2枚程度になっちゃうの。ないわけじゃないけど、心許ない金額です』


 アイツァは俯いて答えた。大銀貨2枚は決して安くはない、けど、他にもいろいろやることがあると考えると、だいぶ足りない。師匠への手紙も送る必要があるし、弟子が増えた分の食費も増やさねばならない。弟子専用の魔術具を作ろうとしたら、一番安いものでも金貨1枚は必要だ。魔術ギルドに貯金は少しあるけれど、それは最後の手段である。


 サティは何か難しい顔をしていたが、アイツァは気にせず今後の予定を話した。


『とりあえずシェバ……さっきの細長い獣の素材を売れば大銀貨1枚分くらいにはなると思います。大銀貨1枚あれば、あなたの分の食料の買いこみを銀貨4枚分増やして、残り銀貨4枚もあれば、数回分の食事が豪勢にできますね。ベーラの街は美味しい魚が食べれるんです、楽しみにしてください』


『……はい、わかりました。楽しみにしてますね』


 楽しみにしている、という割に何か難しい顔をしているサティを見て、アイツァは疑問に思った。どうしたんだろう、計算が難しかったのだろうか。でも算術は得意だ、と聞いた気がするが、違うのだろうか。


 とここでやっと気付いた。異世界では、もしかしたら貨幣が違うのかもしれない。何の貨幣を使ってるのかまではわからなかったが、金貨が安くて銅貨が高い世界だとしたら、話があべこべでサティには理解しづらいだろう、とアイツァは考えた。またお互いに勘違いしたままだったら、今度は何が起こるか分からない。アイツァは慌ててサティに聞く。


『もしかして貨幣の価値は異世界では違うのでしょうか? こちらの世界では金貨が一番高くて、次に銀貨、銅貨となっていくのですが……』


『あ、その価値観はオレの世界でも同じです。まあ金貨とかはあまり使わないのだけど……』


『へぇ、金貨を使わないのですか。異世界は変わっていますね』


 「ええ、まあ」とサティは煮え切らない返事をする。貨幣の価値が同じなら、何を悩んでいるのだろうか。


『……あの、何か悩んでいるように感じられますが、どうしたのですか? 何か疑問でも?』


『はい、ちょっと確認したいことがあって……。銀貨が'10'枚で金貨になる、という認識であってますよね?』


『正確には大銀貨が、ですけど、そうですね。大銀貨"10"枚で金貨になります』


 「あ、ちょっと間違えました、すいません」とサティは謝りつつ、頭を捻る。ずいぶん考えたのちに、地面に丸を書きだし始める。何をしているのか不思議だったが、そのうち地面に"12"個の丸を描いて、サティはそれを指差す。


『すいません、この丸は、全部で何個ですか?』


 アイツァは全く質問の意図がわからなかったが、素直に「"12"個です」と答える。答えを聞いたサティは眉間のしわを深くして、地面に書いてあった丸のうち2つを消す。そして「これは何個ですか?」と質問してくる。


『これは"10"個ですね、それがどうしたんですか?』


 その答えを聞いてサティは、やっとすっきりした、という表情を見せた。そしておもむろに説明をしだす。


『たぶん、オレの世界とこちらの世界では数の数え方が違うんだと思います。この丸の数を、オレの世界では'8'と言います。そしてこれに2を足すと'10'になるんです』


 アイツァは混乱した。何を言ってるのかよくわからない。


『……え? どういう意味ですか? ハチとは数字なのですか?』


『たぶんですけれど、オレの世界では'10'進法という数字の数え方で、こちらの世界では'8'進法という数え方なのだと思います。1桁の数字が集まって、桁が繰り上がる数字が違う、というかなんというか……』


 アイツァは何を言っているんだか全くわからなかったが、サティが地面にたくさん丸を書いて説明してくれた。小さな丸が集まって大きな丸になるときの数が異なる、という説明が理解しやすかった。


 つまりこういうことなのだろう。サティの世界とこちらの世界では、数字の桁の値が違うのだ。ハチやキュウという数字は理解しづらかったが、サティの世界では普通に使う数字なのだろう。そしてサティの世界で言うところの'10'がこちらの世界でいう"12"であり、こちらの世界での"100"は、サティの世界で言う'64'なのだそうだ。非常にややこしかった。


 ただサティが疑問に思っていたことは間違いなく理解した。サティにとっての'10'は私の世界での"10"ではないのに、大銀貨"10"枚が金貨1枚になる、との説明があったにもかかわらず、金貨1枚から大銀貨4枚を除くと4枚残る、という計算式が理解できなかったのだろう。なるほど、サティは算術が得意と言うのもわかる。自分では全然気づかなかった。


 そして「なんでサティの世界ではそんなややこしい計算をしているの?」と聞いたら、サティは「そっちの世界の計算の方が物凄く難しい」と言われてしまった。確かに、アイツァは"100"が'64'になる世界などにいったら、計算が一切できなくなって困っただろう、という想像はついた。


 そしてサティが何度か頷いて、こちらを見た。こちら、というかアイツァの手を見ている。「たぶんだけど……」と前置きしてから、サティは説明しだした。


『指の数が違うから数字の繰り上がり方が違うんじゃないかな……?』


 とサティは自分の左手を見せる。指が5本ある不思議な手だ。異世界では普通なのだろうけれど、5本も指がある手と言うのは見ていて違和感が凄い。とはいえ、それはサティにとっても同じことだろう。サティの目には4本指が珍しく映っているのかもしれない。


 だけれどその5本指を見ていると何となく理解できた。自分の両手を見降ろす。なるほど、確かに4本指だからこそ、両手の指を合わせた7の次は繰り上がって"10"、という数え方になるわけだ。逆に、サティの世界では両手合わせて"12"の数になってやっと'10'と言う数字になるということだ。実にわかりやすい話である。まさか手の指の数で数字の数え方が変わるとは思っていなかった、とアイツァは感心する。「もしかしたら違うかも」とサティは否定したが、アイツァにはそれがまさしく正解だと思った。とても納得できる説明だったからである。


 数字についての話をいろいろしていたら、なかなか興味深くて時間が経ってしまっていた。休憩としては長い休憩をとっていたので、そろそろ出発しようと切りだす。サティは「数字についてはこちらの世界に合わせるけど、計算で失敗しそうだからあまり期待しないで」と言われた。サティにとってここは異世界なのだ、仕方ないことだろう。


 アイツァは立ちあがって、置いていた大荷物を背中に背負う。サティは大荷物の後ろを支えてくれたが、片手の手伝いじゃむしろ邪魔だった。一応「ありがとう」と公国語で言っておく。


『あと2時間ほど歩いたらたぶん出口につきますよ、頑張りましょう。……ところで、時間の単位も異なっていたりしますか?』


『……わかりませんが可能性はありますね。後で確認しましょう』


 異世界人とは至極面倒なものである。

あらすじ

・異世界ではまさかの8進法だった

・お金は8枚ごとに貨幣がランクアップして、銭貨<銅貨<大銅貨<銀貨<大銀貨<金貨<大金貨です

・時間の数え方も違うかもしれない(フラグ

・アイツァの説明が多いときは、古語体が面倒臭いからアイツァ視点(ネタバレ


【スーパー言い訳タイム再び】

 結構重要な話題なのですが、他に入れるちょうどいいタイミングがなかったため、閑話として無理やりねじ込みました。

 このタイミングを逃すと、次に入れられそうなのが○○○が×××したときに△△△から教わる場面しか用意できそうになく、それが早くても30話くらい後になってしまいそうだったのです。平にご容赦のほどをm(_ _)m

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