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純黒のリゼリア~魔女ハ兄ヲ溺愛ス~  作者: 黒坂つばき
魔女は奮闘中
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魔女は奮闘中 三

「きょうはなんの用かしら。手短にして欲しいのだけど」

 アレクススの馬車に乗りこんだエリザベスは、ご機嫌ななめだった。

 きょうのエリザベスは、鎖骨まで見える赤いドレスを着ている。胸元のドレープには惜しげもなく宝石が使われており、父伯爵が溺愛する娘のために作らせたものだとわかる。しかし、朝から降り続く雨のせいで癖の強い髪の毛が乱れるため、せっかくのドレスが台無しだと怒っているのだ。

「連日デートにお招きして申し訳ありません。きょうは、朗報です」

 朗報と聞いても、エリザベスの表情は冴えない。髪型が崩れて苛々しているだけでなく、アレクススの膝に乗っているいつものビスクドールが、やけにまっすぐ自分を見ているようで気味が悪かったのだ。

「単刀直入におっしゃい。『奇石』が一日早く手に入ったの?」

「いいえ。ですが、奇石についていくつかわかったことがあります。まず、奇石は名にある『石』や特定の『物』を指すものではありません」

 これはリゼリアから寄せられた情報だ。アレクススの推測のとおりだった。

「ふぅん。それで?」

 顎をしゃくり、先を促す。

 ここから先は、アレクススが集めた情報だ。リゼリアは知らない。

「特定の力……しいては、その力を持つある『魔女』のことを、人は『奇石』と呼び始めたのです。その力とは、任意のものを『転移する力』です」

 エリザベスの顔に、あきらかな失望の色が浮かぶ。

「転移? なぁにそれ。物や人の瞬間移動みたいな?」

「それもひとつですが、それだけではありません。任意のもの、つまり『魔女』が指定したものであれば、姿形の有無は限定されることがない。たとえば、他人の記憶を移し変えたり、不治の病を他人に移したり。わかりますか? なんであっても転移できるのです。記憶や魂でさえ」

 頭の悪いエリザベスはしばらく考えを巡らせていた。しかし、力の有用性に気づいたらしく、みるみるうちに瞳に生気が宿った。

「つまり、こういうことね。そばかすやほくろや、いらないものは他人に移してしまえばいい。逆に欲しいものは他人から奪えばいい。老いることは止められないとしても、あたしの記憶や脳を若い少女に移し続ければ、あたしは永遠に生き続ける。それは不老不死と同じことだわ」

 エリザベスの声に、瞳に、力がこもる。

「欲しい。欲しくてたまらないわ。待ちきれない。リゼリアに連絡なさい。すぐに『奇石』を……いえ、『魔女』を連れてきなさい。いますぐによッ」

 そう叫んで立ち上がった瞬間、徐行していた馬車が急停車した。体勢を崩したエリザベスは椅子に横倒しになる。

「いったぁ、なんなのよ」

 窓から顔を出したアレクススは、

「どうやら火事のようです。馬が動揺しています」

 と、応じた。

 アレクススに倣って外を見たエリザベスは、「あら?」と声を上げた。

「あの方向って……。アレクスス、あなたのお屋敷のほうじゃない?」

 エリザベスに向き直ったアレクススは、いつものように笑った。

「ええ、そうですね。燃やすことにしました。ぼくと似た背格好の男を寝室で眠らせてあります。逃げ遅れたぼくの死体として処理されるでしょう」

 エリザベスは耳を疑う。

「あなた、なにを云っているか分かってるの?」

 アレクススは冷静に応じる。

「はい、もちろん。もうすぐフォーゼリア邸からも火の手があがるはずです」

「なんですって」

 思わずエリザベスは叫んだ。

 しかしアレクススは青い瞳を細めて笑っている。計り知れぬ、なにかを抱えて。

「アレクスス、あなたいったい、なにを」

 途切れ途切れの問いに、アレクススは答えた。

「エリザベス様、長い間お世話になりました。あなたと過ごした時間は、とにかく無意味で、苦痛でしかありませんでした。それもきょうで最後です。ぼくは妹とともに隣国へ行くことにしました。あなたは以前、海を渡ってみたいとおっしゃっていた。せっかくなのでお付き合いください。もちろん、あなたのうつくしい体だけくだされば結構です」

 ぞっ、と鳥肌が立った。

(体だけ、ですって。もしかして、アレクススの目的は)

「――だれか、だれか助けて。だれか、」

 弾かれたように叫ぶ。

「妹のものとなる体を傷つけたくはありません。おとなしくしてください」

 アレクススの手を懸命に払いのけ、脇をかいくぐって取っ手を掴んだ。

 次の瞬間、黒い影が跳躍した。

 ガリッッ。鋭い音のあと、エリザベスは白目を剥いて後ろへ傾いだ。そのままアレクススの腕の中に納まる。

 エリザベスの頸には、青い目のビスクドールが噛みついていた。その歯に仕込まれた毒針はエリザベスの肌にしっかりと食いこんでいる。

「ありがとう、マリー。痛くなかったかい?」

 優しく声をかけられたビスクドールは、歯を鳴らしてけたけたと笑った。

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