魔女は奮闘中 四
「……リゼリア?」
甘いにおいがして、ロキは自分がリゼリアの胸の中にいるのだとわかった。
あの瞬間。リゼリアは司祭服の男に抱えこまれ、刃物を突きつけられた。けれど一瞬の迷いもなく素手で刃物を振り払うと、ロキを自分の腕の中へと抱きこんだのだ。子どもを守る親のように。
足音を立てて、数人の男たちが集まってきた。完全に取り囲まれている。
ロキを胸に抱きながら、リゼリアはささやいた。
「にぃさま、お願いがあります。愛しているリゼリア、とおっしゃってください」
「なにを、場違いなことを」
「お願いします。早く」
リゼリアの目は真剣だ。なにか考えがあってのことだろう。
ロキは、信じることにした。強くて頼もしい妹を。
「あ、愛してるぞ。リゼリア」
いざ口にするとなると、すこし、いや、かなり恥ずかしい。
「ありがとうございます、にぃさま。それが『解除の言葉』です。これで力が使えます」
リゼリアはロキを解放して立ち上がった。強い瞳で男たちを見回す。その瞳はこれまでになく朱く輝いていた。
「おにぃさまがた、どうか、わたくしを妹にしてください」
『契約の言葉』。朱眼に魅入られた男たちの目から、スッと戦意が削げ落ちた。
「おにぃさまがた、どうか助けてください。無事に宿に戻るまで、わたくしたちを狙うもの、害をなすもの、あらゆるものから守ってください。わたくしがもう大丈夫そうだと判断したら、手を二度叩きますので、皆さん砂漠に向かって全速力で走ってください。その際『愛しているリゼリア』と叫ぶのを忘れないように。わたくしに聞こえるよう、声の限りに叫んでくださいね」
早口で告げられた「妹」からのお願いに、男たちは揃ってウンと頷いた。
ふたりを取り囲み、厳重な警備体制を敷く男たちをよそに、当のリゼリアは「さ、まいりましょう」とロキを促して歩き出した。
これだけの男たちを一斉に魅了してしまうリゼリアの朱眼もさることながら、その仕打ちにロキは呆れる。
「おまえ、ちょっとひどくないか?」
「いやです、そんなに褒めないでください」
笑ってみせるが、リゼリアとつないだ指先からは、かすかな震えが伝わってくる。
「私の力が至らなかったばかりに、申し訳ありません。おケガはありませんか?」
「ケガしているのはおまえのほうだ」
最初に男の刃物を避けた際に、リゼリアの頬には傷がついていた。
「平気ですよ。ぺろりと舐めれば治ります。にぃさまが無事で良かった」
おどけて舌を出してみせる。その顔は、どこにでもいる少女の顔だ。
(また、そんな顔をする。オレを守ったときはあんなに震えていたくせに)
だけど、きっとなにを云っても彼女の心には届かない。ダイヤモンドのように硬く、揺るぎないのだ。
ロキはリゼリアの手を振り払うと、歩く速度をあげた。リゼリアは驚いたように追いかけてくる。
「どうなさったの? にぃさま」
「……おまえさ、すこし頭冷やせ。バカ妹」
それから宿に帰るまで、ロキは口をきいてくれなかった。




