話を聞いてくれるの?
間一髪のところで高野医師の手が、湖へと倒れて行く明日香の手を掴み強く引き寄せた。
「なにするのよ! 死なせてよ! もう嫌なの! 辛いのよ!」
高野医師は明日香の身体を抱きしめた。
「辛かったね。可哀想に……。あなたの話は私が全部聞きます。だから、私と話をしましょう」
「だれ? あなたは誰なの?」
「明日香さんが入院している病院の医師で高野と言います。あなたの話は私が聞きますから、私の診察の時には必ず出て来て下さいね。たくさん話をしましょう。ゆっくりと、お茶でも飲みながら」
「本当? 本当に私の話を聞いてくれるの? 今まで私の話なんか誰も聞いてくれなかった。パパもママも、友達も、明日香さえも……。先生、本当に?」
「はい、聞きますよ。私はずっとあなたに会いたかった。あなたと話がしたかったのですからね。だって、あなたは全てを知っている唯一の人格ですからね。主人格の明日香さんですら知らない事をあなたは知っているんです。あなたの話をたくさん聞かせて下さい」
明日香は泣いていた。いや、明日香の身体を支配している哀しい女が泣いていた。
「先生、私……。私の事、みんなが嫌うの。みんなが明日香をいじめ始めると、明日香は私と入れ替わるの。私が怒るとみんなが言うの、『また明日香がおかしくなった』って。私はおかしくなんかないのに、辛かっただけなのに……」
「そうですね。辛かったですね。少し寒くなってきましたから病院に帰りましょう。そして、ゆっくり話をしましょう」
高野医師は明日香の肩を優しく抱きながら、病院への道を歩き始めた。
明日香は思っていた。
「助かった。これからは拓海と仲良くやって行こう。もうひとりの人格さえなんとかなれば、私は大丈夫」
拓海は思っていた。
「これからは明日香を守って行く! 誰にも明日香を傷つけたりさせない!」
第三人格である哀しい女は思っていた。
「この先生は私の話を聞いてくれる。みんなへの恨みや明日香の酷い仕打ちも、全部聞いてくれるだろう。悪いのは明日香の方、私じゃ無い!」
高野医師は思っていた。
「これでやっと治療の段階に入れそうだ。しかし、三つの人格かぁ……。これからが大変だな。時間は掛るだろうけれど、私は絶対に見捨てたりしない。医者とは言っても、精神科医は三人に寄り添ってあげる事しか出来ないからな」
それぞれの思いを飲み込んで夜は更けて行く。天空の星達と地上の星達は、ただ競い合うように瞬いていた。漆黒の湖は相変わらず口を大きく開いたままだ。何かを飲み込もうとしているかのように……。
最終話です。
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