夢 或いは、夜(本編なし)
暗め・後悔・認めてない系
いい匂いがする。
ヒトが恐怖で流した汗よりも、涙よりも、もっと濃い鉄錆の匂い。
この爪で少し傷をつけただけで盛り上がってそれからするすると流れ落ちるそれに口をつける。
濃い。
どこか甘ささえ感じる肌よりも更に甘く、濃い。
口の中で転がしてゆっくりと味わおうとするが、すぐに唾液がそれを貪り尽くしてしまう。
これでは駄目だ、これでは足りない。
何も考えずとも体は動き、顕になった白い首筋に脈打つ緑の動脈が私の視線を捉えて離さない。
しかしそこを破いてはいけないと蕩けそうな理性は囁き、仕方がないのでそこをかすらない様に優しく噛み付いた。
本当は爪で少しだけ破いてからの方がいいのは知っているが、そんな間も惜しい。
自分よりも早く空気がその味を知るのが許せない。
吸い付いてから僅かに間を空けて肌に穴を開けると、その体はびくっと仰け反ろうとし、それでも踏み止まった。
それでさえ、今の自分にはこの獣の様な欲を掻き立てる香料にしかならない。
少し遅れて湧き出すそれは長々と味わう事もせずに嚥下する。
相手の命を吸う背徳感は大きくなり、次第に喉を焼く乾きと脱力感と圧倒的な飢餓感は収まっていった。
もう少し、もう少しで完全にーー。
そんな時に肩を叩かれた。
はっとして口を離し、後ずさった。
自分は、今まで何をしていた?
「だいじょうぶ……大丈夫だから」
弱々しく微笑む彼女の顔が怖くて見れない。
顔を上げるとどうしてもまた肩口ばかり見てしまいそうで、怖い。
あれだけ苦しめられた飢えは引いており、それは、彼女を襲ったという証左にしかならない。
罪悪感で吐き気が込み上げるかと思いきや、一滴たりとも逃さないとこの体は言いたいのか、吐き気すら覚えない。
思わず口元を拭おうと伸ばした右手の甲に長い牙、それは私のもの……が当たり、黒く塗られる。
それを見てまた彼女に飛びかかろうとしてしまう自分が嫌で嫌で仕方がなく、抑える為に両手で自分を抱いてしゃがみこんだ。
ギチギチと肩と尖った爪とが不協和音を立てるがそれよりも自分を抑える事で頭が一杯だった。




