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第七章 そうちゃんって、優しいね。

朝、学校に行くと咲良と百合が心配そうにやって来た。

「すみれ、大丈夫?」百合が向かいの席に座った。

「うん、大丈夫。落ちてはいるけどね。」

 笑って見せたけれど、顔に力が入ってないのは自分でも分かった。

「あの後彼氏さんから連絡来たの?」と咲良が言った。

「うん、『ごめん』って来てたけど、返事してないかな。」

「そっか。落ち着いてからでいいんじゃない?」

「うん、ありがとう。」


 放課後、咲良と百合の誘いを断り、駅に向かっていると、反対方向から久保宏大が走って来るのが見えた。

 久保宏大も、私に気づいて手を振ってこちらに走って来た。

 私の前で止まって、「良かったー間に合った。」と息を整えながら言った。

「何回か電話鳴らしたんだけど…出ないから、戻ってきた。」

 私のブレザーのポケットを指差して言った。

 画面を見ると、何件か久保宏大からの不在着信が入っていた。

「え!ごめんね。気づかなかった。」

「いや、大丈夫。会えて良かった。駅に彼氏さんが来てるよ。

「え…。」

 言葉に詰まった。

 

 今大輝と会っても、また感情的に言葉が出そうで、会いたくない。

 

「今日は1人みたい…だけど…」

 そう言いながら、俯いてる私の顔を覗き込んだ。

 しばらく黙っていると、

「また連絡するから、ちょっとここで待ってな。」と久保宏大は言った。

 顔を上げると、ニコッと笑ってまた駅の方に走って行った。

 しばらく待っていると、携帯が鳴った。

 画面には“久保宏大"。

『あ、もしもし?橘高は今日はもう帰ったって言ったら、今彼氏さんも電車乗って帰って行ったよ。』

「あ、そうなんだ…。ありがとうね。」

 久保宏大が、ふふっと小さく笑った。

「なに?」

『いや、ホッとしてるから。』

 確かに、大輝が帰ったと聞いて私はホッとしている。

『でもさ…いつかはきちんと話さないと…だな。』

「そうだね。」

『うん、まぁ、その赤い目が治ってからがいいかもな。』

「あ…え、まだ赤い?」

『うん、まだ赤かった。」

 久保宏大は笑った。それに釣られて、私も笑った。

 笑ったら、少し気持ちが軽くなった。

 


 次の日、家の最寄駅で降りると、大輝が居た。私に気づいた大輝は手を挙げて「帰って来ちゃった。」と力無く笑った。

 私達は駅を出て、並んで歩いた。何を話すわけでもなく。

 けれど、向かう先は2人とも同じだった。

 いつもの公園に着き、いつものココアを買って、いつものベンチに座った。右が私。左が大輝。なんの迷いもなく。

 パキッと缶を開けた。


「バイトの面接受かったんだよね!」

 大輝が話し始めた。

「レストランって前話してたじゃん?なんかワインとか覚えなきゃいけなくて。メニューも横文字ばっかりで、全然覚えられなくて!」

 わざとらしく笑ってみせる大輝。私も小さく笑った。

 横から大輝の視線を感じながら、ココアを一口飲んだ。甘くてまだ温かい。

「すみれ。ごめんな。」

 大輝が言った。

 ココアの缶を見つめた。

「美香子と2人で家に居た事も、ワッフルのお店でも。」

「そうだね。」

「うん…。」

 私は、大きく息を吸ってゆっくり吐いた。

「美香子さんってどんな人なの?」

「どんな人…。うーん…明るくて、よく笑って、よく喋るって、話も面白い。ちょっとそそっかしい所もあって、世話を焼きたくなる人…かな。」

 そう話しながら、一瞬穏やかに笑った大輝の顔を私は見逃さなかった。

「私は?私はどんな人?」

「え?…すみれは…。」

「好き?私の事。」

 困惑した顔で私を見つめる大輝。

「…好きだよ。」

「私たち、もう5年だね。人生の1/3一緒にいる。」

 話しながら、今なら大輝の気持ちを受け入れられる気がした。

「何が言いたいの?」

 大輝が言った。

 私は大輝を見つめた。

 

「大輝。別れようか。」


「え…。」

 大輝の目が揺れた。

「今の大輝と、今までのようには…付き合えないかもな。私。」

 黙って私を見つめる大輝。大輝の目の周りがうっすら赤くなっている。

「気になってるよね。美香子さんの事。」

 そう言葉にした瞬間、視界がボヤけた。

 大輝は、何も言わずに私を見つめている。

 

 5年と言う月日が、私たちの"好き"と言う言葉の意味を、恋愛とはまた違う、別のものに変えていて、それは物凄く居心地が良くて、楽で。手放すには、すごくすごく勇気が必要で。でも、それでもいいと思えるほど、私は大人じゃなくて。


 私は立ち上がり、ブレザーのポケットに入れていた物を握った。そして、大輝の前に拳を差し出し、手を開いた。大輝の家の合鍵。

 それを見た瞬間、大輝がハッとしたように私を見上げた瞬間、大輝の目から一粒涙が溢れた。

 私は大輝の手を取り、合鍵を置いた。

 長くて綺麗な指。大きくて温かくて、この手を握って歩くのが当たり前になっていたこの5年。


「じゃあね。」

 ゆっくり大輝の手を離し、私は背を向け公園の出口に向かって歩き出した。

 消えそうな声で大輝が一度だけ「すみれ」と呼んだ。私は聞こえないふりをして、公園を出た。


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