【番外編・アンバーウォルター】傍観者
アンバー視点。短めです。
元はただの興味本位だった。
突然変わったリリア・セイ・リリエンタールもそうだったが、何より興味深かったのがいつも冷静で、誰に対しても柔和に微笑むエリック・レイ・フォンドヴォールだ。
何故か彼は急にリリアに対してだけ、感情を表すようになった。どう考えても、面白い予感しかないだろう。
貴族の鑑であれと育てられたであろう彼が、婚約者に対してだけ子供じみた態度を取る。
それまで決して仲が良くなかった二人のことを、アンバー・ウォルターは純然たる興味を以って眺めていたのだ。
ミイラ取りがミイラとなる。
どこかの国にそんな諺があるそうだ。
どうしてなのかはわからない。
しかし、アンバーはいつの間にか恋に落ちていた。
予兆はあった。エリックよりも、リリアに目が向くようになったのだ。けれどまるで別人なのだ。つい見てしまうのは仕方がない。そう言って、自分自身に言い訳をした。
初めて話しかけた時、ほんの少しだけ緊張した。どんな顔をするのか、どんな事を話すのか。
できれば笑ってくれるといいんだけどーーと思いかけて、いや、どんな反応でも良いはずだ、と思い直した。
そうして話しかけるとリリアは、嬉しそうに笑った。
(あ、しまった)
気づいた時には、もう遅かった。
急に割り込んできたエリックを観察する余裕もありはしない。
アンバー・ウォルターは、生まれて初めて恋をしていた。
どこが好きと言われてもわからない。
好きと言うほど、彼女を知らない。
まっすぐに前を見据える凛とした横顔が好きだった。
ゆるやかに波打つ黒髪をかきあげる長い指も、瞳が合った時に恥ずかしそうに微笑む仕草も好きだった。自分の名前を呼ぶ声も、絶対重いだろう資料を持つプルプルした腕も(すぐにエリックが追いかけて行った)、生徒に距離を置かれて少し寂しそうな表情も。
好きだと思った。
けれど、リリアは手が届かない花だった。
アンバーの見ている限り、エリックはリリアに強く惹かれている。そうしていつの間にか、リリアもエリックに惹かれ始めていたようだった。
アンバーは眺めていた。
時折会話し、気づかれないように。
それだけで、胸にぽっと小さな炎が灯るような温かさがあった。
長期休暇中、暇だったアンバーはリリアの好きな画家の個展に行った。
もしかしたら会えるかもな、いや、会えない方が良いかもしれない、という気持ちが交互に入り混じってアンバーは首を振る。こういう時は、絵に集中するべきだ。
リリアの好きな絵は、丁寧な描写と燃えるような激しい筆致が美しかった。彼女がこのような生命力に溢れた絵を好むのは意外だった。けれどもアンバーも、この絵が好きだと思った。
偶然会ったエリックとリリアの姿は、まるで一対の絵のようだった。
ああ、やはり自分の出る幕ではないのだなと、アンバーは微笑みを向けながら悟った。全てを手に入れながらも余裕のないエリックに苛立って、つい挑発してしまったけれど。
舞踏会の日。
あれほどリリアのドレスを剥ぎ取りたくなった事はない。あのドレスを着た彼女は間違いなく、エリック・レイ・フォンドヴォールの婚約者だった。ただの婚約者に、紋章のモチーフまで使うとは。あれほど強い牽制があるものか。
エリックは、可愛らしい王女殿下に捕まっていた。勝気そうな顔立ちに、恋心を滲ませている。愛らしいその姿は微笑ましい。
そしてエリックから迸る自分への敵意にアンバーは吹き出した。圧が強い。
(彼女の心も一生も、君は手に入れたんだ)
ダンスに誘うくらいは良いだろうと誘ってみると、彼女はほんの少し逡巡し頷いた――まさか頷かれると思わず、少し驚く。
取った手は熱く柔らかかった。灯りに黒い瞳が揺らめいて、どんな宝石よりも美しい。
多分きっと、一緒に踊るのは今日が最初で最後だろう。ふわりと漂う邪魔な百合の香りの向こうに、微かに甘い匂いが混じる。腕の中のリリアは想像よりもずっと華奢で、支える手に力を込めたら折れてしまうのではないかな、と怖かった。
エリックの刺すような視線すらも心地よかった。
今僕の腕の中にいるのは、間違いなくリリアだった。
(たとえ、君がこの夜を覚えていなくても)
(僕がきっと、覚えている)
一瞬にして音楽が終わる。言いかけた言葉を飲み込んで、心にもない言葉を囁いた。
彼女を好きだと思ったからこそ、奥歯を噛み締めて祝福をした。
(どうかいつまでも、君が幸せでありますように)
リリアが一瞬触れた手の甲に、そっと口付ける。
自分の手からすり抜けていくリリアの感触が、いつまでも消えないようにと強く願った。





