エピローグ、大輪の花
「色々とおめでとう。もうお前の泣き言を聞くこともないと思うと寂しいよ」
珍しく眼鏡をかけていない友人が、快活に笑う。
今日は卒業式だ。
友人のユリウスは、文官となることが決まっている。爵位は継がず、平民として働くそうだ。本来は父親である辺境伯の爵位の一つを譲られる予定だったと聞いていたが、きっと努力して説得したのだろう。
これでようやく彼女にプロポーズができる、と言う彼の笑顔には一点の曇りもなかった。
貴族と結婚は嫌だと言った彼女は平民だそうだ。
全ての人間を小馬鹿にしていたような、あの皮肉屋のユリウスをここまで骨抜きにするとは、一度会ってみたいものだとエリックは思う。
「泣き言は言わないですむことを願うが、僕たちは友人だ。いくらでも会える」
「それはそうだ」
微笑むユリウスに、この笑顔を日常的に見られなくなるのは確かに少し寂しいな、とエリックは思った。
視界の端に、クラスメイトに囲まれて涙目になっているリリアが見えた。別れを惜しんでいるのだろう。リーナ・フェルマーと抱き合っている。
「お、あれはいいのか?」
「さすがにそこまで狭量じゃない」
「大人になったな。あれもいいのか」
見るとアンバー・ウォルターが和やかにリリアに近づき、端正な顔にすかした笑みを浮かべてリリアの手の甲にキスをしていた。
鬼の形相で走り出したエリックに、ユリウスが笑い声を上げる。
近づいてきたエリックは、ウォルターに笑顔を向ける。降参とばかりに両手を軽く挙げたウォルターが一歩下がった。
「あ、エリック様!」
ふわっと花が綻ぶように、リリアが笑う。
込み上げてくる愛しさが、エリックの髪の先から指先まで満たしていく。
表情に出たのだろう。エリックの顔を見てリリアが少し照れた。その様子を見てウォルターが冷やかし、いつの間にか来ていたユリウスやリーナや他の生徒がからかい――。
彼らの幸せなる学園生活は幕を閉じ、また新たな物語が始まっていく。
◇
季節は巡り、時は過ぎる。
婚約破棄を申し出たあの日から、僕の人生は始まった。
それまで心を揺さぶられる経験がなかった僕は、どんなこともある程度そつなくこなした。自分を天才だと思ったことはなかったが、優秀であるとは思っていた。
しかし、リリアは驕り昂りを自覚させてくれた。
実際に心が乱されると、学んできた全ての出来事が全く活かせなくなることを知った。それは僕の血肉となり、それからの生活に役立つ大きな経験となったと思う。
そんなことも、僕は彼女に感謝している。
あの頃よりも更にたおやかに美しく、したたかに振る舞う術を身に付けた妻の笑顔は今日も花が綻ぶようだ。
随分くたびれてしまったタマベエも、今日も僕たちを見守っている。
最後までお読み頂きありがとうございました!本編完結です。
連載中は感想や評価、ブクマなどありがとうございました。おかげさまで最後まで書ききれました。
今後は番外編を不定期で投稿します!
また、エリックの妹でシャロンが主人公のお話も書いています。
『婚約破棄の悪意は娼館からお返しします』というタイトルでこの作品とは雰囲気が変わり、エリックも一行しか出てきませんが(笑)、作中から二年後のお話ですので、もし興味がある方は読んでくださると嬉しいです。





