君にだけあげたい/リリア
最近私は燃えている。
何故ならば、脳内かっこいい人選手権で断然一位のオフィーリア様直々に、花嫁修行をして頂いているのだ。
繊細優美な美しさと圧倒的強者のオーラを兼ね備えたオフィーリア様の輝きは、まさしく生まれながらの王である。オフィーリア様の前では私など、浜辺に打ち捨てられた長靴だ。
「まだまだね」
未熟なポンコツ長靴野郎に、オフィーリア様は毎回そう言って微笑む。毎回だ。一言一句違わぬ成長の無さに、毎回凹みに凹むが彼女は毎回こう言ってくださるのだ。
「あなたはいずれ私を超えねば。落ち込んでる暇はないのよ」
無理である。どう考えても無理がある。
だけど、そう言われるとじんわりやる気が出てくるのも事実なのだ。
エリック様の隣に立つため、何が何でも認めてもらう。諦めない。三歩進んで二歩下がるような、亀より遅い歩みでも。
「……というわけで、もうそれはそれはお美しく厳しくしかしお優しく……世界一かっこいいのです!」
久しぶりにエリック様と二人でお茶をした私は、エリック様にオフィーリア様の魅力をペラペラペラリと語っている。
学園では毎日会うし登下校も一緒にしている。しかし、卒業後に婚姻を控えた私たちは、それぞれ本格的な教育を受けるのに忙しい。結婚したからといってすぐ公爵家を継ぐわけではないけれど、エリック様のお父様が持っている侯爵位を授かり、ここから少し離れた場所に住むことが決まっているのだ。
授かる予定の領地経営も、既にしているそうだ。最近顔つきが、前よりずっと大人になった。
「世界一は妬けるな……」
エリック様がほんの少し、憮然とする。
実の母親にまで嫉妬するなんて器が小さい。そういうところ、ぐうかわじゃん……。
「世界で一番エリック様が好きですけどね」
「……僕も好きだよ」
不意打ちだったのか、エリック様がほんの少し顔を赤くして微笑んだ。私も顔がにやけてしまう。カップルである。幸せである。そろそろキスの一つや二つ、済ませたって良いと思う関係性だ。してくれないけど。
「あ、そうだ。エリック様、私に見せたいものとはなんですか?」
今日、エリック様から花嫁修行の後に見せたいものがあると言われていたのだ。先々週から絶対に予定は空けて欲しいと念押しまでされていた。
「見るまで内緒だ。少し遠いから馬車で行くから、お茶を飲んだら出よう」
そう言って笑うエリック様の顔は、クリスマスの前日の子供のような、キラキラした顔をしている。あまりにも楽しそうできゅんとした。
◇
馬車に乗って、一時間足らずでついたその場所は立派な立派なお屋敷だった。白を基調としたフォンドヴォール公爵家と雰囲気は似ているけれど、こちらは柔らかで可愛らしい印象だ。
ここは、春の卒業後、エリック様と私が暮らすお屋敷ではないだろうか。
エリック様がこっちだよ、と言って屋敷の中に入っていく。プライベートルームがあるだろう二階に向かい、一番奥のお部屋まで案内された。
「ここが、僕とリリアの寝室」
「!」
まず飛び込んできた天蓋付きの大きな大きなベッドに、キスもしていないのに何てところに連れ込むんだと慄きかけて、止まった。
ベッドの向こうに、大きな窓がある。その向こうに、目が覚めるような美しい紅葉が燃えている。惹かれて窓に近づき見下ろすと、日を浴びて輝く池が見えた。燃えるような紅葉と相まって、息を呑むほど綺麗だ。
それは、ベッドの正面に飾られている絵と全く同じ構図だった。
初めてのデートの日、一緒に見た個展で、私が好きだと言った絵である。自分でも忘れかけていたその絵の存在を、覚えてくれているとは思わなかった。
「初めてのデートの日、君はこの絵が好きだと言ったろう。一緒に紅葉を見に行こうと」
「まさか自宅に作るとは思いませんでした……」
びっくりである。
「君は花嫁修行を真剣に頑張ってくれている。母上は厳しい人だろう?それなのに、いつも笑顔で頑張っていると母上が褒めていた」
「オフィーリア様が……」
陰で褒めてくださると聞いて、感動で胸が震える。確かに今人生で一番頑張っているけれど、認めてもらえるとは思わなかった。
「君は君を愛してくれる慣れ親しんだ侯爵家から、厳しい努力をしてこの屋敷に嫁いでくれる。僕は君の顔を見るだけで幸せだし、話すと元気をもらえるが、僕が君にあげられるものが本当に何も思いつかなかった……だからせめて君の好きなもので、この屋敷を埋めていきたいと思うんだ」
言いたいことは色々あるのに、言葉が何も出てこない。
喉元まで迫り上がってくる熱い物を何とか飲み込む。代わりに涙がぽろぽろ溢れた。
「君が寂しくないように猫を飼うのも良いと思う。僕は黒猫がいいけれど、君はどんな猫がいいだろうか」
「……犬じゃなくていいんですか?エリック様は、犬派でしたよね」
「猫がいいよ。僕には君がいるから」
「……まさかまだ私を犬だと思ってませんよね?」
「まだ覚えているのか!?」
頰の涙を拭って冗談めかして私が言うと、エリック様は笑った。その笑顔が愛しくて、私はエリック様に抱きついた。腕の中の彼が硬直するのがわかる。
「嬉しいです。ありがとうございます。大好きです」
ぐりぐりと顔を胸に擦り付けると、頭上から何やら不思議な呻き声が聞こえた。気にせずぎゅっと強く抱き締める。
ほんの少し躊躇ったあと、エリック様が私を抱きしめて、頭の上にキスをしてくれた。硬くて大きな手のひらも、頭に感じる熱い吐息も全部、嬉しくて愛しくて仕方がない。全身が喜びでビリビリと甘く痺れる。突き上げてくる衝動に吐息を吐いた。
「エリック様、少し屈んでくださいませんか」
「……何をする気だ?」
「キスしましょう。したいです」
「……!!」
がばっと、エリック様が両手で顔を隠す。隠しきれない耳や首まで赤く染まったエリック様は、たっぷり一分悩んだあとに、小さい声で、それはダメだと呟いた。





